第106話
というわけで、クエスチョン。
街の近くに棲みついたドラゴンは、善良なドラゴンか、邪悪なドラゴンか。
「はい、兄ちゃん!」
お、リオ早かった。
俺が指名してやると、リオは胸を張って答える。
「街の近くにいるんだから、いいドラゴンだろ?」
「ふむ。どうしてそう思う?」
「えっ……? ど、どうして……?」
俺が質問を返すと、リオはしどろもどろになった。
「え、だって……街の近くにいるんだったら、そのドラゴンは街の人たちと仲良くやってるってことじゃないの……?」
リオが不安そうな様子で聞いてくる。
俺はそんなリオの頭に手を置いて、わしわしとなでてやる。
リオは「わふっ」と鳴いて、こそばゆそうにした。
「ま、そういうことだな。物理的に近い距離にいて両者が存続しているってことは、何らかの形で共存関係が成り立っているってことだ。ということは少なくとも、人間を見たらすぐに滅ぼそうとしてくるようなドラゴンではないってことだな。──はい、イリス」
イリスがおずおずと挙手をしていたので、指名してやる。
おそるおそるという様子で、イリスが質問をしてきた。
「でも、そのドラゴンが善良なんだとしたら、どうしてその……月鉱石? それを採りにいけなくなってしまったんですか? 必要ならドラゴンさんにお願いして、採らせてもらえばいいと思うんですけど……」
ん、良い質問だ。
イリスはこう、きちんと物事を理解した上で、急所となる部分の質問をしてくるあたり、やっぱり明晰な子だなと思う。
俺はイリスをなでこなでこしながら、その疑問に答えてやる。
「善良なドラゴンと言っても、それは人間が善良な種族だっていうのと同じぐらいの意味だからな。そのドラゴンにも縄張り意識はあるだろうし──何よりドラゴンってのは、総じて気難しいと相場が決まっている。普通の人間は、ちょっと機嫌を損ねたら自分をぺしゃんこにするかもしれないと想像できてしまう相手には、なるべく近付きたくないと思うもんだよ」
「ふにゃあっ……な、なるほどです……」
イリスは俺になでられて、頬を染めてしおらしくなっていた。
一方で次には、メイファが質問をしてくる。
「……それはつまりボクたちも、ドラゴンの機嫌を損ねたら、口から吐く炎でこんがり丸焼きにされてしまうかもしれない、ということ?」
メイファ自身は怯えているという様子ではなかったが、その言葉を聞いたウルが「ひぃっ」と悲鳴を上げた。
俺はそのウルの反応に苦笑しつつ答える。
「ま、ありえないとも言い切れない、ぐらいだな。──だからメイファ、ドラゴンの前であんまり失礼なこと言うなよ?」
「……むぅ、やむを得ない。……ボクもそんなことで、こんがり丸焼きにはなりたくない」
どうやらメイファも、自分の普段の言動が失礼なものであることは自覚しているらしい。
だがそうは言いつつも、「自分を曲げたくないからやっぱり帰る」とは言い出さないメイファである。
メイファのそういうところ、俺は嫌いじゃないぞ。
「でもさ兄ちゃん、最初の話に戻るけど、結局ドラゴンってどのぐらい強いの? 兄ちゃんより強い?」
リオがあらためて、そう聞いてくる。
この質問に対する答えは、ちょっと難しいんだよな。
「あー……さっきも言ったけど、ドラゴンといってもピンキリのところがあるんだよ。ドラゴンの種類──例えばレッドドラゴンなのか、ホワイトドラゴンなのか、あるいは……っていうのによっても変わってくるし。それに何より、『どのぐらい長く生きたドラゴンなのか』で、おそろしく強さが変わってくるからな」
「えっと……やっぱり、長生きしているドラゴンのほうが強いんすか」
ウルがおずおずと口を挟んでくる。
俺はそれにうなずく。
「ああ。人間はおじいちゃん、おばあちゃんになったら戦闘能力は落ちるが、ドラゴンは違う。長く生きているドラゴンほど強い。百年も生きていない若竜が相手だったら、今のリオ、イリス、メイファが一対一で互角に渡り合えてもおかしくないぐらいだが、千年以上も生きている古竜ともなれば、俺も含めた全員で束になってかかっても敵うかどうかあやしいぐらいの相手になってくる」
