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第43話 叶わぬ夢

 断罪の日から一年後――


 午前二時。明かりが煌々(こうこう)と点いている郊外の近代的な工場。その中では何本ものベルトコンベアで弁当や惣菜などが流されており、そのベルトコンベアの脇には何人もの作業員が衛生白衣に身を包み、大きなマスクで口を、ローグフードで髪の毛全体から首にかけてまで覆い、盛り付けを行っている。

 ここはコンビニやスーパーマーケットで販売される弁当や惣菜などの製造を行っている食品工場。早朝の配送に間に合うように、急ピッチで作業が進められていた。


長田(ながた)さん! そこのカルビ焼肉弁当のライン終わったら、三番のラインにまわって!」

「はい、分かりました! 確かあそこのラインって……」


 マスク越しでも分かる工場長の渋い顔。


「ほら、例の新製品の弁当。作業が細かくて大変なんだよ」

「あと十個位で終わりますので、すぐ三番にまわります!」

「悪いね! 向こうは渋滞状態だから、頼むね!」


 工場長は、また別のラインへと向かっていった。


(旧姓で呼ばれたり、名乗ったりするのは、まだ心が痛いな……)


 一年前までは「高木」だった私。そう名乗りたくても、もう名乗れない。旧姓の「長田」を名乗るしかないのだ。自分で「長田」と名乗る度に、真一や美咲と他人になってしまったことを確認するようで、心が痛い。

 あれから一年、慰謝料と養育費は毎月予定通り支払っている。真一は、入金を確認すると必ず紙の領収書を送ってきてくれた。まめで真面目な真一らしい。


 さて、三番ラインへ急がないといけない。シフトはいつも通り午前五時まで。あと三時間で出荷まで漕ぎ着かないと、配送のひとが苦労することになるし、私は残業ができない。私は午前六時からコンビニで早朝のバイトが入っているのだ。これに遅刻するわけにもいかないので、何とか噂の新作弁当をちゃっちゃと作らないと……



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ただいま……」


 誰からも返事のない帰宅の挨拶。午前十時半、我が家であるアパートへ帰ってきた。食品工場で七時間の夜勤、コンビニで四時間の早朝勤務。辛くないと言えば嘘になる。でも、これが今のルーチンワークだ。コンビニでバイトすることで、週末のオフィスビル清掃の夜勤は土曜だけで済み、日曜は一日お休みできるようになった。しっかり働き、真一と美咲へ(つぐな)い続けなければ、罪悪感に押し潰されそうになる。私の心に根付いている罪の意識は、一年経ってもまったく薄れていない。

 シャワーブースで汗を流すが、自分の身体を見るとあの頃のことが(いま)だにフラッシュバックする。敦に撮影された写真や動画。卑猥なポーズをとって笑顔でピースサインしている写真を、真一だけでなく美咲にも見られた。動悸が激しくなり、胸が痛い。もう吐きそうだ。自分の身体を見たくも触りたくもない私は、狭いシャワーブースの中でうずくまり、ひとり(うめ)き続けた。

 何とかシャワーを浴び、食品工場で安く購入しておいたお弁当とサラダをもそもそと食べる。もう食事を作る気力もないし、(けが)れた私が作ったものを自分自身が食べたくないのだ。


 畳の上に布団を敷き、小さなテーブルに置いてある写真立てを手にして、布団に入る。新築の家へ入居する時に撮影した家族写真だ。これだけはどうしても捨てられなかった。どれだけ手を伸ばしても、どれだけ欲しても、自ら投げ捨てた幸せは二度と手に入らない。それは分かっている。分かっていても、私は祈る。


(いつか、もう一度三人で暮らせる日が訪れますように……)


 それは夢幻(ゆめまぼろし)。叶わぬ夢なのだ。写真の中で幸せそうに微笑む三人。その中のひとりは私なのに。私も幸せそうに微笑んでいるのに。どうしてこんなことになったのか。今日も後悔の涙が止まらない。


(せめて夢で……夢で真一と美咲に会いたい……)


 布団の中で在りし日の家族の写真を胸に抱きながら、今の状況が悪い夢でありますようにと、目を覚ましたらあの家の寝室で、隣には真一がいますようにと、必死に現実逃避しながら、私はゆっくりと眠りに落ちていった。



挿絵(By みてみん)





<次回予告>


 第44話 心からの謝罪




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