第111話
リゼル武具店の応接室。
しばらく待っていると、やがて新たな客人が二人、部屋の扉をノックして入ってきた。
「あれ、ブレットさんたちじゃないっすか」
「なんだお主ら、なぜここにいる」
一人はあらかじめ聞いた通り、ドワーフの武具職人ガルドンだ。
しかしもう一人のほうが意外だった。
「ウル……? お前、なんでここに」
「リオちゃんたちこそ、どうしてここにいるっすか? うちはガルドンさんのところに行ったら、なんか流れでここにくることになったんすけど」
ガルドンと一緒に現れたのは、ウルだった。
これでこの部屋にいるのは俺たち四人とリゼル、ガルドンにウル、それにリゼル武具店の店員や黒服ボディガードという、非常にごちゃごちゃとした状態になってしまった。
その混沌とした状態を見て、パンパンと手を叩いて場を仕切るのは、この場の主であるリゼルだ。
「なんだかよく分からないけど、お友達会は別の機会にしてちょうだい。──それで、ガルドンさん。何か私に用ですか?」
リゼルはそっけない様子で、ガルドンに問いかける。
それを受けたガルドンは、ゴホンとひとつ咳払いをする。
そして、たいそうバツが悪そうにこう言った。
「あー、その、だな……。このリゼル武具店の筆頭職人であるお主、リゼルに一つ、頼みたいことがあるのだ」
びくんっと、リゼルが小さく震えたのが分かった。
そのエルフの瞳に動揺の色が宿ったのも見えたが、ガルドンはリゼルから視線をそらしており、そのことに気付いていない。
「な、何かしら。ガルドンさんが私を『筆頭職人』なんて呼んだのは、初めてのような気がするわね。いつもは『ヒヨッコ』だの『女狐』だのって言うじゃないですか?」
そわそわした様子で言うリゼル。
その呼ばれ方が、よほど嬉しかったのだろうか。
一方のガルドンもまた、リゼルから視線を外したまま、居心地が悪そうに言葉を返す。
「むぅ……そ、それは、そうだが……。ぬぐぐっ……よ、呼び方など、どうでも良かろう!」
「ま、まあそうね。ほら、いいから早く本題に入ってくださいよ。何か私に頼みに来たんでしょう?」
「分かっておるわ! いちいち急かすな、この女狐エルフめ!」
「ほら、いつものやつが出た! あーやだやだ、頼みたいことがあるって言ってきておきながら、何ですかその態度」
「むぐぐぐぐっ……!」
犬猿の仲と言えばいいのか、あるいはツンデレ同士の不毛な言い争いとでも言えばいいのか。
そのエルフとドワーフの会話を横で聞いていた俺は、ついつい頬が緩んでしまっていた。
そんな俺の服の裾を、リオがくいくいと引っ張ってくる。
「なあ兄ちゃん、これって……」
「しっ、リオ、静かに。今いいところなんだから」
俺がリオの唇に人差し指を当ててやると、リオは少し頬を赤らめて、こくこくとうなずいた。
「わっ、人差し指キス……」
「……間接キスとどっちが上かは、議論の分かれるところ」
イリスとメイファが、またわけの分からないことを言っていた。
ていうか人差し指キスってなんだよ。
そんなの聞いたこともないわ。
一方、俺たちがそんなことをやっている間にも、ドワーフとエルフのツンデレ合戦は進んでいく。
「ふんっ。そこの小僧どもが来ているということは、ひょっとすると話は聞いておるかもしれんが、あらためて言うぞ」
「え、ええ。あらためて聞いてあげます」
「うむ。あー……その、あれだ……お主、装身具系武具の製作を得意としておったな?」
「まあ、そうね。どちらかというと得意なほうですけど、それが何か?」
「いちいち煽らずに聞けんのか、この女狐め! いや、だから、その、だな……今だけで構わんから、その……ワ、ワシの仕事を手伝ってもらえんだろうかと、そう思ってお主に相談に来たのだ!」
言ったぁあああああああっ!
