第30話 聖女は冷めた眸を心に持つ
混乱を招いているようなので、ここで補足。
魔王様には、「婚約者」はおりません。王妃候補は複数人おりまして、その中から選定されたらすぐに婚礼して王妃決定になります。なので、複数の令嬢やその家がビシバシ水面下で争ってます。ただし、あくまで候補なので、恋人つきあいなど特別な関係下にはありません。
その複数候補の中から、大公爵家令嬢フェルミナと平手かまして来た侯爵家令嬢(主犯)が、主人公フェリシアに大絡みしている状況です。
本当にへっぽこ書き手ですみませんm(__)m
人攫いと貴族令嬢襲撃事件は首謀者全員の捕縛で全て終わり、その後の沙汰については明日に持ち越されることとなった。
被害者の私は、明日行われる王城での審判に警備隊隊長と共に出席することになり、夜も遅いし明日を見越して王都で宿に泊まれるよう隊長に取り計らってもらった。
王城に近い綺麗な高級宿の一室で食事と湯を貰い、隊長の心配りだったのか部屋付き侍女が部屋着とローブの用意と汚れた服の洗濯を引き受けてくれホッと安堵した。
これでやっと休めると緊張を解いた頃に、お供を連れたクライヴ国王様がお忍びで現れ、誰何した応えが「私だ」なのには当惑し呆れかえった。国王の立場でなんて無謀な!と憤ったところで、この国で一番強いらしい魔王様を非力な私の基準で心配しても無駄なことに気づいた。
慌てて部屋の扉を開いたら、いきなり抱きしめられて――――力尽きかけていた私は、逆らうこともなくその腕の中で虚脱した。
「心配したぞ!何もなかったと聞いたが、本当に大事ないか!?」
「…時間以上のお勤めの後に事が起りまして、走ったり魔法を使ったり…怒鳴ったりと、つい先ほど宿に入ったばかりですの。本当に疲れましたわ」
「フェリシア……こんな宿ではなく、城へ―――」
「絶対に嫌です。お断りしますわっ」
抱擁の腕を解いてくれないクライヴ陛下の胸をやんわりと押し返して、少しだけ距離を取った。
見れば、陛下は宙に浮いた自らの腕を複雑な表情で見下ろし、私のきっぱりした答えにあからさまに落胆し肩を落とした。
そんな陛下を綺麗に無視し、後ろに控えていたグレンフォード様に跪礼した。
「お初にお目にかかります。巡回治療師を営んでおりますフェリシアでございます。クライヴ陛下からご紹介して頂き、ご尊顔とお名前だけは存じておりました。ご挨拶が遅れ申し訳ございません」
「こちらこそ。第一騎士団隊長のグレンフォード=ローデリーと申します。どうか気軽にグレンフォードと呼んでくれ。」
立ち姿もきりりとして美しかったけれど、胸に手を当て騎士の礼をとる姿も堂に入って姿勢よく様になっていた。明るい麦色の短髪に、青い目が少し垂れ気味で愛嬌のある笑顔に心和んだ。
「フェリシア……」
和やかに自己紹介を交わしていると、後ろから打ちひしがれた力ない声が私を呼んだ。
しかし、今の私はそれに優しく応じる心境ではなかった。
「陛下、事件の詳細はお聞きでしょうか?」
「ああ、貴女が国籍不明の暴漢共に攫われ、そ奴らは次にディオン大公爵家の令嬢を狙ったと。その首謀者がロンズベル侯爵令嬢で男爵家の三男が手を貸していたと報告が入った。…すまなかったっ。この国の王として謝罪する。貴女になにかあったらと思うと…」
「それに関する陛下からのお詫びは、必要ありません。それよりも…」
「?…なんだ?」
ふとお供のグレンフォード様が戸口に立ったままでいることに気づき、そう言えば私達もなぜ立っているのかしらと思い至って苦笑した。
「とりあえず、こちらにお座りくださいませ。グレンフォード様も、どうぞ」
案内された宿が、居間と寝室の二間ある上部屋で良かった。居間には小型だけれどソファ一式があり、三人が難なく座ることができた。護衛のつもりらしいグレンフォード様は遠慮なさったけれど、ならば私も立っていると言ったら、不承不承と腰を落とした。
二人が座ったのを見届け、お茶を淹れながら先ほど言いかけた続きを口にした。
「クレイヴ国王陛下、貴方はどうなさりたいのでしょうか?」
二人それぞれにお茶を淹れたカップを勧め、ちょうどクライヴ陛下の正面にあたる椅子に腰かけた。そして、陛下に見せたことのない厳しい表情で問いかけた。
「それは…どういう意味だ?」
