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捨て猫勇者を育てよう ~教師に転職した凄腕の魔王ハンター、Sランクの教え子たちにすごく懐かれる~  作者: いかぽん
第3部/第2章

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第103話

「いえ、モンスターが入ったという路地裏を探したんですけど、それらしい影は見つけられませんでした」


 俺は女性警邏の質問に、そう答えた。


 もちろんこれは、嘘だ。

 俺は路地裏に入ったというモンスターが、獣化したウルであるということを知っている。


 一方で女性警邏は、こちらの腹の内を探るような鋭い視線とともに、こう返してきた。


「ふぅん……。じゃあモンスターは、どこかに逃げちゃったわけだ」


「だと思います」


「てことは、まだ街中にいる可能性もあるってことだね」


「そうですね。でも、あれから目撃情報もないなら、そこはさほど心配しなくてもいいんじゃないですかね」


 俺もあまり腹芸は得意ではない。


 そして向こうも、大方の予想はついているのだろう。


 さっきはウルの一瞬の挙動不審を目聡く見咎めていたし、加えて街の人が目撃したモンスターの外見情報と狼人間(ワーウルフ)に関する基礎的な知識さえ持っていれば、街に現れたモンスターの正体が何者であるかにたどり着くのは、そう難しいことではない。


 だが一方で俺は、この嘘はバレても、嘘をついたことに関しては問題はないだろうと踏んでいた。


 なぜ俺が今、事実を正直に言えないのかといえば、現段階ではウルの正体をなるべく街の人たちには知られたくないからだ。


 だったら、もし嘘が嘘だとバレた場合、今度はそういう事情があったことを正直に話せばいい。


 話が分かる相手ならそれで納得してもらえるだろうし、話が分からない相手なら最初から正直に言ったところで結果は一緒だ。


 要はこの女性警邏が、話が分かる人物であるかどうか。

 すべてはそこにかかっているわけだが──


 俺の言葉を聞いた女性警邏は、再びウルのことを一瞥すると、口元をニッと吊り上がらせて笑顔を見せてきた。


「それは道理だねー。いやぁ、あたしらも今、別件で大人数を動員しているせいで、人手が全然足りなくてさぁ。危害のない事件に構っていられる場合でもないんだよね~」


 女性警邏はそう言って、けらけらと笑う。

 そして次には、俺に向かってこんなことを言ってきた。


「そこで、お兄さんの勘を頼りにしたいんだけどさ──お兄さん的にはこのモンスター騒動、放っておいたら街の人たちに危害が及ぶような事件だと思う?」


 目の奥に鋭い眼光を宿しつつ、そう聞いてくる。


 ああ、なるほど。

 合点した俺は、女性警邏にこう答えた。


「いやぁ、大丈夫でしょう。仮にそのモンスターがまだ街中に残っていたとしても、再び姿を現していないなら、そいつはよっぽどの臆病者か平和主義者ですよ」


「だよねー。あたしもそう思う。昨日の事件現場では、『モンスターは子供を助けたようにも見えた』なんて証言もあったぐらいなんだよね。──ん、分かったわ。時間取らせて悪かったね。ありがと」


 そう言って女性警邏が右手を差し出してきたので、俺はその手を取って握手をした。


「いえ、こちらこそ。ご賢察に感謝します」


「にゃはははっ、そこは感謝しちゃダメでしょー」


 そう言って、またけらけらと笑う女性警邏。

 サバサバとしていて、なかなか気持ちのいい人だな。


 加えて女性警邏は、「あ、そうだ」と言って、懐からメモ紙とペンを取り出して何かを書き込むと、それを俺に渡してきた。


「ついでで悪いんだけど、最近ね、この街で闇社会の活動が活発になってて困ってるのよ。麻薬の売買だとか人身売買だとか……何かそれらしい情報を耳にしたら、あたしに連絡をくれると嬉しいな。これ、あたしの通話魔法具の直通番号だから。それじゃ、ご協力感謝です」


