第116話
地下牢での戦いが始まった。
俺の相手は、闇勇者たちのリーダー“疾風”ゲイリーと、もう一人のおまけだ。
一方、俺と背中合わせで、リオとメイファが残る六人の闇勇者たちを相手取ることになっている。
そっちはまあ、二人に任せるとして。
俺は自分の相手──向かってくる“疾風”ゲイリーに対して、剣を構えて言い放つ。
「来いよ、三下。教育してやる」
「ふん、吠えるなよ。勇者学院の教師風情が」
ゲイリーは最初、ゆっくりとこちらに向かって歩いていた。
だがある瞬間から急速に速度を上げて、一瞬にしてこちらの懐に飛び込んでくる。
『──キミはひと思いには殺さない。全身を滅多刺しにして戦闘不能にし、キミの可愛い教え子たちが無惨な姿になり果てるのを、まざまざと見せてやろう。俺を侮った罪は重いぞ』
勇者の思念共有能力──時が止まったような高速戦闘の中で、会話というよりも半ば直接的な思念として、ゲイリーの言葉が伝わってくる。
と同時に、その手の武器が閃く。
ゲイリーが手にしている獲物は槍だ。
その槍が、技の発動を示す闘気を纏った。
「【閃光突き】!」
「【パリィ】!」
──ギィンッ!
ゲイリーの槍を、俺の剣が弾く。
驚きの表情を浮かべるゲイリー。
『俺の必殺の初撃を防いだ、だと──!?』
『見慣れてるんだよ、その程度の速さも緩急も。うちの教え子に一人、恐ろしく速いやつがいるもんでな──【二段斬り】!』
「ぐっ……!」
ゲイリーはとっさにバックステップ、武器の間合いから離脱する。
だが俺の【二段斬り】の一撃目は回避しきれずに、ゲイリーの胸部に浅く裂傷が入った。
傷口から血がにじみ出てきて、そこに手を当てたゲイリーが信じられないという顔をする。
「俺に……傷をつけた……!? バカな……! 俺は“疾風”ゲイリーだぞ……!」
それに対し俺は、剣を肩に担ぎつつ、余裕をもって教えてやる。
「二つ名をこれ見よがしに誇るやつなんざ、だいたい大したことはないもんさ。二つ名なんてのは、自分が歩いた道のあとに勝手についてくるものだろ?」
「くっ……無名の教師風情が、調子に乗るなよ……! ──おい、何をぼさっとしている! 早く俺の傷を治療しろ! お前は【癒しの水】が使えるだろう!」
「……お、おう、そうか! 悪ぃ」
ゲイリーがもう一人の闇勇者に指示を出すと、そいつが慌てて治癒魔法を唱える。
癒しの雫がゲイリーに注ぐと、俺の剣で与えられた裂傷が綺麗にふさがった。
……あのもう一人のやつ、治癒魔法が使えるのか。
ただのモブだと思っていたけど、意外と厄介かもしれないな。
だったら──
俺は左手を前方に突き出し、そこに魔力を収束していく。
それを見たゲイリーともう一人の闇勇者が、驚きの表情で目を丸くした。
『はっ……? ちょっ、嘘だろ……!?』
『待て、落ち着け! あれだけ剣で戦えるやつが、魔法までそんなレベルで扱えるなどあるわけがない。何かのハッタリに決まって──』
「──【火球】!」
──ドォオオオオオオオンッ!
俺が放った火属性の範囲攻撃魔法が、ゲイリーともう一人をまとめて包み込んだ。
「「ぐわぁああああああっ!」」
灼熱の爆炎に焼かれて、うち一人がばたりと倒れる。
炎がやんだとき、倒れずに残ったのはボロボロの姿になったゲイリーだけだった。
「ぐっ、あぐぅっ……! バ、バカな……剣の腕だけでなく……魔法まで……マスタークラスだと……!?」
そう苦しげに呻いてくるゲイリーに、俺は鼻で笑って答える。
「この程度でマスタークラス? 冗談だろ? “疾風”ゲイリー、お前は見てきた世界が狭すぎるんだよ。自惚れずに世界じゅうの達人を視野に入れていれば、そんな認識にはならないだろ」
「ふざけるな……ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな……! 無名の勇者学院教師ごときが、これほどの力を持つなど──認めん! 俺は認めんぞっ!」
ゲイリーが再び地面を蹴る。
今度は緩急も何もつけない、馬鹿正直な突進。
それなりに速くはあるが──リオと比べれば、全然遅い。
所詮は「その辺によくいる手練れ」のレベルだ。
「──死ねぇっ、【三段突き】!」
「遅せぇよ」
俺は前のめりになって槍技を放ってきたゲイリーの横手に回り、攻撃を回避。
半ば止まったような時の中で、俺はゲイリーに向かって思念会話を送る。
『さっきから無名無名と言っていたが──一応俺にも、魔王ハンター時代には二つ名みたいなものはあったな。“万能”ブレット・クレイディルって、聞いたことないか?』
『なっ……!? ブレット・クレイディル……!? “万能”!? 伝説級の魔王ハンターの名前だぞそれは……! 若くして幾多の強大な魔王をたった一人で打倒して回った後に、忽然と姿を消したという、世界最強の魔王ハンターの一人……!』
俺は前のめりに体勢を崩したゲイリーの頭を、片手で引っつかむ。
怯えの表情を浮かべるゲイリー。
同時に俺の思念会話が、呆れの意志を伝える。
『はぁ……だから、お前は見ている世界が狭いんだよ。俺なんかが伝説級だの世界最強だの、おこがましいっての。俺の上なんて、この世界じゅうには少なくとも、両手で数え切れないぐらいはいるさ。本当の俺は“万能”なんてものにはほど遠い器用貧乏だからな。自分から二つ名を名乗るなんて、普段は恥ずかしくてできやしないさ』
『なんだ、それはっ……! どういうレベルでもモノを見ているんだ貴様は! “疾風”とまで呼ばれた俺を遥かに超えるスピードを誇っておきながら、器用貧乏だと……!? 謙虚にもほどが……!』
『じゃあな、“疾風”ゲイリーさんよ』
俺はゲイリーの顔面を、石床に叩きつけた。
──ドゴォオオオオオオンッ!
「あっ……がっ……」
石床に小さなクレーターができて、ゲイリーは顔面血だらけになり、歯が何本か折れた上、白目を剥いていた。
「ま、このレベルの手練れ勇者なら、この程度のダメージで死にはしないだろ」
俺はゲイリーを手放す。
地下牢の廊下にどさりと崩れ落ちて動かなくなるゲイリー。
よし、これでこっちは片付いた。
リオとメイファの方は、どんな感じかな。
そうして自分の戦いを終えた俺は、教え子たちのほうへと注目することにした。
……が、まあ。
後ろの会話や戦闘音にも耳をそばだててはいたから、だいたい予想はついていたのだが。
どうやらこちらとほぼ同じタイミングで戦闘が終わったらしく、俺はすべてが終わった後の結果を目の当たりにすることとなったのである。




