陸、迷惑する
バイクが欲しい。つか、二輪免許もまだなんすガネ。
令、陸、バルトの三人は定期的に集まり、情報交換を行う事にしている。場所は専ら陸経営の娼館の一室。それも一番広く豪華な特別室だ。
「ちょっと性質の悪い連中が来るんだよねー。」
股間に顔を埋める娼婦の頭を撫でながら陸が語り始める。
「女の子達に悪さしたり、マナーがなって無かったり。あとやるだけやって難癖付けて金払わなかったりさー。」
「んな奴が居るんですかい?俺らのシマでふてぇ野郎だ。良ければ何人かそちらに張らせますぜ。」
同じく娼婦を跪かせて奉仕を受けているのはバルト。しかもこちらは豪快に三人だ。
「身の程知らずの虫は何処にでも湧くものだ。」
心底呆れた顔で嘆息するのは令。彼の足元に居るのは一人だが、座っているのが娼婦の背中だった。
「う、うぅ…あっ!」
ガクリ!と、令の椅子役が崩れ落ちる。
流石に細身とはいえ、成人男性を長く乗せている事は出来なかったようだ。
「フン、乗り心地は兎も角、耐久性がイマイチだな。」
娼婦の顔を蹴り飛ばし、今度は二人並べて座り直す。蹴られた娼婦は鼻から血を垂らしながらも、ニコニコと微笑みながら去って行った。
通常、こういった会合は余人を入れずに開くものだ。彼らの話し合う内容は法に触れるものも多く、余所に知られればかなり不味い。おしゃぶり…失礼。おしゃべりな娼婦の口から漏れるのは必至である。
だが、彼女らが外で会合の内容を話す心配は皆無である。何故なら令の能力により、この場で聞いた話は部屋を出ると忘れるようになっているからだ。
きっと娼婦達が覚えているのは、男の臭気と舌に残る苦味くらいのものだ。
「それで?話は何だったか…」
「店にクレーマーが来るって話だよー」
「そうだったな。続けろ。」
令に促され陸が口を開く。
「今までも少しはそういう連中が居たんだけど、この所は特に多くてさー。おっかしーなーと思って調べたら、やっぱり裏があったんだよ。」
「裏…ですかい?」
「うん。それが…」
「それが?」
「あ、ちょい待ち。出そう。」
ズルリ!
「だ、旦那…」
ズッコケるバルトを尻目に陸は『話を中断した理由』を娼婦の口に吐き出してから話を再開する。
「ふぅ…スッキリした。で、その裏なんだけど、誰かが意図的にクレーマーを送り込んでるらしいんだ。」
「つまり、商売を妨害していると?」
「そゆことー」
「ふむ…」
令が腕を組み思考に入る。部屋には娼婦の唇が奏でる水音だけが響いていた。
「単純に考えればこちらの商売が上手く行くのが気に入らない人物…商売敵だな。」
「当たりー。犯人は千夜の夢館の店主だねー。」
千夜の夢館とは、陸の店、一夜の甘味亭と人気を二分するライバル店だ。現在は経営の面で陸の店に押されている。理由は陸のテコ入れだ。
娼婦の衣装を一新したり、店の料金システムの明確・細分化等の改善を行った。結果、一夜の甘味亭は順調に業績を伸ばし、今や街一番の娼館と呼ばれている。
「そこの店主が人を雇ってこちらに嫌がらせを仕掛けてるって訳ですね。セコい真似しやがる。今度来たらひっ捕まえて口を割らせましょうぜ。」
「そう簡単にはいくまい。例えそいつらが口を割ったとしても、店主にしらばくれられれば意味がない。」
恐らくクレーマーは金で雇われただけのチンピラだ。捕まえて問い質しても知らぬ存ぜぬで通されるに決まっている。
「面倒臭ぇな。もうレイの旦那の能力で、この店みたいにサクッと乗っ取っちまいましょうぜ。」
「馬鹿め。前回は余裕が無いからやったまでだ。今回はもっと楽しまなければ面白くないだろう?」
次はどんな風に追い詰めてやろうか。
令は幾つものパターンを予想し構想を練る。ロブロの様に自滅せず、精々抗って貰いたいものだ。
令達の悪巧みから数日後、千夜の夢館では一人の女性が頭を悩ませていた。
「ああっ!もう!」
帳簿を睨み付けては腹を立てているのは千夜の夢館の主ルべリア。
「こんなんじゃ、また一味んトコに負けちまうよ!」
『一味』とは唐辛子の事でも集団を指す言葉でもない。一夜の甘味亭、陸経営の娼館の略称だ。
「チックショー!何でこんなに差が付いてんだい!」
ルべリアは獣人の特徴を示す犬耳が生えた頭部を掻きむしる。店の隅では娼婦達が怯えた様子で彼女を見つめていた。
「もっと遣いを増やすかね。」
『遣い』とは陸の店に送り込んだクレーマー達の事だ。ルべリアは街の不良連中に声を掛け、陸の店に嫌がらせを行うよう仕向けていたのだった。
「クソッ!一体どうやったらあんな事を思い付くのかね。」
一夜の甘味亭が急速に客足を伸ばしたのはごく最近の事だ。
男の劣情を煽る衣装の考案。料金システムの明確化や細分化。更には不定期に開催される料金値下げのキャンペーン等々。
敵ながら目から鱗の商売展開だった。
考案した陸にすれば、地球では当たり前の商法を真似ただけなのだが、この世界では画期的なものばかりだ。
目敏いルべリアは直ぐにそれらを取り入れてはいたが、所詮は模倣。敵は直ぐ様新しいアイデアを打ち出してくる。
ジリ貧状態は徐々に両店に差を産み、今では千夜の夢館は街で二番手と囁かれる様になった。
「誰かが入れ知恵してるんだろうね。でなきゃこんなのは有り得ないよ。」
苛立ち気に爪を噛むルべリア。口の悪い客の中には「やはり女に娼館の経営は無理だ」と陰口を叩く者もおり、その事がいっそう彼女のプライドを刺激した。
「アンタ達!遊んでないで客に愛想でも振り撒いてきな!」
半ば八つ当たり気味に娼婦に当たると、ルべリアは再度帳簿に目を向けるのだった。
その日の夜、事件が起きた。娼舘が一番の賑わいをみせる時間、店中に若い男の絶叫が響き渡ったのだ。
「グアアアアアアアァ!!」
「何事だいっ!?」
店の一室、上客に宛がう最も高級な部屋から声は聞こえてきた。
「お前達!退きな!」
たむろする娼婦を掻き分け、大慌てで部屋入ったルべリアが見たのは、胸に短刀を突き立てられた男の姿だった。
「なっ!?し、しっかりしとくれ!旦那!旦那!」
必死に呼び掛けるも男は既に事切れていた。吐いた血が口元から零れ落ち、床を汚す。
ルべリアは男の顔を見て青ざめる。亡くなっていたのは子爵の息子で名をヴィラル。
貴族だった。
安さでマグナか?スタイルでドラスタか?ムムム…悩みは尽きない無い。




