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一方その頃――――ディアベル王城内・王の居間



 祝賀会から三日後の夜、クライヴ国王は私室の居間にランドル=ディオン大公爵を迎えていた。

 他の貴族ならば会見の間を使うが、大公爵は祖母が降嫁した王女なだけに王族の血を引く。親族扱いもあって、上下関係を取っ払える私室へと通したのだ。病み上がりの彼に、少しでも気を楽にとの計らいだ。

 あの日の夜、退出の挨拶を残して帰って行った大公爵が、迎えの馬車前で急な発作に襲われ倒れた話は、その後すぐに王の耳に入った。急いで駆け付けた時にはすでに城内の治療室に運ばれ、意識も戻り容態も安定して眠っていると聞いて、宰相と共に胸を撫でおろした。

 その場にいた警備兵と侍従の報告では、倒れた所に偶然居合わせた治療士が、緊急処置を施して一命を取り留めたと言う。

 ただ、その後が問題だった。


「陛下に於かれましては、ご心配をおかけした様で申し訳なく…」


 無礼講の居間での面会だけに、どちらもソファに腰かけているが、そこで大公爵は深々と頭を下げて不甲斐なさを詫びた。

 クライヴの方は、幾分眉尻を下げて相手の顔の色つやを確かめ、窶れた様子もないと分かって頷いた。


「ランドル殿も、我が父と同年代だ。十分気をつけて長生きしてくれ」

「戦勝の嬉しさに浮かれて酒が過ぎたようで。今度の経験で、身に沁みました」

「ならいいが、もう胸の方は大丈夫なのか?」


 見た目は無事だが、病は心臓だと聞いている。治療を受けたから完治したとは限らない。

 大公爵はじわりと笑んで、胸を撫でながら頷いて見せた。


「あの翌日、こちらの名医ハイト師に診て頂きましたら、どこにも何の障害も無いと申されまして。長く心臓の弱りに悩んでおりましたのに、驚きました」

「そうか…」

「聞けば、隣国のお客人の連れが倒れた私を助けてくれたそうで。なんでも女の治療師だったと」


 己を助けた者を「女」と下げた物言いに、クライヴの頬がぴくりと引き攣る。それに気づかない大公爵は、先を続けた。


「つきましては、我が家の専属治療士として雇い入れたいと思いましてな。陛下が素性をお知りなら、ご紹介願えればと」

「知ってはいるが、無理な相談だな。彼の者には、すでに国専属の話を断られている。巡回治療師として市井を診て回るのを希望しているそうだ」

「それはそれは…なんと…」


 大公爵はその先を濁したが、「無礼」か「身の程知らず」と続くのだろうと予想がつく表情だった。

 その渋顔を見て、どちらが身の程知らずかとクライヴは内心で失笑した。

 お前を癒した者は聖女様だ。治療どころか治癒魔法で完治までしてくれたのだぞ。完治と聞いて聖女と思いつかないうつけ者など、放っておけば良かったのに。と、胸の奥で苦く思う。

 

「それよりもだ……フェルミナ嬢はお元気になられたか?」


 治療士の話をすっぱり切って捨て、さらりと問題の話へと矛先を向けた。


「それは…見苦しい所を晒してしまいまして…」

「なんでも、父親を必死に助け様としていた治療士を罵倒し、無体まで働いたと聞いたが?」

「私めが倒れたのを見て、娘も驚きのあまり錯乱したのでしょう…まだ幼さが抜けませんで…」

「正気を失い暴行まで行ったと言いたいのか?だがな、彼の者はこの国に属する者ではない。その上、隣国の伯爵家の連れだ。いくら我が国が戦勝国とは言え、相手は手を組んだ同志。彼らあっての勝ち戦だった。属国ではなく同盟を結んだ友好国の貴賓客に対して罵倒はおろか暴行までとなると…な」


 クライヴはそこで言葉を切り、だからどうしろ、とまでは言わない。

 先ほどとは違う苦々しい表情を浮かべた大公爵は、そこで小さく詫びると後は口を噤んで帰って行った。


「これでは、爺さまが国を創った甲斐がないな。忌子と差別する者を蔑視してきたはずが、他者に返せば同じく卑しい者に成り下がるとは思わんのか…」


 大公爵が消えた扉を見つめたまま、肘付きに頬杖をついて呟いたクライヴは、憂鬱な溜息を漏らした。

 と、背後の扉がそろりと開き、中から側近二人が現れた。手には酒瓶とグラスが握られており、すでに瓶は半分空けられている。


「気丈で豪胆な令嬢だと感心してたが、思ったよりも折れやすかったな?」


 とんでもない感想を口にしたのは、先王の弟でクライヴの叔父であるランベルト将軍だった。その後ろから、グレンフォードが薄ら笑いを浮かべて付いて来る。


「それは見た目だけですよ、将軍。彼女はあの豪華な甲冑姿で出陣しましたが、国境砦の物見台から一歩も動かずお茶を嗜まれておりましたよ。それも私兵騎士に囲まれてね」


 第一騎士団隊長として戦地へ赴いていたグレンフォードが、鼻で笑って暴露する。


「…なんだ?そりゃ…。しかし、練兵場にお出ましになってただろう?」

「ええ。訓練兵を押しのけて、私兵に剣で試合をさせておりましたよ。ご本人は、負けた方を叱りつけるだけのお役目でしたが」


 その嫌味満載の言い方に、聞いていたクライヴは思わず噴き出し、腹を抱えて大笑いした。


「あの国境砦は、聖女様が神聖結界を張ってくれたこの世で一番安全な場所だ。さぞや居心地が良かっただろうさ。己が罵倒した相手に護られて、その上に父親まで助けてもらいながら…」


 ははっと大笑いを収めると、クライヴはギラリと底光りする目を細めた。


「あの親子は駄目だな。今回の失態を上手く使わせて貰おう」


 グレンフォードが酒をグラスに注ぎ、将軍と国王に差し出す。それを受け取りながら、クライヴに面差しのよく似た将軍が顔を顰めた。


「あの程度の醜態で、それができるか?」

「他の貴族へ嫁ぐなら許容されるだろうが、この国の王妃だ。罪人どころか恩人たる者を平民だからと罵倒し、そこに暴力だぞ?差別と暴力から逃げて来た建国の祖が、それを許すと思われるのは心外だな。そう思わぬか?叔父上」

「なるほど…な」


 いまだにニヤニヤと笑みを浮かべていたグレンフォードが、話の最後を締めくくった。


「そんな者を王妃にしたら、先代王妃のアンジェリカ様が大激怒する、よな?」


 そのアンジェリカを母に持つクライヴと、義姉に持つランベルト将軍は、頭が飛ぶのではと思われる勢いで何度も力強く頷いた。

 

誤字訂正 1/18 一カ所だけ正解で、あと全部間違ってたよ!<大公爵( ノД`)シクシク…

誤字訂正 1/19 また「ブ」だったよ…「ヴ」だよ!私!

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