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第32話 聖女は罪人に泥の矢を突き刺す

※ 残酷な描写があります。ご注意下さい。


女神様の邪魔が入らないと、聖女様の激怒…怖い(((( ;゜Д゜)))

外見に傷はつかないけど、心にはつく……よね?

「この天秤の傾きが、この国の罪の重さです。ディアベル魔王国国王様」


 私は微笑んで、クライヴ国王陛下を振り返った。

 彼の紅色の宝石眼に、黄金の天秤が映っていた。驚きの気配には違いないけれど、それは高揚と興奮が入り混じった感嘆。先ほどまでの殺気は消え、聖女の力をその眼で見れたことに喜びを感じていた。


「聖女よ。私の命で贖うつもりはない!罪は罪人のもの。裁きは罪人を。断罪は罪人へ」

「ええ、それは確実に。ですが、王である貴方に罪は皆無であると?」


 他人事の様な物言いの国王陛下に、私は微笑みを消し去り、不信感を篭めた視線と表情を向けた。


 私の怒りは、この足下に伏す令嬢令息だけに沸き起こった感情ではない。

 こんなにも簡単に、他者の尊厳を貶めようとする高慢と自惚れ。誰が彼女をこんな風に育てたの?そんな親が貴族として生きている土壌が、少しも汚れていないとでも?それを見すごして来た国王に、一滴の罪も無いと?


「国王陛下。私はこの国の民ではないのです。聖女(わたし)には、貴方を国王として敬い崇拝する義務はありません。だからこそ、(あなた)の目にも見えるよう、この天秤を顕現させました。この傾きは、魔王国全ての罪の重さなのですよ?フォルウィークの王都での女神様の天罰は、あの時点ですでに天秤の皿を地に付けた者が受けただけ。魔王国は見逃して頂いただけのこと。ご理解いただけまして?」


 陛下の顔が、今度こそ驚愕の表情に変わった。

 まさか、好意を持つ私が王の罪まで示すとは思っていなかったのだろう。しかし、それこそが傲慢というもの。

 聖女の天秤(さばき)に、私情を挟むことはない。―――それを行った瞬間、私は女神様の断罪を受ける側に回されることになるだろう。


「そんなお顔をなさるなら、なぜ聖女(わたし)を公の場に?私は何度も申し上げたはず。ただの平民であると。この場へもただ被害者の一人として出席するつもりでおりました。でも、聖女を望んだのは陛下です」


 国王の心に、私は渾身の一撃を下した。それは、王の威圧以上の衝撃となって聴衆である貴族たちに広がって行った。恐れるあまり、扉へと向かって逃げをうつ者。聖女の視界に入らぬようにと、壁際や聖堂の隅へと姿を隠そうとする者。

 けれど、王の命無しでは扉は開かれない。いえ、逃げ出せたとしても、聖女の告発からは逃避できはしない。


「さあ、まずはそこの二人に問う。あなた方は、聖女の裁きをお選びになるの?それとも国の法に従い陛下からの裁きを?」


 思いもよらなかった私の厳しさに、茫然としたまま口を開けない王を無視し、再び足下へ視線を落とした。

 今、キャサリーン様の表情からは全ての感情が消え、今度こそ恐怖の中にいた。身分の高さや甘えの通じない異界の存在が傍に立ち、自分を覗きこんでいる。

 女神様の真なる使徒である聖女の力を前にして、彼女たちは初めて己が何に手を出したのか自覚した様子だった。


「ほ、法によ…る、さ、さ裁きを!!もっ申し訳ありません!」


 先に選んだのは男爵の子息だった。地に額づき止められない震えの中で涙する。


「では、あなたは?キャサリーン様?」

「わた、わたく…私は…へい、陛下のお言葉…による裁きを…」


 真っ白に血の気を失った顔を伏せ、まだ枯れない涙が床を濡らしていた。紅が剥げて荒れた唇は紫に変色して噛みしめていたらしい端から血が滲んでいる。


「そう。ならば法の下に陛下から沙汰を下して頂きましょう。ただ、一つだけお聞きしたいことがあります。これは聖女である私ではなく、ただのフェリシアとしてお伺いしたいの。――――あなたは、なぜ私とフェルミナ様を狙ったのかしら?私はあなたを害した覚えはないのだけれど?」


