第119話
キャラデザ公開第三弾、リオっちです。
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素人舞台アイドルのステージがある当日の、夕刻前。
俺とリオ、イリス、メイファの三人が公園で待っていると、パン屋のある方角からウルがパタパタと駆けてきた。
今日はパン屋の仕事は早上がりして合流するという話だったので、予定通りだ。
「はぁっ、はぁっ……みんな、お待たせっす!」
息せき切って駆け寄ってきたウル。
そんなウルに向かって俺は、懐から一つの首飾りを取り出して見せる。
「ほら、ウル。リゼルから受け取った完成品だ」
「あっ……それが『遮光の首飾り』っすか?」
俺はウルに、首飾りを渡してやる。
それを大事そうに受け取ったウルは、少しだけ躊躇ってから、思い切ってそれを装着した。
「……何ともないっすね」
「まぁ、そうだろうな。──イリス」
「はい、先生。……ウルちゃん、ちょーっと怖いかもしれないけど、我慢してね」
イリスがにこにこしながら、ウルの前へと進み出ていく。
それを見たウルは、怯えた様子で後ずさった。
「な……なんすか、イリスちゃん……?」
「なんすかって、テストはしなきゃダメだよね? リゼルさんのほうでもやったみたいだけど、自分たちでも確かめてみないとね──【聖光】!」
イリスはまず、公園の地面に向かって魔法を放った。
するとジュッという音とともに、そこにあった土が一瞬だけ溶岩のように溶けてから固まった。
それを見たウルが、さーっと青ざめた表情になる。
「あ、あの……イリスちゃん?」
「ふふっ、大丈夫。最初は出力低めに行くからね~? 痛くないよ~? せぇの──【聖光】♪」
「ちょ、ちょっと待つっすイリスちゃ──ぎゃぁあああああっ! ……って、あれ? 本当に痛くないっす」
イリスがウルに向かって放った光属性の攻撃魔法【聖光】は、ウルの体に対しては一切のダメージを与えなかった。
ウルが身に着けている首飾りが光り輝き、その淡い光がウルの全身を覆って【聖光】のダメージを防御したのだ。
「遮光の首飾り」は光属性の魔法効果すべてを打ち消す働きがあるはずなので、これはその効果が正常に機能している結果と言える。
イリスはもう一度、最初より強い出力で【聖光】を放つ。
それでもウルはまったく傷つかなかった。
その姿を見て、イリスがぽつりとつぶやく。
「ん、ちゃんと首飾りの効果が働いているみたいだね。良かった。(でもちょっと残念)」
「……あの、イリスちゃん? いま小声でボソッと、残念って言わなかったっすか?」
「ふふふ、気のせいだよ」
にこにこ笑顔でそう答えるイリス。
我が教え子ながら、ちょっと怖かった。
ともあれこれで、リゼルから受け取った「月光の首飾り」が、本来の効果を発揮する正常品であることは確認できた。
あとはこれが、満月の光による狼人間凶暴化に対しても、きちんと効果があるかどうかが確認できれば完璧だ。
だがそのための検証をしようにも、夜まではまだ時間がある。
なのでその空いた時間を使って、四人の少女たちは公園で、歌や踊りの最終チェックを行った。
道行く人たちがちらちらと見ていくが、うちの教え子たち三人は一度演技に集中してしまえば周囲の雑音や景色は気にしなくなるし、ウルもまた同様だ。
ちなみに、うちの子たちのほかにも、同じ公園で歌や踊りの練習をしている子たちが何組かあった。
おそらくは今日のライバルとなる子たちだろう。
いずれも容姿端麗に加えて演技のレベルも高く、これは接戦になるなと感じた。
その後、教え子たちがひと通りの調整を終えると、俺は彼女らを連れてラヴィルトンの街のメインストリートにある喫茶店に入り、みんなでちょっとした甘味をいただいた。
そして楽しい軽食の時間を終えると、問題の刻限が近付いてきたので、街の外に出てひと気のない森へと向かった。
図書館にあった狼人間に関する資料によると、夕刻後のしばらくたった頃、午後の六時以降という時間が、満月の日の凶暴化条件と目されるとのことだ。
なので午後六時の少し前には街の外に出て、何が起こっても大丈夫なようにしておく。
最悪のケース、これで万が一ウルが凶暴化するようなことがあっても、俺たちがいれば取り押さえてウルを明朝まで拘束できる。
頭上がしっかりと開けている森の中の広場のような場所で、俺たちは真ん中に立ったウルを取り囲み、そのときが来るのを待っていたのだが──
そのときウルが、おずおずとこんなことを言い出した。
「あ、あの、すごく言い出しづらいんすけど……うち、服脱いでいてもいいっすか? こんな大事なときに言うことじゃないと思うんすけど、その……うちの普段着のうち二着までが破けちまって、今着てるのが最後の一着なんすよ」
「マジで? 代わりの買っておかなかったのか?」
リオがそう詰めると、ウルは肩をすぼめて小さくなる。
「ううっ……申し訳ないっす。服屋の店先までは行くんすけど、どれを買おうか目移りしていたら、気が付いたら今日だったっす……今日も今になって思い出したっす……」
