第80話 ただいま
納得いかなかったので前話の最後あたりの内容を大幅に変えました。今話は旧79話とも繋がるとは思いますが、改稿版79話に準拠した話で進めております。
……
あたたかくて、柔らかくて……
ここは、どこだろう?
僕は確か……カリニャンの中で……
「あれ……?」
――コハクは永遠の眠りから目を覚ました。
ヒスイの身体を乗っ取ったヴォルヴァドスに心臓を潰され、絶命する前にカリニャンに頼んで自身を食べてもらった。
そうしてコハクはカリニャンの血となり肉となった、そのはずだった。
なのに、どうしてお屋敷のベッドの上でいつも通りふかふかのカリニャンの胸の中で目覚めたのか?
「ん……おね、さま……?」
「カリニャン……おはよう、カリニャン……!」
まるでぜんぶ、ただの悪い夢だったかのようで。
「……本物、ですか? それともこれはわたしの見ている都合のいい夢?」
「ほんもの、だよ。僕たち生きてるんだよ」
互いに互いをぺたぺた触り、温もりと確かな鼓動を確かめ合う。
この現実が嘘なんかじゃない事を確かめ合う。
「おねぇ、さまっ! おねえさまだぁぁぁぁ……うわああああああん!!!!」
慣れ親しんだ小さな温もりを、大好きなこの香りを、今はただただ胸の中から離したくない。
「ごめんねカリニャン、あの時すごく残酷な事をお願いしちゃって……」
「謝ることなんてないですよぉっ!! ぐすんっ……」
汁まみれの頬擦りをされまくり、コハクの顔もカリニャン汁まみれだ。
けれどもそれは嫌じゃなくて、ただただ最愛の人との再会に心の底から安堵するのであった。
†
「もしかしてここは死後の世界、でしょうか?」
少し落ち着いて、ふとそんな事に思い当たるカリニャン。
「うーん……多分違うんじゃないかな?」
以前にも一度死んだことのあるコハクは、それを否定する。
前回、母に殺されたときの事はよく覚えている。
ぼんやりと、ここまでハッキリと物を考えることなどできなかった。温もりを感じることもできなかった。
だからきっと……根拠はないけれど、これは現実なのだろう。
もし、これが都合のいい夢なのだとしても。
今はただ、2度と訪れることはないと思っていたこの日常が愛おしい。
コンコン
お屋敷の扉をノックする音が聞こえた。
珍しい、来客だ。
『妾じゃー! アイリスじゃ!! コハクにカリニャンや、おるかー?』
「はーい! 今出ますよー!!!」
アイリスに聞けば、何かわかるかもしれない。
カリニャンとコハクはがちゃりと玄関のドアノブをひねった。
†
アイリスも自身が死んだ時のことはよく覚えている。
機械仕掛けの神に敗北し、踏み潰されたのだ。
そして死の間際にカリニャンへと龍脈の力を託した。
「なるほどのう……」
故にアイリスの内より龍脈の力は失われている。
……はずだった。
しかし、甦ったアイリスの内には依然として龍脈の力は残されており、そして同時にカリニャンの内にも龍脈が存在する。嘗て四つに別けて封印していた事はあったが、それとはまた違う。
肉体も魂すらも失われたはずの死者が甦る時点でおかしな話なのに、龍脈が増えるなど実に奇妙である。
「ぴー! あのねのね! あたち見たよ! すごく綺麗な虹色のひかりの中で女の子があたちたちを掬いあげてるとこ!!!」
アイリスが思慮に耽る中、すーちゃんが話の腰を折りそんな事を言い出した。
「虹の光の少女、じゃと?」
「何かわかったんですか?」
「いいや全く」
さしものアイリスも、こればかりはわからないようだ。
「……しかしじゃな、可能性としてありうるのは……ヴォルヴァドスすら歯牙にもかけぬほどの、それこそ神すら人間と等しき高位の存在じゃろうかの? それが気まぐれに手を貸した……じゃろうか」
「気まぐれに……どうしてでしょうか?」
「わからぬ。そもそも妾の想像じゃし何の根拠もないのじゃからな」
アイリスは肩をすくめ、首を横に振った。これ以上考えても、恐らく答えは出ないだろう。
それよりも、プレイヤーであったヒスイやメノウたちは無事だろうか。
「……無事、と信じるしかないだろな」
うつむきつつ唇を噛み、ジンは重苦しくそう呟いた。
これもやはり考えて答えの出る問題ではない。確かめようがないのだから。
ただ、死んだはずのコハクやアイリスなどと同じように向こうの世界でちゃんと生きていてくれている……そう、信じるしかなかった。
「おれはさ、これから一人でこの世界中を巡る旅に出てみるよ。ひょっとしたら、向こうの世界へ渡る手がかりがあるかもしれない」
「そうかの。ならば妾たちもその方法を探してみるとしようかのう」
†
決戦から1週間後。
コハクとカリニャンは、とある山奥の廃墟を訪れていた。
そこはかつては小さな村であった。
しかし家々はまるで竜巻の通ったかのようにめちゃくちゃになぎ倒され、かつて人の住んでいた時代の面影は薄れつつある。
「ここでいいんだよね?」
「はい。ここです、ここがわたしの故郷です」
ここはカリニャンが育った村である。
嘗てランリバーに戯れに滅ぼされ、住民はカリニャンを除き皆殺しにされている。
「お姉さま、手伝ってくれますか?」
「もちろん」
――
獣や魔獣が持ち去ったものもあるかもしれない。そればかりは仕方がない。
けれど、集められるだけ全部集めた。
「お父さん、お母さん、みんな……。〝ただいま〟」
カリニャンは、木で作った簡素な墓標に手を合わせる。
コハクと共に村中の瓦礫をさらい、出てきた骨を集めて埋葬し、小さいながらお墓を作ったのだ。
「わたし姿も変わっちゃったし、なんなら神さまみたいな存在にもなっちゃいました。けれども、お姉さまと出会えてとっても幸せになれましたよ」
「娘さんは……カリニャンは、僕の太陽です。これからの人生、何があったとしてもずっとずっと側に寄り添い守り続けます」
二人は手を繋ぎ、互いに微笑み合った。
病める時も健やかなる時も、世界が終わりを迎える時さえも。2人はいつまでも一緒だろう。
2人は互いに『何者か』になれたのだ。
互いが互いにとっての『太陽』なのだ。
――ひとりぼっちになった獣の少女と、愛に飢えた少年。
本来交わることのなかった2人の物語。
それは今ここにハッピーエンドを迎えたのであった。
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