第104話
リゼル武具店では「遮光の首飾り」の在庫がなく、またオーダーメイドで作れるだけの技術を持った職人もいない。
それを製作できるだけの技術を持った武具職人がこの街にいるとすれば、思い当たるのは一人だけ──リゼル武具店のオーナー、エルフの武具職人リゼルはそう言った。
話を聞いたブレットたちはその職人のもとに向かうべく、リゼル武具店を出て、また街中を歩き始めた。
ウルはそれを追いかけ、あとについていく。
前を見れば、リオ、イリス、メイファの三人がブレットの周囲に寄って、楽しそうに話をしていた。
「にしても、あっち行ったりこっち行ったり、なかなか前に進まねぇよな。こういうの、なんて言うんだっけ。ドードー鳥?」
「リオが言いたいのは、堂々巡りかな。でも同じところを回っているわけじゃないから、それもちょっと違うと思うけど」
「……だけど、そう言いたくなる気持ちは分かる。……あっちこっちぐるぐると、たらい回しにされている感じはある」
「あのなぁ……。いいかお前ら、物事を解決するってのはな、こういう地道な取り組みが必要なことだってあるんだ。何でもかんでもサクッと簡単に解決できると思ったら大間違いなんだからな」
「分かったよもう……。ねー、兄ちゃんさぁ、最近ちょっと説教臭くない? なんかちょっとおっさんっぽい」
「なん……だと……?」
絶望したような表情を浮かべるブレットを見て、ほかの三人が楽しそうに笑う。
ウルはそれを後ろで見ていて、いいなぁと思っていた。
自分にもあんな風に、家族みたいに誰かと笑い合える居場所がほしいなぁ、とも。
でもそれは、望みすぎだ。
縁もゆかりもなかった自分のために、ブレットもリオたち三人も、文句ひとつ言わずに手を貸してくれている。
彼らにとっては、何の利益にもならないのに。
太陽みたいに輝いて、当たり前みたいにウルにもその光と温かさを分け与えてくれる。
だから感謝をしないといけない。
ウルは四人に向かって、あらためて頭を下げる。
「みんな、うちなんかのために、本当にありがとうっす。でももう、面倒くさかったら、ここまででもいいっす。もう十分手掛かりは掴めたっすから、あとはうち一人でも──」
ウルはこれ以上、四人の手を煩わせるのが、申し訳なくて仕方がなかった。
これは自分の問題なのだから、本当は全部、自分自身がやらなければいけないことだったのだ。
図書館で根気よく調べて、手段を見つけたらそれを入手するための方法を考えて、そこに向かって行動をする。
それはウル自身でもできたはずのことだ。
だけどそれを、ほとんどブレットに頼りきりでやってもらってしまっている。
恐縮するよりほかにない。
あのブレットという先生は、本当に凄い。
何でもできるんじゃないかとすら錯覚してしまう。
あれだけすごい人なら、自分みたいにくよくよ悩むことなんて、何ひとつないんだろうな──
そんなことをウルが思っていると、当のブレットがウルのほうへと歩み寄ってきた。
そして、その大きくて優しい手で、ウルの頭をくしゃくしゃとなでてくる。
「ウルは少し気を遣いすぎだ。子供が遠慮しすぎるもんじゃない。メイファじゃないが、もうちょっと図々しくしてもいいんだぞ」
「そ、そんなことできないっすよ……! 今でも申し訳なさすぎるぐらいっす」
ウルが慌ててそう答えると、ブレットはふっと笑って、もう一度ウルの頭をなでてくる。
それがすごく気持ちが良くて──ウルは自分の頬が赤く染まっているだろうことを自覚する。
リオちゃんたちは、いいなぁ……。
こんな素敵な大人が、いつもすぐそばにいて。
そんなことを思ってしまって、ウルはまたぶんぶんと首を横に振った。
それからしばらくブレットについて街中を歩いていくと、やがて街外れの閑静な住宅街にある、一軒の家屋の前へとたどり着いた。
家の扉の脇には「ガルドン武具店」と書かれた木の看板が掛けられている。
一見では全然そうは見えなかったが、どうやら勇者用の武器や防具を売っている店のようだ。
ブレットはその店の扉を開いて、中へと入っていく。
ウルもそのあとをついて入った。
「おう、来たな小僧。ワシの武具を買いに来たか」
手狭な店内にいたのは、一人のドワーフだった。
確かに武具屋らしく、店内にはたくさんの武器や鎧が所狭しと飾られている。
ただ、先ほどのリゼル武具店の華やかさとは似ても似つかない、素朴で無骨な様子ではあったが。
一方でブレットは、ドワーフに向かってこう切り返す。
「いえ、すみませんガルドンさん。今日はまた別件で」
「別件だと? なんだ、話してみろ」
そうしてブレットは、ここに来た経緯をドワーフに話していった。
「遮光の首飾り」というアイテムを求めていることと、リゼル武具店のオーナーからこの店を紹介されたこと。
最後にブレットは、こう付け加える。
「リゼルさんは、このラヴィルトンの街で『遮光の首飾り』を製作できるだけの金属加工技術を持った職人がいるとすれば、それはガルドンさんしかいないと、そう言っていました」
それを聞いたドワーフは、目を丸くする。
それからバツの悪そうな顔をして、こう言った。
「……あの女狐エルフめ、おべっかなんぞ一切言わんくせに、そういうことは平気で言いおる。しかし残念だが、あの女狐の買い被りだ。ワシは確かに金属加工技術に関しては自信があるが、装身具系の武具には一切興味がない。その『遮光の首飾り』というのも製法は知らん。図書館で調べればあるいは作れるかもしれんが、保証はできんな」
