第109話
ドラゴンからの許可を得ることさえできれば、月鉱石を採掘するのは、そう難しいことではなかった。
ドワーフの武具職人ガルドンから教えてもらっていた採掘場は、丘陵地帯の入り口付近にある洞窟だ。
ドラゴンの棲み処と比べると遥かに狭い、人間サイズの洞窟。
俺たちはそこに、【光】の灯りを片手に踏み込んでいく。
天然の洞窟をしばらく進んでいくと、やがて特徴的な地形に行き当たった。
「うわぁ、綺麗……!」
俺の隣で、イリスが感嘆の声をあげる。
リオとメイファ、それに狼人間姿のウルもまた、その光景を見て目を輝かせていた。
洞窟を進んだ先にあったその場所は、ちょっとした広間だった。
特徴的なのは、その広間の天井から上に向かって縦穴が伸びており、外と繋がる空洞ができていること。
その空洞を通して、外から柔らかな月光が、洞窟内の地面や壁へと降り注いでいた。
月光を受けた壁や地面の一部は、キラキラと輝いている。
その場所を発見した俺は、まず【光】の魔法の効果を覆いで隠し、次に自分の体を使って天井から降り注ぐ月光の一部を遮ってみた。
すると月光を遮って光が届かなくなったにも関わらず、壁や床に淡い光を自ら放っている部分がいくつか発見できた。
これこそがまさに月鉱石だ。
この鉱石は長い月日をかけて月の光を吸収し、その内部に魔力を蓄えるのだという。
『これが月鉱石なんすね。──けど周りの壁とか、ホント硬いっすよ。獣化したうちの爪は鉄板でも引き裂けるんすけど、それでも全然歯が立たないっす』
狼人間姿のウルが月鉱石を掘り出そうとして、その周囲の壁に爪を立てるが、岩石が硬く、カチンと弾かれて爪が通らないようだった。
ガルドンから聞いた話によると、月鉱石の採掘には特殊な採掘具が必要で、今はその道具は手に入りにくいということだった。
しかしその点に関しては、俺はあまり心配していない。
俺はリオに声をかける。
「よし──やるぞ、リオ」
「あいよ、兄ちゃん♪」
俺とリオはそれぞれ剣を抜き、別の月鉱石の前で、それを構える。
そして勇者の闘気を剣に流し込むと、同時に技を放った。
「「──【月光剣】!」」
キィンと二筋の剣閃が奔り、俺とリオの剣はそれぞれ、月鉱石の周囲の岩石をあっさりと断ち切っていた。
物質の硬度を半ばまで無視する【月光剣】なら、このぐらいの硬さの岩石はものともしない。
俺とリオはさらに【月光剣】を何度か放つことで、各一個ずつ、月鉱石を掘り出すことに成功する。
それを見ていたウルは、驚いたという様子で目を丸くしていた。
『ゆ、勇者って凄いんすね……。あの技、どんな硬い物でも真っ二つにしちまいそうっす……』
「ウルちゃん、【月光剣】は勇者だからって、誰でもできるわけじゃないんだよ。これが使えるのは、剣技に長けた勇者の中でもごくごく一握りの人だけなんだから」
イリスが人差し指を立てて、自慢げにそう説明する。
それは【月光剣】を教えてくれた教師、セシリアが言っていた話の受け売りなのだが、イリスがそれを我が事のように誇らしげに語っているのが可愛らしい。
対してウルは、『ふんふん、そうなんすか。勇者の世界にも格の違いとかあるんすねぇ』などと、しきりにうなずきながら聞いていた。
その一方で、メイファもまた──
「……【不死鳥の矢】で、周りの岩石を溶かしてもいいんだけど、何度も使うと魔力がもたないから、仕方がない。……これは決して、ボクが働きたくないからじゃない」
などと言って、一人でうんうんとうなずいていた。
ともあれそんな感じで、俺とリオは手分けをして、月鉱石を次々と採掘していく。
するとそれを見たウルが、ふと疑問の声をあげた。
『あれ……? 月鉱石って、一個あればいいんじゃないんすか?』
「ああ。遮光の首飾りを一つ作るには、このサイズの月鉱石なら一個あれば十分みたいだけどな。ただ俺たちちょっと、お金が要りようなんだよ。ラヴィルトンにはリオたち三人の装備を買いにきたんだが、手持ちが少し心許なくてな」
ガルドンから聞いたところによると、月鉱石は採れたなら採れたでまぁまぁ需要はあるらしいので、街に持って帰れば採掘した分だけ売ってお金に変えることができるはずだ。