「陛下は…私にとても優しくしてくださいます。それは嬉しく…時に辛く思います。けれど、陛下は王妃様を娶る身。すでに候補のご令嬢様方もいらっしゃいます。そのような状況下で、私の様な平民の女に拘うのは騒動の元となります。現に今回の事件は、それが火種となりました。お分かりでいらっしゃいますわよね?」
陛下の肩がびくりと跳ね、表情が一気に強張る。どうも自覚がある様で、私は陛下の顔を食い入るように見つめた。
「確かに…それを言われると……」
陛下は言葉を詰まらせ言いよどみ、私から視線を逸らした。
その時、私達のやり取りを黙って聞いていたグレンフォード様が、フッと笑った。
ああ、家臣であるグレンフォード様を前に、国王陛下に対して酷く不敬な言動をしていたことに気づき、慌てて口を押えた。が、グレンフォード様は私に微苦笑しながら首を横に振り、また陛下へ目をやると鼻で笑った。
「フェリシア嬢。貴女の言い分は当を得ている。この陛下の能天気さが問題を大きくしているに過ぎない。実際、ウチの切れ者の宰相殿にも激しく責められたんだが、のらりくらりと躱して、その結果がこのざまだ…申し訳ない!」
小さなテーブルに両手を付いて頭を下げるグレンフォード様に吃驚し、口元にあてていた手を慌てて振った。
「ち、違います!グレンフォード様に頭を下げられてもっ、お上げください!」
「いや!陛下の行いを正すのも臣下の務めだ。それでなくとも、俺と宰相殿は陛下の幼馴染でね。止められるのは俺たちしかいなかったんだが…で、どうするんだ?クライヴ国王様よ」
「どうする…とは?」
「まだ判ってないのか!?フェリシア嬢は、複数の王妃候補がいるくせに、なんで私にまで粉かけてるのか、と訊いてるんだよ。婚約者も決められない男に、好きだ何だと言われても困るんだとさっ」
私は二人の言い合いに、ただただ目を丸くして聞くしかなかった。
ずばりと言ってのけるグレンフォード様の砕けた口調は、幼馴染だからかと納得しつつ、陛下の煮え切らなさに苛立ちが沸いて来た。
「こ、婚約してしまったら、フェルミ―ーーーゴホッ!何でもない!」
「うははっ。だーかーら、言ってるだろ?婚約者を誰にするか決めろと」
ニヤリと人の悪い笑みを陛下に投げかけたグレンフォード様に、横で見ていただけの私は首を傾げるしかなかった。
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ディアベル魔王国には、女神様を祀る大神殿はない。すでに三百年の歴史ある王国だけれど、同国民の中に神官の経歴を持つ者がいなかったため、そのまま大神殿を造ることなく来た。その代り孤児院や治療院の片隅に、小さな礼拝室が設けられており、女神様に祈る人達はそこへ訪れた。私も訪れる度に、礼拝室を使わせてもらって、女神様に祈りを捧げている。
尤も、城内には大聖堂と称される荘厳な広間があり、他国にある大神殿内の聖堂と同じ役目を果たす場として使われ、それ以外にも重要な役目がある施設として知れ渡っていた。
『裁きの間』
つまり、神の御許で罪人を裁く法廷として使用されてもいる。
今、その場には、優美で上品な椅子に座したクライヴ国王陛下を中心に、宰相様と法務長官が両脇に立ち、数段下がった位置に警備隊隊長と近衛騎士数名が立ち並び、反対の位置に護衛を従えたディオン大公爵が列席していた。
そして首謀者としてロンズベル侯爵令嬢キャサリーン様。彼女に加担したラール男爵家三男ヘラルド様と私兵騎士二人が、陛下の足下で平伏していた。罪人たちには、その背後から騎士団の団員が監視のために付いている。
私は、罪人たちから離れた警備隊隊長のわずか後ろに控え、静かに気配を消していた。
「国王陛下の御前であり、主神様と女神様の御許である。心して裁きを受けよ」
法務長官が、声高らかに告げた。
すると後方からざわめきが立った。見なくても分かる。この裁判は貴族や高官たちに公開されていた。傍聴人である多くの貴族やその関係者たちは、これから始まる裁きの行方に興味津々の様子だった。
王都で起こった事件は、王都の貴族街に住む者たちの耳に瞬時に届いたらしく、それに高位貴族が関わっているとなれば、是が非でも公聴したくなると言うもの。
それに対して、裁く側には公開することで『見せしめ』にもなる。
なんとも嫌な雰囲気に飲まれ、私は静かに目を伏せるしかなかった。
誤字訂正 1/21




