第52話 美咲の計画
母親である亜希子の不倫と、父親である真一と血の繋がりがないことが発覚し、自分の存在意義を見失ってしまった美咲。自分の根っこを失った美咲は、自らの考える『シアワセノカタチ』の実現を一から目指すことにした。
亜希子の母親である沙織の家に引っ越した時、心が壊れていた美咲は『幸せの形』を求めていたものの、具体的な考えがあるわけではなかった。ただ、真一と沙織の三人で暮らせるようになるのが嬉しかったし、真一が築き上げようとしていた『幸せの形』に、自分も協力したいと考えていた。自分が見失った存在意義を取り戻すには、それしかないと考えていたのだ。
しかし、それはひとりの訪問客によって大きく変わることになる。
亜希子の不倫相手であった敦の元妻の涼子だ。
この涼子の訪問が、美咲にとってすべての始まりだった。
涼子の名前までは知らなかったものの、亜希子の不倫相手の妻が大変辛い思いをしていたことは、真一からさわりだけ聞いていた。
そしてこの日、真一も、涼子も、お互いに対して悪い気はないことを美咲は感じる。
心に深い傷を負っている涼子が、自らの人生を終わらせようとしていると最初に気付いたのは沙織ではない。美咲だった。
真一と涼子のふたりを家に残し、買い物に出掛けた美咲は沙織に進言する。
「ねぇ、おばあちゃん。あの涼子さんから目を離さないで。あのひと、お父さんへの想いを遂げることができたら、きっと死ぬ気だと思う」
美咲の言葉に驚く沙織だったが、その言葉を聞き入れることにした。
美咲の計画が始動した瞬間だ。
その日の深夜、思い残すことがなくなった涼子は家を出て、死に場所を探しに行こうとしていた。美咲の言った通りの状況に沙織は驚いたが、何とか涼子を説得して思い留まらせることができた。
暗闇の中でその様子を見ていたのは、美咲だ。
思惑通り計画が進んだことに、美咲はひとりほくそ笑んだ。
翌日早朝、美咲は真一に進言する。
「お父さん、涼子さんも一緒に暮らせないかなぁ。涼子さん、ひとりぼっちできっと寂しいと思う。お父さんは涼子さんのこと嫌い? 私は、涼子さんみたいな真面目で優しいひと、好きだな。お父さんだって、涼子さんのこと嫌いじゃないでしょ? このまま何もせずに家を出て行かせたら、もう二度と涼子さんとは会えないと思う。お父さんの方から声をかけてみてよ」
美咲からの言葉に、真一は行動を起こした。結果、涼子は一緒に暮らすことになり、四人目の家族となったのだ。
「役者は揃った……ふふふっ」
美咲の計画は順調に進められた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カゴがゆっくりと地上へと近付いていく中、美咲は自分の計画を説明し、ふたりの会話は続いていた。落ち着いて淡々と語っていく美咲。そんな娘の話を聞きながら、亜希子も心を落ち着かせる。
「三人と家族になったのね……」
「人数も増えたから賑やかになったわ」
「……わ、わたしも――」
亜希子の言葉に大笑いする美咲。
「あははははは! アンタ、まさか自分も家族になれると思ってんの? なんておめでたいの! 本物の馬鹿なの!? あははははは!」
絶望が顔に浮かび始める亜希子。
「アンタ、自分のやったことが許されると思ってんの? 馬鹿じゃない?」
「うぅ…………」
母親の絶望する姿に溜飲を下げたのか、亜希子を見下すように、にやけている美咲。そして、その表情が徐々に恍惚としたものに変わっていく。明らかに普通ではない表情だ。
美咲の計画はまだ終わっていない。
亜希子の不倫がきっかけで、美咲の心は完全に壊れた。
壊れた心は、美咲を守ろうと最終防衛機能を働かせている。
美咲を苦しめているのは「現実」。だから、心は判断した。
だったら美咲を「現実」ではなく「別世界」で生かせば良いと。
存在意義すら見失った美咲が行き着いた別世界。それは――
――狂気だった。
<次回予告>
第53話 膨張する狂気




