第105話
まずは泣き出したウルが、泣き止むのを待つ。
そしてウルが落ち着いた頃を見計らい、俺は彼女を連れて、ガルドン武具店の店内へと入っていった。
ガルドンの前までウルを連れて行って、事情を説明をするように促す。
ウルはこくりとうなずいて、自分のことをガルドンに向かって話し始めた。
自分が狼人間であること。
満月の光を浴びると理性を失い、凶暴な殺戮の獣になってしまうこと。
でも次の満月の夜に開催されるアイドルライブのステージは、一生に一度のチャンスに違いないから、なんとしても出場したいこと。
そして何より──
自分の手で誰を傷つけることもなく、街のみんなと一緒に、仲良く暮らせるようになりたいこと。
話を聞いていたガルドンは、ぽかーんとしていて、半信半疑という様子だった。
それを見たウルは──
「よく見ていてほしいっす、ガルドンさん」
そう言って、ガルドンの前でおもむろに衣服を脱ぎ始めた。
後ろで見ていたリオが、慌てて止めに入る。
「お、おいウル! そこまでしなくても……!」
「別にこんなの、大したことじゃないっすよ」
ウルは何でもないというようにそのまま衣服を全部脱ぎ捨て、一糸まとわぬ姿になった。
そして──
──メキメキメキッ……!
ウルの全身が、音を立てて変化をし始めた。
全身の筋肉が盛り上がり、背丈も伸び、体じゅうが濃い獣毛に覆われていく。
顔の造形も変わり、狼に似たそれへと変化する。
ウルは瞬く間に、見上げるような大きさの獣人へと姿を変えていた。
狭い店内では、少し屈まないと天井に頭がぶつかりそうなほどの大きさだ。
それを見上げて、さすがのガルドンも驚いていた。
狼人間の姿となったウルが、口を開く。
『これが怪物になった、うちの姿っす。信じてもらえたっすか?』
「あ、ああ……」
『……ごめんなさいっす。怖がらせるつもりじゃなかったっす。今、戻るっすよ』
普段のウルとは違う、くぐもった野太い声が狼人間の口から発せられ、やがてウルの姿が元に戻っていく。
獣化プロセスの逆回しで人間の少女の姿に戻ったウルは、脱ぎ捨てた衣服をそそくさと着なおしていく。
一方のガルドンは、ようやくショックから覚めたという様子だった。
そして顔をしかめ、こう口を開く。
「それで『遮光の首飾り』ということか。満月の月光の効果を遮りたいと。そして街の人々と気兼ねなく仲良く暮らしたいと、そういうわけか」
衣服を身に着けなおしたウルが、真摯な顔つきでうなずく。
俺はそこで、横から口を挟んだ。
「こういった事情なので、どうか引き受けてもらえませんか、ガルドンさん」
ウルが勇気を出して打ち明け、協力をお願いしたのだ。
ガルドンの事情もあろうが、俺としてはなんとか引き受けてほしい気持ちがあった。
一方のガルドンは、いつものようにまた、ふんと鼻を鳴らす。
そして、こう言った。
「こんな話をしておいて、引き受けてもらえないか、だと? ──馬鹿を言うな。そんなものは当然だろう! ワシはこういう人情話には弱いのだ。……ぐすっ。是非ともやらせてくれ。装身具類は専門分野ではないが、ワシの全霊をもって、何としてでも完成させてみせるぞ!」
見るとガルドンは、少し涙ぐんでいた。
服の袖でぐしぐしと目元を拭っている。
おう、こういうキャラだったか。
一方で、そのガルドンの言葉を聞いた子供たちはというと、大はしゃぎの様子だった。
リオがウルに抱きついて「やったな、ウル!」と言うと、ウルは「あはは、良かったっす」と涙ぐみ、イリスとメイファもその様子を微笑ましげに見守っていた。
だが毎度のことだが、これで話が終わりではない。
その点については、ガルドンが俺に指摘してくる。
「だが小僧、問題は残っておるぞ。分かっておるな?」
「ええ、素材の問題ですね。月鉱石という特殊な鉱石が必要だとか」
ガルドンと俺の会話に、子供たちもハッとした顔を見せる。
希少な材料が必要だというのは、リゼル武具店でも言われていたことだ。
俺の言葉を聞いたガルドンが、鷹揚にうなずいてみせる。
