ドS、改革する
交渉屋に待望のお客が訪ねてきたのは、昼を少し回った頃だった。今度はみかじめをせびったりはしない真っ当な客である。
「つまりお嬢さんに言い寄ってくる貴族の子息を諦めさせれば良いのですね?」
「んだぁ。娘にゃ惚れとる男が居ってなぁ。来月にゃあ、そいつの一緒んなる予定ぇなんだっぺ。」
客の依頼はとある貴族の嫡男に、娘を諦めるよう説得して欲しいというものだった。
「ですが、貴族の嫡男が惚れ込む程とは、お嬢さんは相当お綺麗なんですね。」
「んだぁ。村でも評判のめんこいおなごさぁ。村のモンは良い話だから貴族さまぁな、嫁に出せちゅうとるやけんど、おらぁ娘にゃ好いちょる男と一緒んさせてぇんだ。」
「立派ですね。人情より金や権力に重きを置く昨今、デンさんの高潔さには感心します。」
「んだぁ~!照れるっぺよぉ!」
令のお世辞にデンは何度も頷き破顔する。
「それで報酬についてなのですが。」
「ん~おらぁ農夫やでぇてぇした金ぁねんだぁ。代わりにホレ!うちでぇ採れた作物ありったけ持ってけたで!」
傍らに置いた籠から野菜を取り出すデン。
「いやいや、それには及びませんよ。報酬はもっと簡単なもので結構です。」
向き合っていた令の目から光が発し、デンの思考は書き換えられる。
「報酬は娘さんの身体で払って貰いましょう。」
「へぇ?そんな事でえぇんかい?」
娘の貞操を寄越せと言っているにも関わらず、デンが怒り出す様子はない。令によって価値観を変えられているからだ。
「娘さんは結婚を控えてらっしゃるんでしょう?新婚初夜の予行練習にもなりますし、私も楽しめる。良い事尽くめですよ。」
「レイさぁん!あんたぁ良い人だぁ!よっしゃ!好きなだけ娘と交合ってくんろ!」
デンは娘の貞操で報酬が払えるならば安いものだと言う。目出度く交渉は成立。レイはデンと共に村へと赴き、貴族に娘を諦めさせた。その後、報酬として嫁入り前の娘を味わったのだった。
娼館では陸とバルトが下着姿の娼婦らを並べ、品評会を行っていた。
「どうよバルトー。こっちの穴あきと紐のやつ、どちらが良いと思う?」
「俺は下着よりゃ、中身のが大事だと思うですがねぇ。」
陸が頭を悩ませているのは、自らデザインした娼婦用の下着についてだった。採用が決まれば娼婦全員に配布する予定で、現在絞られた候補は二つ。
一つは女の秘部覆う部分だけをくり抜かれた、下着としては全く機能していないが、誘惑力は抜群の下着。もう一つは幅1センチにも満たない紐で、秘部だけをギリギリ隠すフェチズムを意識して作られた下着だ。
「どちらにしても脱がすんだし同じでしょうに。」
「分かってないなーバルトは。」
無粋な部下に肩を竦めてみせる陸。
「良いかい?想像してみー。普段は大人しくて貞淑そうな女が、いざコトに及ぼうとしたら、こぉーんなヤル気満々の下着だったら…どうよ?」
「そ、そりゃぁ…」
「燃えるっしょ?全然表には出さなかったのに、内心はエロい事したくて堪んなかったんだぜー?」
「おおおっ!」
陸の熱心な説得によりバルトが感銘を受ける。まさに目から鱗の心境であった。後ろに控える部下も前屈みになっている。
「リクの旦那ぁ、俺が悪かった!確かに下着は大事だ。」
「フッフッフッ、分かってきたみたいだねー。じゃー決を取るよ。こっちの穴あきが良いと思う人ー!」
ロブロの配下を吸収した事でバルト一味は、その数を数倍に増やした。現在の彼らの序列はこうなる。
令=陸>バルト>バルト部下>>元ロブロ幹部>ロブロ下っ端
バルト一味がロブロ家に取って代わった後、令はバルトに組織の改革を指示していた。
「しかし何でみかじめをこんなに減らすんですかい?貰えるものは貰っちまえば良いじゃねぇですか。」
書斎で令と話し合っていたバルトは、持ち込まれた計画に首をひねる。
「確かに一見すると我々が損をしているように見える。が、みかじめを払っている縄張りの者達はどう思う?」
「そりゃ、払う金が減るんだから喜ぶでしょうよ。」
「そうだ。そしてロブロ一家よりもバルト、お前を支持するだろう。人気というものは存外馬鹿にできないものだ。欲に目がくらみ絞り取り過ぎると、自棄になってお前を闇討ちする者が出てくるかもしれん。女に腰を打ち付けている最中も襲撃に怯えていたいなら構わんがな。」
「げっ!それは勘弁して欲しいですね。」
下半身を露出させ血溜まりに沈む末路は御免である。バルトは令の計画に賛同を示すのだった。
「ですが、みかじめ減らした分の穴はどこで稼ぐんですかい?半分となりゃそれなりに痛いですぜ。」
「心配無い。他に当てがある。」
「お頭!お頭に会いてぇって人が来てますぜ!どうも貴族らしい!」
バルトの部下が報告に顔を出す。