 女性警邏はそう言って、軽く敬礼をしてから立ち去って行った。


 その後ろを、大男と小男が慌てて追いかけていく。


「あ、姉御! あいつらしょっぴかないんですか!?」


「やつら絶対怪しいですよ、姐さん!」


 二人はそんな風に女性警邏に詰めていたが、彼らは女性警邏からぽかりぽかりと頭を叩かれる。


「バーカ、これでいいんだよ。人手が足りないんだから、余計な仕事は増やさないに限るの。ていうか、あんたたちみたいなのまで外勤で使わなきゃいけないなんて、よっぽどの事態なんだからね。あたしの仕事を無駄に増やすなっての」


 などと言われて、適当にあしらわれていた。


 そんな一方で、俺と女性警邏のやり取りを見ていた子供たちは、ぽかーんとした様子だった。


 やがてイリスが、おずおずと聞いてくる。


「先生、よく嘘がバレなかったですね……。あの女の人、ウルちゃんのほうを見ていたから、絶対気付かれたと思って、私ずっとドキドキしていました……」


 俺はそんなイリスの頭にぽんぽんと手を置いて、軽くなでてやる。


「いや、俺が嘘を言っていたことは、向こうだって気付いてはいたさ」


「えっ……? そ、そうなんですか!?」


「ああ。向こうの事情もあって、こっそり見逃してくれただけだよ」


「ふぇぇっ……大人のやり取りっていうことかぁ……。うぅっ……先生みたいな大人になるには、まだまだ全然だなぁ……」


 そう言ってしょぼくれるイリスが可愛くて、俺はまたその頭をなでたりもした。


 とまあ、そんな余計なアクシデントもあったが、さておき。


 俺たちはあらためて、リゼル武具店へと向かった。

 やがて店先にたどりつくと、店の扉をくぐっていく。


『いらっしゃいませ』


 店内に入ると、例のずらりと並んだ店員からの挨拶があった。

 相変わらずこれは慣れないな……。


 ただ俺も二度目なので、さすがにある程度は勝手が分かっている。

 俺は案内役についた店員に、素直に質問をした。


「『遮光の首飾り』というアイテムを探しているんですが、こちらに置いていますか?」


「『遮光の首飾り』ですね、かしこまりました。確認をしてまいりますので、あちらのお席でお待ちください」


 店員はそう言って、俺たちを席に誘導すると、店の奥へと消えていった。


 しばらくして店員が戻ってきたときには、店のオーナーが一緒についてきていた。


「あら、またずいぶんなレアアイテムを求めているお客様がいると思ったら、ブレット先生だったの」


 リゼル武具店のオーナー、エルフの武具職人にしてデザイナーでもあるリゼルは、近くまで来ると開口一番、そう言ってきた。


 さらにリゼルは、「んん……?」とつぶやいて眉間にしわを寄せ、俺が連れていた少女たちのうちの一人を、上から下までじっくりと見つめていく。


 見つめられた少女──ウルはというと、「な、なんすか……? うちは何の変哲もない、しがない一般人っすよ……?」などと言ってびくびくしていた。


 リゼルはウルの全身を一通り不躾に観察したあと、俺に向かってこう言ってくる。


「ブレット先生、連れている美少女が一人増えているのはどういうわけ? あなた何か変な引力でも持っているんじゃないの?」


 何やら呆れた様子だった。

 そんなこと、俺に言われても困るんだが。


 一方でリゼルは「まあいいわ」と言って、本題に入ってくる。


「探している商品は『遮光の首飾り』だったわね。──残念だけど、うちには置いていないわ。ていうかこのラヴィルトンでも、そんなレアアイテムを置いている店はないと思う。手に入れたいなら、オーダーメイドで作らないと無理なんじゃないかしら」


「オーダーメイドなら、どのぐらいの期間でできます? あと値段も知りたいんですが」


 俺がそう確認すると、リゼルは「いやいや」と言って、パタパタと手を振ってきた。


「オーダーメイドをするにしても、簡単じゃないわ。希少な材料が必要になるし……。そもそもあれが作れるレベルの金属加工技術を持っている武具職人が、この世の中にどれだけいることか。少なくとも私は独力じゃ無理ね。うちの弟子たちも当然ながら論外。ここラヴィルトンで、あれを作れるレベルの金属加工技術を持っていそうな職人となると──私は一人しか知らないわ」


 リゼルはそう言って、肩をすくめて見せたのだった。


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