「『遮光の首飾り』の製法であれば、図書館で書き写してきたものがありますけど」
「ほう、用意がいいな。見せてみい」
ブレットは懐から一枚の紙を取り出すと、それをガルドンに渡して見せる。
ガルドンはその紙に書かれた内容に、つぶさに目を通していった。
しばらくの後、ガルドンが再び口を開く。
「ふむ……製法の把握はした。だが実際に作れるかどうかとなると、やってみなければ分からんとしか言えんな。ワシの専門外だ、かなり苦労をすることになるのは間違いない。完成できずにまったくの無駄手間になる可能性もある。──で、なぜワシは、こんなものを作らねばならんのだ?」
「それは……」
ブレットが言葉に詰まる。
それからちらりと、ウルのほうを見た。
一方のドワーフは、ふんと鼻を鳴らし、眼光鋭くブレットを睨みつける。
「作らんと言っているのではない。理由を教えろと言っている。出来合いの物を買っていくなら用途に口出しはせんが、ワシが興味もないものをわざわざ作れというなら話は別だ。こんな用途の限られるアイテムをこうまでして欲しがるのなら、何か込み入った事情があるのだろう? この街でワシにしか作れんのなら、やむをえん事情ならワシが作るよりほかにあるまいが、その仕事をするかどうかはワシに決めさせてもらうぞ」
「分かりました。おっしゃる通りです。子供たちと話をしたいので、少し時間をもらってもいいですか」
「ああ、構わん」
ドワーフの了承を確認すると、ブレットは三人の教え子たちとウルを連れて、一度店の外に出た。
それから店先で、少し屈んでウルと目線を合わせると、ブレットはウルに向かってこう言った。
「どうする、ウル? 事情を話すか、話さないか」
「えっ……? う、うちが決めるんすか?」
ウルは驚いた。
自分に賽が渡されるとは思っていなかったのだ。
てっきりブレットがまた、最良の結果になるように道を決めてくれると思っていた。
ブレットはこう続ける。
「これは俺が勝手にどうするかを決めていい問題じゃない。ウルの今後に関わることだ。俺は教師として、ウルのために手助けをしてやることはできるが、ウルの人生全部を、責任をもって引き受けてやることはできない。……俺の言っていること、分かるか?」
そう言われたので、ウルはこくりとうなずく。
ブレットは「よし」と言って笑顔を見せ、またウルの頭を優しくなでた。
さらにブレットは、こう伝えてくる。
「見捨てるわけじゃないが──ウルがガルドンさんに事情を話して助けを求めないなら、おそらく俺にできるのはここまでになる。でも、自分が狼人間であることを街の人に知られるのがどうしても怖ければ、それでもいい。……俺としてはこうしてほしいっていうのはあるが、でも本質的にそれは、俺が決めていいことじゃない。どっちの道を選ぶかは、ウルが決めてくれ」
ブレットはそう言いながら、真摯な眼差しでウルのことを見てきた。
ウルは考える。
事情を話して──自分が狼人間であることをあのガルドンというドワーフに話して、助力を求めるかどうか。
思い浮かぶのは、幼少期の記憶だ。
ウルの正体を知った村の人たちは皆、ウルに敵意と怖れの視線を向けて、石を投げてきた。
次に思い浮かべたのは、昨日のこと。
ウルが身を挺して助けた子供は、ウルの姿を見て恐怖の表情を浮かべた。
でも、一方で──
今、自分の目の前には、ウルの正体を知った上で優しい眼差しを向けてくる立派な大人がいる。
周りを見れば、リオ、イリス、メイファの三人がウルのことを心配そうな目で見つめていた。
あのドワーフを信じて、全部を打ち明けるか。
それとも、この夢はここでお終いにして、明日からはまた今まで通りの暮らしを続けるのか。
一歩前に踏み出すか、踏み出さないか。
夢に向かって手を伸ばすか、伸ばさないか。
ひょっとすると、ここは崖っぷちで、一歩を踏み出したが最後、奈落の底に真っ逆さまかもしれない。
目の前にいる格好いいように見える大人は、本当は、甘い言葉でウルを奈落に突き落とそうとする悪魔の使いなのかもしれない。
ウルは──
「……嫌っす」
そう、ポツリとつぶやいた。
リオ、イリス、メイファの三人の目が大きく見開かれる。
だがブレットは、辛抱強くウルの次の言葉を待っていた。
ウルは瞳に涙を浮かべ、叫んだ。
「──もう、今まで通りは嫌っす! ガルドンさんにもうちの事情、全部話すっす! だから──だからブレットさん、お願いします! 図々しいのは分かってるっす! でも、もっとうちのことを助けてください!」
ウルが涙を流しながらそう伝えると、ブレットはまた微笑んで、ウルの頭をなでてきた。
「よし、分かった。じゃあ俺も、トコトンまで付き合ってやる。──お前らも、それでいいか?」
「うん、もちろん!」
「なぁんだ、そういうことか、びっくりしたぁ……。もちろん賛成です、先生」
「……乗り掛かった舟。……ボクは漕ぐ気はないけど、その先の景色は見たい」
リオ、イリス、メイファの三人も、そう言って笑顔をウルに向けてきた。
それを見たウルは、ついに堪えていたものがあふれ出して、わんわんと大泣きしたのであった。