「ククッ、そら来た。金づるのご到着だ。」
令は予想通りの展開に声を低くして笑うのだった。
バルトを訪ねてきた貴族はラダムと言い、男爵の地位を持つ地方領主である。彼はロブロと共謀して禁製品や国からの横領物資の売買を行っていた。所謂ビジネスパートナーだ。今回ロブロが亡くなった事で後を継いだバルトと、再度手を結びに来たのだった。
「お前がロブロの跡継ぎか。」
「え、ええ。」
値踏みするようにバルトを見るラダム。彼には思惑があった。頭に成り立てのバルトの首根っこを今の内に押さえておけば、ロブロの頃よりも良い条件を引き出せるだろうと。だが令には彼の魂胆はお見通しである。更に入室時に令と目を合わせてしまっているラダムは、既に令の術中に嵌っていた。
「用件は分かっているだろう?」
「先代の頃と変わらず、男爵とは上手くやっていきたいですね。」
「うむ、それならば良い。しかし、跡を継いだばかりでは、まだ何かと勝手の分からぬ事も多いだろう。どうだ?慣れるまで物資の輸送はこちらで受け持ってやるぞ?」
物資とは外国から持ち込んだ輸入品や禁製品の事だ。ラダムの領地には港が有り、それらを外国から国内へと持ち込むのが彼の役目。そして後に売りさばくのがロブロ一家の役目だった訳だ。ラダムの提案は、これまでロブロ一家が港から街への輸送を担っていたが、バルトが頭目に成り立てのため、街までの輸送は自分が受け持とうと言っているのだ。
一見すると手間が減り好条件だが、これにはしっかりと裏がある。
「その間は輸送費用分をこちらが貰い、取り分は今までの七:三から八:二となるが、なに心配するな。慣れれば直ぐに元に戻す。」
予想通りだ。如何にも取り分の削減は一時的なものの様な口振りだが、実際は無し崩し的に八:二のままを通す気に違いない。
立場的にも貴族のラダムが上であり、惚けられれば従うしかないのだ。しかもこちらが輸送を担当するようになれば、八:二のまま輸送費用までもが飛んでいく。赤字ではないが、収入はロブロ存命時の三分の二以下である。
「いやいや、ラダム様にそこまでして頂く訳には行きませんぜ。それよりも良い方法が有りますんで聞いて貰えますかい?」
「む?何だ。言ってみろ。」
提案が通らずやや不機嫌そうなラダムだが、バルトは臆さず交渉に打って出る。何せ自分には令という絶対の後ろ盾があるのだ。
「確かに俺は頭になったばかりで、まだ右も左も分からねぇ若輩者ですからね。多分、無用な出費が増えちまうと思うんです。」
「ふん、頭にしては未熟だな。」
「恐縮です。…んで、商いに慣れるまでは予算に余裕を持たせたいんで、取り分はラダム様が二、うちが八でどうでしょう?」
姑息に取り分を掠めとろうとするラダムとは、比べものに成らない暴利を求めるバルト。
「そうだな…貴様が言う通り先代からの引き継ぎにも何かと金が掛かるだろう。良かろう。次の取引からは我らが二。貴様らが八だ。」
ラダムはさも当然なようにバルトの案を受け入れた。取り分の一割を奪おうとしたとは思えない寛容さだ。それもそのはず、入室時にはもう、ラダムは令の催眠を受けていたのだ。
彼が受けた催眠は二つ。
『交渉ではバルトの意見を全て採用する』
『条件がどんなに自分に不利益でも満足なものだと誤認する。』
というものだ。
「話は終わりだ。これからも宜しく頼むぞ。」
「へい。こちらこそ宜しくお願いします。」
交渉が終わるとラダムは満足そうに去っていった。今まで八割得られていた取り分を二割にされたというのに。彼としては、内心してやったりという気分だろう。事実は大損だが。
ラダムが部屋を出て行くのを見送ったバルトは、堪えていた笑い声を解放する。
「あっはっはっは!あの野郎、取り分減らされたってのに喜んで帰りやがった!旦那の能力はホント凄ぇや!」
「ククッ…だが八:二は良かったぞバルト。」
「いやぁ、さすがに十割貰っちまうと向こうが潰れかねねぇですからね。運営してく分くらいはやっておこうと思いましてね。」
「それが正解だ。破綻しては元も子もないからな。これから奴には最低限の収入で私達の為に働いて貰おう。」
取り分の比率についてはバルトのアドリブだった。令からは成るだけ有利な条件を引き出せとだけ言われていたのだ。なので八:二の取り分をそのままひっくり返してやった。
「これで奴からの収入はロブロ一家の頃の二倍以上だな。縄張りからのみかじめを減らした分を差し引いてもお釣りがくる。」
「そうですねぇ。ははっ!ボロ儲けですぜ!」
「フッ、前祝いだ。これから陸の店で祝杯を上げるとしよう。部下達も連れて来い。」
「おっほ!話せるぜ旦那!」
だ、誰か…感想を…グフッ!ゲボバァ!!




