第47話 謝罪と詰問
観覧車乗り場へとゆっくり向かう亜希子。先に乗り場へ向かった美咲は、亜希子には視線を向けずに、ゆっくりと回る観覧車をじっと見つめていた。
「二名様ですね! 次のカゴにご案内いたします!」
係員の若い女性がにこやかに語りかける。ただ、係員の目から見ても美咲と亜希子の様子がおかしいのは明らかで「何か訳アリの親子?」と思っていた。
ガチャリ
「どうぞ! こちらのカゴにお乗りください!」
案内通りにカゴの中へ足を進め、美咲と亜希子は向かい合って座った。それを確認した係員。
「それでは、十五分間の空中散歩をお楽しみください! いってらっしゃい!」
ガチャリ
カゴの扉がロックされて、カゴは完全な密室になった。その瞬間から、美咲は亜希子を表情もなくじっと見つめている。
亜希子の記憶にある明るく無邪気な美咲の姿はもうなく、美咲は可愛いというよりも、美しい大人の女性へと成長していた。まもなく高校も卒業なのだから、大人の雰囲気を感じるのは当然なのかも知れない。黒い厚手のパーカーにグレーのパンツルック、白いスニーカーという格好が、かろうじて少女としての面影を残していた。
「美咲、元気だった?」
勇気を出して美咲へ話し掛ける亜希子。
「…………」
しかし、美咲は何も答えない。
「美咲はもうすぐ高校卒業よね? 進路はもう決まったのかしら?」
「…………」
「大学へ進学? 専門学校かな? それとも就職かしら?」
「…………」
一方通行の会話が続く。
無情に観覧車が回っていく中、亜希子は本題に入った。
「美咲、あのね……五年前のこと、本当にごめんなさい……」
「…………」
「お母さん、狂ってたんだと思う。あんなことをしてしまうなんて……」
「…………」
「この五年間、心から反省して、深く後悔して、これまでの自分を恥じながら生きてきました……」
「…………」
「美咲、あなたやお父さんを裏切ることをしてしまい、本当に本当にごめんなさい……」
深く頭を下げた亜希子。
ゆっくりと頭を上げたが、美咲は無表情のままだ。
娘との縁が切れそうだと感じた亜希子は、焦りの色を浮かべる。
「美咲……お願い……許して……お願い……」
美咲に許しを懇願する亜希子。
その様子を無表情に眺めながら、美咲はようやく口を開いた。
「それだけ?」
「えっ?」
「それだけかって聞いてるの」
「それだけかって……」
美咲の言葉に困惑する亜希子。
「よく考えなさいよ。自分のしたことを」
亜希子は、今回自分が犯した不倫の罪を思い返す。確かに美咲を傷付けることをしてしまった。だが、それは慰謝料や養育費を支払ってきたし、先程はっきりと謝罪をした。一体他に何があるというのか。美咲の言っていることがまったく分からない亜希子。
「思い当たること、あるでしょ?」
「な、なに? 何のこと?」
この時、初めて美咲の顔に表情が薄っすらと浮かんだ。それは明らかに亜希子へ対して憎悪を示すものだった。それを見て亜希子は慌てたが、思い当たることが何もなく、美咲に答えることができない。
そんな亜希子の様子を見て、フッと諦めたような笑みを浮かべた美咲。
「なるほどね。よく分かったわ」
「わ、分かったって、な、なにが……?」
「アンタ自身も気がついていないってことが」
「私が気付いていない……?」
「そう、だからアンタは平気な顔をしていられるんだ」
「ね、ねぇ、美咲、どういうことなの? お母さん、本当に分からないの」
美咲の視線に込められた憎悪が濃くなっていく。そのことに気がついた亜希子は、思わず身体をビクリと震わせた。
「あのさぁ、アンタに聞きたいことがあるんだけど」
「う、うん! 美咲、何でも聞いて! お母さんが分かることなら何でも答えるから!」
しかし、美咲の口から吐き出された言葉に、亜希子は戦慄する。
「私の本当のお父さんは誰?」
<次回予告>
第48話 血縁の幻影