だがそれを聞いたウルは、慌ててこんなことを言う。
「えぇえええっ、そうだったんすか!? ていうか、そんな中でうちの手伝いをしてくれてたんすか!? ──だ、だったらドラゴンさんからもらったさっきの財宝、うちが受け取っちゃダメじゃないっすか! うちはそんな大金があっても使い道ないし、これはブレットさんたちが受け取ってくださいっす!」
ウルはドラゴンから受け取った財宝が入った布袋を、俺に向かって差し出してきた。
俺はそれを見て、固まってしまう。
いや、実は正直なところ、この財宝は喉から手が出るほど欲しかったのはあるんだよな……。
このドラゴンの財宝をラヴィルトンで売れば、大金貨数十枚単位の大金が手に入るのは間違いなく、それだけあれば教え子たちの装備購入のための予算はだいぶ豪華になる。
しかし、ドラゴンはウルにあれを渡したのだし、それを横取りするわけにもいかないなと思っていたのだが……。
「……い、いいのか?」
俺はつい欲が出て、そう言ってしまった。
これが世知にまみれた残念な大人の姿である。
「当たり前っすよ。もともとブレットさんたちがいなかったら、なかったはずのものっす。それにうちは、ブレットさんやリオちゃんたちから、もうたくさんのものをもらってるっす。──これだけでも、せめて受け取ってくださいっす!」
そう言ってウルがもう一度差し出してくるので、俺は「そ、そうか。じゃあ、ありがたく」などと言って、布袋をひょいと奪ってしまった。
先生、お金の誘惑には勝てなかったよ……。
いや、うん。
お金は大事だ。
お金のために見境がなくなってしまうのがアレなだけで。
それに、そう。
ウルの手助けをした分の正当な対価を受け取っているのだと思えば、問題はないという見方もできなくもない。
ウルもハッピーで、俺たちもハッピー。
情けは人のためならずってやつだな。
悪い大人が自己正当化しているようにも思えるのは、きっと気のせいだろう、うん。
しかし正当な対価といえば、遮光の首飾りを作ってくれるガルドンにも、正当な対価は支払ってやりたいところだ。
あと向こうが勝手に言い出したこととはいえ、リオたちの専用防具のデザインをしてくれるっていうリゼルにも、物を受け取るのであれば正当な代価は支払いたい。
その辺りも少し考えておくべきだな。
何をするにしてもお金は大事だ。
稼げるときには稼いでおこう。
そんなわけで、ウルからドラゴンの財宝を受け取ったにも関わらず、俺たちは月鉱石もちゃっかりしっかり持ち帰れるだけ採掘して、ラヴィルトンの街へと帰還した。
そして夜分遅くだが、ガルドン武具店へと向かって、その家の扉を叩く。
住居と店舗が同じ建物内なので、戸を叩けばガルドンは二階から降りてきて、俺たちを出迎えてくれた。
「おお、月鉱石を採ってきたか! よし、あとはワシに任せろ。なんとしてでも必ず、『遮光の首飾り』を完成してみせよう。……そのアイドルライブというのは確か、次の週末、満月の夜だったな?」
「はい。あと一週間もないですけど、いけそうですか?」
「やってみなければ分からん、というのが正直なところだな。だがドワーフに二言はない。やってみせると言ったからには、やってみせるわい」
そう言ってガルドンは、ニッと口元を吊り上がらせる。
このドワーフ、どうやら思っていた以上に熱い男のようである。
ともあれ、こうして一つの課題が片付いた。
ウルたちが出場する予定のアイドルライブがある満月の夜までは、あと六日だ。
最低限、やるべきことはやり切ったと思う。
あとは本番に備えて、リオたちが歌や踊りの練習をすることぐらいか。
素人ライブとはいえ、ウルがあのレベルだ。
付け焼刃にせよ、うちの子たちも最低限の練習はしたほうがいいだろう。
このラヴィルトンには教え子たちの武具を買いにきたはずなのに、どうしてこうなったという気もするが……リオたちもやる気だし、何事も経験だ。
そんなわけで俺は、あとは教え子たちの動向を見守ることにしたのだが──




