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第29話 聖女だって激怒するんです!

 警護兵と大公爵家の護衛騎士が賊の見分や聴取を行っている間、馬車の中へ運び込まれてからもずっと怯えて震え、体を丸めて泣き続けるフェルミナ様に、私は【眠りの癒し手】と【回復】をかけて休ませた。

 初対面の時の凛々しく活発な女性に見えたご令嬢は、今はか弱い子供の様にただ恐怖に震え、目元を涙で腫らして眠っている。彼女に侮蔑の言葉を投げられた時は、悔しく思いもしたし羨んだりもした。

 でも、こうなってみると、あの姿は地位と若さに頼った自己顕示欲の現れだったのだろう。それは、とても脆く折れやすいものだったみたい。

 痛々しい患者を前にした治療士(いつも)の私なら、心配と労わりの気持ちを添わせて見守る。でも、この疲弊しきったフェルミナ様を見ても、今の私の心には憐れみ()()湧かなかった。それは高慢な心情だと分かっているけれど。


 寝入ったフェルミナ様を乗せた馬車を見送った後、私は警備兵たちと共に実行犯の男たちが自白した場所へと移動した。

 被害者の女が同行を願うと思っていなかった彼らは、唖然としながら私を必死で諦めるよう説得して来た。それでも頑として譲らない私に、最後には諦めたのか「現場へ立ち入らない」と約束させられ、同行を許してくれた。


 実行犯を乗せた荷馬車は先に駐屯所へ向かい、私は警備兵たちが乗って来た幌馬車に入れてもらった。数人の騎乗した兵が現場近くまで先行し、実行犯たちと同じく顔を隠した黒装束に変装して待っていた。

 馬車から降りた私がそれを見て、用意が早いわね?と感心していると、この扮装は防護装備として常備している物だ教えてくれた。防寒や毒煙回避、火災現場への立ち入りなどに使うのだとか。

 そんな雑談を交わしている内に、他の警備兵が現場の宝石店を静かに包囲する。何人かが魔法で消音術や障壁を展開し、作戦位置に身を潜めた。

 閉店した宝石店は一見すると無人の様だけど、隊長さんの報告では中に人の気配がするらしい。

 

「首謀者たちを捕縛完了するまで、絶対ここから離れないように!」

「了解しました」


 再度の警告に、にっこり微笑んで頷いておき、彼らに【全耐性】と【障壁】を贈った。


「お嬢さんは…」

「え…?」


 全員が、己に掛かった魔法を確認して面食らった様子。思わず驚きの声を上げそうになって口を押えている警備兵までいた。

 障壁は使える人も多いけど、【全耐性】は……ね?


「皆様、無事に戻って来て下さいませ」


 私の励ましに、一同頷いて互いに確認し合うと、宝石店へと足早に向かった。私を含むたくさんの視線が、宝石店の扉に集中した。


 宝石店の並びの店も、すでに閉店して人気は無い。ここは高級店が軒を連ねる上流階級御用達街。となると店舗はここでも住まいは別の店主がほとんどで、閉店すれば店内に人気は無く、暗く寂しい通りになる。

 ぽつりぽつりと小さな魔道具製の街灯が点在している薄暗い大通りを横切り、宝石店へ近づいた偽装警備兵が、扉を忙しなく叩いた。


 私を攫ったり、大公爵のご令嬢を傷つけたりしろと依頼した首謀者。全然思いつかない。あの高級店を待ち合わせ場所に使える者となると、店主が犯人?

 目は店舗の出入り口に向けながら、意識は犯人の心当たりを記憶から探っていた。その間に偽装警備兵は店内に迎え入れられ、少しの間をおいて事は大きく動いた様だった。


 宝石店の商品窓から一瞬眩しいほどの光が漏れ出て、それを合図に一斉に隠れていた警備隊が正面や裏から店内へと突入した。外も内も所かまわず破壊音が響き渡り、壊された扉の破片やガラスが飛び散り、怒声や大喝、甲走る悲鳴や叫びが上がった。

 多勢での突入が上手く行った様で犯人捕縛はすぐに終え、複数人の容疑者が拘束魔法に縛られて、店外へ引っぱり出されて来た。

 警備隊に囲まれぞろぞろと大通りへと出て来た者たちは、ほとんど暗色の外套で身を隠し、無言で兵の指示に従っていた。その中から、周りの警備兵を罵倒する甲高い声が響いた。回りが無言なだけに、その声は私にまで聞き取れた。

 居丈高に身分を翳し、この拘束は不当だ無礼だと、硬質な少女の声で言い散らしていた。聞き覚えの無い侯爵家の令嬢。どうしてそんな方が、容疑者の中に混じっているの?

 その声の下に恐る恐る近づいた私は、黒いマントを身につけた少女を見て、その顔に見覚えがあることに驚いた。

 あの祝賀会で、私の頬を打った令嬢だった。


「貴女は……」


 私が漏らした声が耳に届いたのか、それとも警備兵の一人の後ろから顔を覗かせた私に気づいたのか、奇声を発して喚いていた少女はすぐに顔をこちらに振り向けて、私に視線を留めるや憎々し気に睨みつけて来た。


「どうして、ここにいるのっ!!なぜ無事なのよ!?貴女なんて…貴女なんて、あの無法者たちに辱めを受ければよかったのに!!」


 ほっそりとした愛らしい顔を醜悪に歪め、令嬢は私に向かって叫んだ。それはまるで呪詛を振りまく邪霊のような形相だった。

 彼女たちを囲んだ警備兵たちが、その絶叫を聞いて一斉に血相を変えた。それはそうだろう。同国人なら誰もが知るその高位貴族の令嬢が、被害者の私に面と向かって自ら首謀者だと自供したも同然のことを叫んだのだから。それを聞けば誰もが、嫌悪を覚えて顔を顰めるだろう。

 当然、私だってそう。名も知らぬ貴族令嬢に、そこまで恨まれるほどのことをした覚えはない。それでも、不意打ちだった一度目は許した。不本意ではあったけれど、フェルミナ様と同様に貴族令嬢としての自尊心がさせたのだろう、と。

 でも、今回だけは絶対に譲らない。

 私は警備兵の前に出ると、彼女に対して怒りを篭めて睨み返した。


「私が貴女に何をしたというのですか!?あの時は、場違いな場所にいたことで叩かれるのも仕方ないと思いましたが、これは一体何のつもりですか!?…聞いていれば、貴族のお嬢様とは思えない様な品の無い罵詈雑言!身分が高ければ、どんな罪を犯しても許されるとお思いなのですか!?差別に怒り、そのために戦い勝った魔国の人は、誇り高く矜持のある方ばかりと思っていましたのに!!今…お返ししますわ!恥を知りなさい!恥を!!誰が許しても、私は許しませんから!」


 私の大音声に、その場はしんと静まり返った。 

 

 そして今、私の中の天秤が、がくりと大きく傾いた。


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