「「「「ひえぇぇ~」」」」
子供たちが悲鳴を上げる。
俺はそんな少女たちに向けて、こう付け加えておく。
「ま、とは言え、千年生きた古竜なんてものには、俺たち勇者でも、そうそうお目にかかるようなものでもないけどな」
「そうなんですか……?」
「そうなんですよ」
俺は手元のイリスをさらになでこなでこする。
イリスは「にゃああっ……」と鳴いて、うっとりとした表情を見せていた。
うーん、反応が可愛いせいか、何事もなくてもついなでたくなってくるな。
これはクセになる……。
まあ、それはさておき。
俺たちがドラゴンといって出会う相手は、たいていは生まれてから百年未満の若竜だ。
稀にそうでないものに出会ったとしても、百数十年から二、三百年程度生きている壮竜が関の山である。
千年生きた古竜なんて、一生に一度でも出会ったら奇跡というぐらいのウルトラレアモンスターだ。
それに街の勇者ギルドで聞いてきた話でも、今向かっている先にいるのは若竜であろうという話だ。
もっとも成竜としては最若年の若竜でも、頭頂から尻尾の先まで十五メートルほどもある巨大モンスターなわけで、並の勇者であれば束になってかからないと敵わない相手ではある。
しかしうちの子たちはすでに、並の勇者と呼ぶような領域を遥かに凌駕しているし、当然俺もそのレベルにはない。
つまり俺たちにとっては、若竜はそれほど恐れるような相手でもないわけだ。
──とまあ、子供たちとそんな話をしながら、俺たちは荒野を進んでいく。
するとやがて俺たちは、赤茶けた岩がちな丘陵地帯へと足を踏み入れることになった。
このあたりはもう、広い意味でドラゴンの縄張りの範囲内だろう。
ドラゴンの縄張りは通常、巣穴から周囲数キロメートルにも及ぶと言われている。
ちなみに月鉱石が採れるという採掘場は、ここからすぐの場所にあるのだが、縄張り内で勝手をしたと思われて後々面倒なことになっても嫌なので、俺はまず勇者ギルドで教えてもらったドラゴンの巣穴へと向かうことに決めていた。
ドラゴンは自分の縄張りを、人間社会で言うところの自国の領土のようなものとして認識しているという。
勝手に棲みついておいて何を勝手な、とも思うが、先方がそう認識している以上は仕方がないし、ラヴィルトンの街とドラゴンとの間にある調和と了解事項を俺たちが崩すわけにもいかないだろう。
そんなわけで、険しい丘陵地帯を進むことしばらく。
世界に夜の帳が下りた中を【光】の灯りを頼りに進んでいくと、やがて往く手にぽっかりと、巨大な洞窟が見えてきた。
ちなみにウルは、丘陵地帯に入ったあたりから獣化をして、狼人間の姿で進んでいた。
勇者である俺とリオ、イリス、メイファの三人は険しい地形もひょいひょいと進んでいくのだが、人間姿のウルでは運動能力も体力も追いつかないため、途中からあきらめて獣化したというわけだ。
自分の狼人間としての姿をどこか忌避していたウルだが、その姿で丘陵地帯をしばらく進んでいった頃には、『この姿もたまには役に立つっすね~♪』などと言って鼻歌交じりになっていた。
まあそんなこんなで、勇者四人と狼人間一人という構成で、ドラゴンの巣穴と思しき洞窟の前までやってきた俺たち。
夜闇の中、【光】の灯りによって照らし出された洞窟の入り口は、三階建ての住居がすっぽり入りそうなほどの巨大さで、この洞窟の主の途方もないサイズ感をうかがわせる。
俺はその入り口前で大きく息を吸い込み、それから声を張り上げた。
「すみませーん! ドラゴンさん、いらっしゃいますかー!?」
すると少しして、洞窟の奥から、地の底から響くような大きな声が返ってきた。
『おや、人間かな? これは珍しい。構わないから入ってきてよ』
その声を聞いた子供たちが、顔を見合わせる。
狼人間の姿をしたウルも同様だ。
そして次には、四人は俺の方を見てくる。
俺は四人の少女たちに向かって、うなずいてみせる。
「巣穴にお邪魔していいってよ。行くぞ」
俺が【光】の灯りを手に率先して洞窟の中へと踏み込んでいくと、子供たちはおっかなびっくりといった様子で、俺のあとをついてくるのだった。