「そうだ。採掘してから短期間で加工しないと魔力を失ってしまう特殊な鉱石だ。当然ながら取り置きはないぞ」
そのことに関しては、もちろん俺も把握していた。
「遮光の首飾り」に関して記された例の本に記述されていたからだ。
「分かっています。でもこのラヴィルトンの近郊に、代表的な採掘地の一つがあるんでしたよね?」
俺はそう、ガルドンに確認する。
これも例の本に書かれていたことだ。
だがそれを聞いたガルドンは、渋い顔をした。
「まぁな。確かにあるにはある。だがそこの採掘場では、今は一切の採掘作業が行われておらん」
「……? 鉱石が枯渇してしまったということですか?」
俺がそう聞くと、ガルドンは首を横に振る。
「いや、そうではない。そこにいけば、鉱石自体はあるだろう。だが今では誰も、滅多なことではそこに近付こうとはせん」
「……どうしてです?」
するとガルドンはひとつ息をついて、こう言った。
「その採掘場が、今やドラゴンの棲み処になっておるからだ」
***
ラヴィルトンの街の近くには、「遮光の首飾り」の素材である「月鉱石」が採れる採掘場がある。
だが数年前に、一体のドラゴンが現れ、その採掘場がある丘陵地帯一帯を棲み処にしてしまったらしい。
そして以後、ドラゴンを恐れた人々はその場所には寄り付かなくなったという。
俺はその情報の裏付けをラヴィルトン市内の勇者ギルドでとってから、子供たちを連れて街を出て、件の丘陵地帯へと向かっていた。
時刻はそろそろ夕暮れという頃。
オレンジ色から紺色に変わりつつある空の下、五人で岩がちの荒野を歩いていると、ウルとリオがこんなことを口にする。
「ううっ……ドラゴンっすか……まさかドラゴンと戦わないといけないなんて……」
「ねぇ兄ちゃん、ドラゴンってやっぱ強いの? 兄ちゃんより強い?」
どうやら子供たちは、ドラゴンと戦わなければいけないと思っているようだ。
俺は苦笑しながら、彼女らに伝えてやる。
「まあ強いは強いけどな。でもドラゴンといってもピンキリだし──それに何より、まだ戦うと決まったわけじゃない。世の中には人間に対して友好的なドラゴンだって、たくさんいるんだからな」
「そうなんですか? ドラゴンと勇者っていうと、やっぱりこう、宿敵みたいなイメージがある気がしますけど……?」
イリスが横からおずおずと聞いてきた。
俺はその少女の頭に手を置いて、ブロンドの髪をくしゃくしゃっとなでてやる。
イリスは気持ちよさそうに、ふにゃんと鳴く。
「いやどっちかっていうと、勇者の宿敵は『魔王』なんだけどな。英雄譚として見栄えがするせいか、勇者を描いた冒険物語だとドラゴンを相手にしているものも多いよな。あれは善良なドラゴンにとっては、まぁまぁの風評被害だと思うよ」
「……んー。……善良なドラゴンと、善良じゃないドラゴンがいる……?」
メイファの鋭いつぶやき。
俺がメイファの頭もなでてやると、メイファはイリスと同様、ごろごろニャンニャンと懐いてきた。
「そんなところだ。いいドラゴンもいるし、悪いドラゴンもいるってことだな。まあ何が善良で何が邪悪かなんて一言で言えるものでもないんだが、人間とぶつかったらどうなるかで言ったら、わりとその辺ははっきりしている。──さて、じゃあここでお前らに問題だ」
俺はイリスとメイファを放してやる。
するとリオ、イリス、メイファの三人は生徒モードになって、俺の言葉に注目した。
三人を見たウルも、慌てて背筋を伸ばしてそれに倣う。
俺はそんな四人の子供たちに向けて、簡単なクイズを出題した。
「数年前に街の近くの山岳地帯に棲みついて、そこに縄張りを作ったドラゴンがいる。街からドラゴンの縄張りの外縁までは、人間の足で半日とかからないほどに近い。ドラゴンの翼なら、街まではひとっ飛びだろう。だがドラゴンが棲みついてから数年がたった今、街は滅びていないし、ドラゴンも滅ぼされてはいない。……さて、棲みついたドラゴンは人間に対して友好的か敵対的か、どっちだと思う?」
ウルも含めた四人の教え子たちは、んーっと考え込んだ。