 泣きすぎて喉を痙攣させながらも、覚束ない口調で彼女は弁明しだした。

 その(さま)は、まるで癇癪を起した後の子供が、親に許しを乞うような情けなくも儚いものだった。


「私は王妃に…な、なりたかった…。父に、は、母に…幼きこ、頃から…おう…王妃になるのだとい…言われ、わた、私自身も…そう思ってきました。クライヴ陛下をっ…へい、陛下をお慕い申し上げ…でも、私よりも……上にフェルミナ様が…ううっ…ごめんなさい…ごめんなさ…い…ああっ」


 幼い頃から王妃になるのだと、呪いの様に親や親族に言われ続けて育てられ、自分こそが王妃の器なのだと錯覚したまま年頃になった。外に目をやると、同じく王妃候補により美しく高位の令嬢がいることを知り、悔しさと嫉妬と憎しみが込み上げて来た。

 そこに私が現れた。顔を合わせても挨拶くらいしか相手にしてくれない国王様が、その女をお傍に置いていると聞いた。親も何事か不安に思っている様子で、どこの誰かを調べている風だった。しかし、市井の女と聞き及んで、ならば少し身の程を知ってもらって追い払おうと。そのついでに、フェルミナ様にも傷ついてもらって、候補から辞退してもらおう。顔や体に傷のある令嬢など、王は相手にしないだろうから。しかし、表に出て見つかってしまうのは困るから、自分に惚れているらしい男爵家の三男を使えば良いと。


 やはり、としか思えない。賢しさを扱い間違った、子供じみた浅はかな企み。


「貴方は、このまま法により裁かれる。しかし、それは人が人を裁くもの。天秤に残された罪は、罪人に返しましょう。それを消せるのは本人だけ……王の望むままに」


 右腕を上げ、傾いた天秤の皿を指さし、勢いよく振り下ろした。

 黒く渦巻く罪泥が、沸騰した湯のように泡を膨らませては弾けて飛び散り―――――。


 シュトッ!


 泥を滴らせた黒く長い矢が、私の指先を追って天秤に釘付けになってしまっていた令嬢の、荒れた薄い唇の隙間に突き刺さった。

 上向いたまま拘束されて動けない彼女の口の中へ、矢はじりじりと沈んで行く。小刻みに震える形良く愛らしい唇から黒い泥を滴らせ。

 黒い血を吐くがごとく、残酷な誅罰だった。


 後ろに待機していた騎士すら耐えきれずに後退り、剣の柄に手をやる事すら忘れ果て、その光景を凝視していた。

 上がる悲鳴は、聴衆の中から。その凄絶な光景に気を失う者がばたばたと出たが、扉は開かれなかった。


「あ―――あぁっ…」


 幻から生まれた幻の矢。罪と言う名の矢。それを飲み込んで生きればいい。

 心からの贖いがあれば、その悪味を消すでしょう。

 ごめんなさいね?貴女は王が望んだ『見せしめ』。

 人は聞いた事より、その目で見てしまったことを優先的に信じ込む。


 フォルウィークの罪人たちには、私の魔剣が死ぬまで痛み続ける刻印を押した。彼らの心の様に裏にも表にも。

 だから、魔王国にも断罪の印を。心に見えない罪泥の矢を刺しましょう。先祖の苦しみを忘れて盲目になった彼らに。見えない振りをしていた盲目の王に。


これでストック切れました。

頑張って明日も更新したいですが、21時過ぎても上がらない場合は、駄目だったんだな…と思って下さい。


脱字修正 1/24

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