第48話 君のためなら命さえ
「手助けが必要かと思ったけど、大丈夫そうだね」
空中で真っ黒な姿のプレイヤーと応酬を重ねるカリニャンを横目に、コハクは地面やジンの体を侵食する赤黒いヘドロのようなものを見つめていた。
「うぅ、コハクさん……」
「大丈夫、僕がなんとかする」
――瘴気。呪詛の一種である。
へどろのようにまとわりつき、毒のように生物を蝕む。
その上、回復魔法では消せないという厄介さもある。
実はコハクは瘴気を見るのは初めてではない。
まだコハクがプレイヤーだった頃、魔境には瘴気を使ってくる魔物がいたのだ。
なので、瘴気を浄化できる幻影を知っている。
これが初見だったならば、ジンは間に合わず瘴気に侵され死んでいた可能性もあったかもしれない。
「幻影召喚
――【異竜の焔】」
コハクがふうっと息を吐くと、白くきらめく炎の風となって辺りを吹き抜けた。
白い炎はどす黒い瘴気だけを燃やし、他に燃え移る様子はない。
ジンの傷からも瘴気が消え、回復魔法で癒すだけとなった。
花園を飲み込んでいた瘴気はみるみるうちに消えて行く。
――【異竜の焔】
とある世界で邪竜と呼ばれし者が、愛する者を救うべく編み出した神聖なる魔法。
この白き炎は悪しきものだけを焼く優しき魔法なのだ。
そしてこの炎はやがて、青龍の抱えるアイビーの亡骸にも燃え移った。
【異竜の焔】はあらゆる悪しきものを焼き尽くす。
だが、癒しの力を持っている訳ではない。
瘴気から解放されても花々は茶色く枯れたままであった。
――失われた命までは取り戻せない。
その時コハクは初めてアイビーが死んでいるのだと知った。
「またプレイヤーの、せいで……」
同郷の人間がまた、罪なき人を傷つけた。
コハクは平然を装いつつも、胸の内からずきずきと刺されるような感覚を耐えていた。
――なんとか、しなくちゃ。
「……ありがとう、コハク殿」
瘴気を全て浄化したコハクへ、青龍が初めて口を開いた。
「そして……アイリス様にすまないと伝えてほしい」
「何を……」
突然、青龍はアイビーの亡骸と唇を重ねた。
躯となって時間が経ってしまってはいるが、まだ温もりの残る唇にゆっくりと……。
コハクは青龍の意図を理解した。
――アイビーを蘇生させるつもり、だと。
長い時の中で失われつつあった、青龍の中に宿る〝神の力〟。
生命力を活性化させ、あらゆる命に祝福を与える力。
それをもってしても死者の蘇生は難しい。
だが、全盛とは程遠いながら身に残る〝神の力〟全てを使い果たせば、不可能ではないかもしれない。
青龍は賭けた。
自分の存在が消滅してでも、アイビーを蘇生させられる可能性に。
だが――
足りない。
口づけでアイビーの内に途方もない量の神力を注ぎ込んでも、今の青龍の力では蘇生させる事は不可能であった。
だが
「――【幻影召喚】」
結ぶ手印は『写真』
両手の人差し指と親指で直角を作り、それで長方形を作るような形であった。
呼び出すは、青龍と同じ〝癒し〟の力を持つ魔法少女。
「『可憐に舞い散れ 華やかに』」
その魔法少女は、目を背けてきた。
数多の仲間に感謝されながら、同時に無数の仲間の屍を見続けてきた。
戦えない自分に意義はあるのか。
屍を積み続けた果てにあるものは何なのか。
いっそこれが夢ならば。
これが胡蝶の夢だったなら。
それでも自分の役割を全うするために。
せめて今この瞬間は美しくあるために。
それこそが
己を押し殺し役目を果たした『女帝』の魔法少女――
「おいで――
――――〝箱庭の妖精〟」
枯れ果てたはずの花畑の中心に、1輪の小さな百合の花が咲いていた。
その花に何処からか現れた一匹の蝶がはんなりと留まる。
そしてその刹那、百合を中心に目映い光の柱が立ち上った。
そこに、彼女は立っていた。
アゲハチョウのような色彩のドレスを身に纏い、赤茶の髪は花の冠に彩られ、両腕にはテディベアを抱えている。
そしてその両目は包帯で隠されていた。
目を閉ざし、己の役目だけを果たすために。
「癒してあげて、箱庭の妖精」
せめて、青龍の覚悟を無駄にはしない。
箱庭の妖精はこくりと頷くと、その場で手を組み祈る。
すると彼女を中心に、しおれていた花たちの間から生気に満ちた花たちが顔を覗かせる。
……死んだ花を戻すことはできない。でも、そこに残っていた種や根の欠片から新たに芽吹かせ花を咲かせたのだ。
癒しの祈りの範囲はそれだけに留まらない。
ジンや、青龍とアイビーの身体をも包みこんでいった。
「セイ、さま……?」
目を覚ましたアイビーは、目の前の光景にぱちくりとまばたきするしかなかった。
「アイビー……」
こくりと頷く、アイビーを抱き締める空色の髪の少女。
「人の姿に戻れたのですね!」
嬉しそうなアイビーとは対照的に、青龍の表情は重い。
「……我は、間もなく死ぬ」
「えっ……?」
そう呟く青龍の身体は、薄く透け始めていた。
「終わりましたよお姉さま」
「お疲れ様カリニャン」
ナギサを撃破したカリニャンを労うと、コハクは遠目からアイビーと青龍を見守っていた。
アイビーの蘇生はなんとか成し遂げた。
青龍の神力をほぼ使い果たした上で、コハクの召喚した魔法少女【箱庭の妖精】の力をフルに使って、辛うじてだ。
ただそれは、青龍の命と引き換えであった。
「数百年……縛りつけてしまってすまなかった……」
「そんなことないっ! ワレは……幸せだったもん!! 言葉が通じなくても、セイさまと共にいられた事を辛いと思ったことは1度もない!!」
「そう、か……我は、幸せ者だな……」
青龍の存在がどんどんと希薄になってゆく。
間もなく青龍は消滅してしまうであろう。
「嫌だ嫌だ嫌だ!! ワレを置いていかないでセイさま!!!」
喉が潰れそうになるのも気にせずアイビーは叫び続ける。
「案ずるな、アイビー……少しの間、眠りにつくだけだ……。完全に消える訳ではない。いつの日か我は復活する。それまでの、辛抱だ……」
「ぐすっ……ほん、と?」
「ああ、本当だとも。いつの日か再び語らう時を……楽しみに、待っている、ぞ……」
そうして、青龍は完全に消えてしまった。
雨が降る。
雲もないのに雨が降る。
残されたアイビーは、手の中の蒼い勾玉を握りしめ、静かに雨の中で立ち尽くすのであった。
二人目の魔法少女。ラスボス戦までにあと二人出す予定です。