「ったくしょうがねぇなぁ。──まぁいいよ、何かあっても、オレたちだけで十分に取り押さえられるし。兄ちゃん後ろ向いてて」
「了解だ」
そんなわけで俺は、ウルを取り囲む輪から外れて、後ろ向きで待機することになった。
リオの言う通り、ウルが万一獣化して暴走しても三人の子供たちだけでゆうに取り押さえられるだろうし、何ならリオ一人だけでも事足りる話だ。
少し待っていると、背後でしゅるしゅると衣擦れの音が聞こえてくる。
ウルが衣服を脱いだのだろう。
すると俺の後ろから一つの足音が近づいてきて、俺の隣に並んだ。
メイファだった。
「どうしたメイファ、ウルを見張ってなくていいのか?」
「……別に、それはリオとイリスだけで問題ない。……ボクは、お兄さんの見張り」
「いや、俺を見張ってどうすんだよ」
「……ロリコンのお兄さんは、すぐにウルの裸を見ようとする。……見張っていないと、心配」
「あのなぁ……俺のことを何だと思って……」
と言おうとしたところで、考えてみれば確かに二回中二回の前科があるので、客観的に見て俺への容疑は当然のものであることに気付いてしまった。
おかしいな、そんなつもりはまったくないんだが。
「はぁ、分かったよ。見張りたければ見張っててくれ」
「……うん、そうする」
そう言ってメイファは、俺の腰に腕を回し、ひしっと俺に抱きついてきた。
「ん……?」
俺は首を傾げた。
俺に抱きついたメイファから、少女特有の柔らかな肌の感触と、体温とが伝わってきて──って、おかしいおかしい。
「おいメイファ、何をやっている」
「……何って、お兄さんを見張っている」
「俺を見張るのに、そこまでへばりつく必要はないだろ」
「……お兄さんは、こうしてずっと捕まえていないと、すぐに浮気をする」
うむ、何を言っているんだかまったく分からん。
一方、そんな俺の背後からは、こんな声が聞こえてくる。
「うわぁ……大胆っすね、メイファちゃん」
「あれだけ大胆にやっても気付かねぇからな、兄ちゃん」
「いいなぁメイファ……私も先生を見張りに行けばよかった。うまいことやって、ずるいんだから」
やはり意味はよく分からなかった。
どうでもいいけどお前ら、本題を忘れるなよ?
そして、そんなこんなをやりながら、しばらく。
やがて運命の刻限が訪れる。
薄暗くなり始めた世界。
空には満月が浮かび、森の中の広場には月光が降り注いでいる。
その中央には、ウルがいるはずだ。
しんと静まりかえった森の中。
しばらく待ってみても、何も起こった気配はない。
背後から、子供たちの声が聞こえてくる。
「ウル、なんともないか?」
「う、うん……多分。大丈夫だと思うっす」
「これなら大丈夫そう、かな……? ──先生、どう思います?」
イリスに呼ばれた。
俺は振り返って答える。
「はっきりとしたことは言えないが、もうしばらく様子を見て大丈夫なら──って、なんだ!? 突然前が見えなくなったぞ!?」
俺が三人のほうに完全に振り返るよりも前に、何かが俺の顔面に張りついてきて、視界がふさがれた。
それが、メイファがとっさにジャンプして俺の頭部にしがみついたものだと分かったのは、一瞬あとのことだった。
つまり、メイファが自身の体を使って、俺の視界をふさいだわけで。
俺の鼻先には、ゴスロリ風の衣装に包まれたメイファのお腹があった。
メイファは両脚で俺の上半身をガッチリホールドしつつ、両腕で俺の頭部にしがみつきながら、ぽかぽかと俺の後頭部を叩いてきた。
「……お兄さんにはっ、学習能力ってものがないの!? ……いい加減ボクも、怒っていいよね!?」
「ふががっ……! な、なんだよメイファ! 俺が何かしたか!?」
「……何かしたか、じゃない! ……お兄さんは今、振り向こうとした! ……ウルの裸がそんなに見たいの!? ……お兄さんのロリコン! バカ! 浮気者!」
「あっ」
そうだった。
凶暴化問題に思考を割いていたせいで、それがすぽーんと抜けていた。
「あはは……メイファが見張ってて正解だったね」
「兄ちゃんってときどき、ああなるんだよな。普段カッコいいのに」
「わ、悪気はないんすよね……?」
「「多分」」
とまあ、いろいろと言い訳が出来ないような俺の失態はあったものの。
本題の方は問題がなさそうで、しばらく待ってみてもウルが凶暴化する様子はなかった。
そしてよく見ると、「遮光の首飾り」がわずかに光り輝いており、さらにウルの全身を淡い光で覆っていることが確認できた。
イリスの【聖光】の効果を防いだときと同様の現象だ。
それが決定打となって、俺は「遮光の首飾り」が、満月の光による凶暴化効果を防いでくれていることを確信した。
そのことを俺が子供たちに告げると、ウルは瞳一杯に涙を溜め、リオとイリスはウルに抱きつき、メイファはウルの頭をよしよしとなでた。
ウルは嬉しさのあまりか、わんわんと泣いた。
こうしてウルの凶暴化の呪いは、ガルドンとリゼルが作ってくれた「遮光の首飾り」によって制御可能であることが実質上の確定事項となった。
素人舞台アイドルのステージは間もなくだ。
俺と子供たちは満を持して、ラヴィルトンの街の中央広場へと向かった。