ツンデレ赤コーナーのガルドンさん、ついに言いました!
などと俺が心の中で実況を入れる中で、ガルドンはさらに続ける。
「ワシの手に余る仕事を引き受けてしまったのだ。だがワシはこの娘に、何としてでもそれを完成させると約束した。ドワーフが約束をした以上は、これは何としても守らねばならん」
そう言って、隣にいたウルの肩を叩くガルドン。
ウルはリゼルに向かって、おずおずと会釈をする。
「完成させなければならない期限まで、もう三日を切ってしまった。もはや四の五のは言っておれんのだ。リゼル、お主の力を借りたい。──頼む、この通りだ!」
そう言って、ガルドンはリゼルに向かって深々と頭を下げた。
隣にいたウルも「お願いします!」と言って、ガルドンと同じように深く頭を下げる。
それを受けたリゼルは──
「そ、そう。分かったわ。そうまでして頼まれたら、嫌とは言えないわね。私の『筆頭職人』としての腕を見込んで頼んでくるんだもの。まったくしょうがないなぁ~。そうまでして、どうしてもって頼まれちゃ、『職人』としては断れないものねぇ~」
などと言って、たいそうもったいぶった言い方で、ガルドンの頼みを引き受けたのだった。
ちなみにだが、そう言ったときのエルフ少女の顔は、ゆるっゆるに緩みきっていた。
顔いっぱいに、嬉しさがあふれ出しているという表情。
俺はそれを見て、なるほどなーと思っていた。
リゼルはおそらくずっと、「商売人」としてではなく、「職人」としての自分を誰かに──特にガルドンに認めてほしかったんだろう。
思えばリゼルは、俺が最初に会ったときから、彼女自身が作った武具のクォリティのことをかなり意識していたように思う。
俺が【目利き】のスキルで彼女が作った武具のクォリティを認めると、かなり嬉しそうにしていたし、それだけで俺を気に入ったぐらいのふしも見えた。
商売っ気とビジュアルデザインにばかりこだわっているように見えて、彼女が見てほしい本当の自分は、そこにはなかったということなんだろう。
リゼルは半ば浮足立った様子で、ガルドンに聞く。
「け、けどガルドンさん。いつも私のことを『ヒヨッコ』って言うのに、どうして私を頼ろうなんて思ったの? ガルドンさんみたいな一流の職人が、私みたいな『ヒヨッコ』を頼る必要なんてないんじゃないかしら?」
「ぐっ……いちいち引っ掛かる言い方をしおって。ワシがお主を『ヒヨッコ』と呼ぶのはな、まだまだお主が発展途上で、街一番だなどと有頂天になって修練を怠ったりしなければ、これからもどんどん伸びていくと思っておるからだ! だいたい装身具系と衣服系防具の製作技術に関しては、すでにこの街では随一の経験と知見を持っておるだろうが! 職人の技術を見るワシの目を節穴だと思っておるのか、侮りおって!」
「はぁあ!? だったら最初からそう言ってくださいよ! これだからドワーフは! 私はあなたに、職人としての私なんて全っ然認めてもらえていないと思っていたんですけど!?」
「ふんっ、だからどうした! 他人からの評価を気にするなど、お主が職人としてヒヨッコである良い証拠だ! 職人ならば己が良いと思ったものは誰がなんと言おうと──」
「むっきぃいいいいっ! ガルドンさんはそんなだから、腕は一流なのに世の中から認められなくて──」
キャンキャン、ギャーギャー、ワーワー。
エルフとドワーフの武具職人は、互いに角を突き合わせ、言い争いを始めてしまった。
うん、どこかで見た光景だな。
しかしそんな二人の様子は、喧々諤々やり合いながらも、どこか楽しそうであるようにも見えた。
俺はその二人の姿を見て、「遮光の首飾り」の製作はこの二人に任せておけば大丈夫だろうなと確信していたのだった。




