4.流浪の陰陽師と出奔武者
燃える枯葉が舞う中、じりじりと道仁は鬼との距離を詰めてゆく。
鬼は先ほどまで相手をしていた一益より、一回りも小さい道仁を相手に、なぜか異様な圧を感じていた。
『鬼殿。どうされました。かかってこぬのですかな? 』
これまで一益へ向けた笑顔と変わらぬ微笑みで打刀を正眼に構えたまま、鬼へと話しかける道仁。
『えぇい。喧しい。今すぐ喰ってやろうではないか』
鬼は異様に感じる圧を振り払うかのように腕を振り回すと、勢いよく道仁に向かって突進した。
道仁はそんな鬼を正面で捉えたまま変わらず正眼で構えて動かない。
『道仁殿ッ!! 』
それを見ていた一益はたまらず道仁に向かって叫んだが刻すでに遅く、鬼は道仁に向かって跳躍すると叩きつけるように拳を道仁に振り下ろすのが見てとれた。
『カッカッカッ。なんじゃ、なんじゃ。先ほどの武士の方がよっぽど骨が折れたわい』
道仁を叩き潰したことに満足したのか、愉快そうに高笑いする鬼。
『なんぞ面白いことでもありましたかね。鬼殿』
『なにぃッ! 』
先ほど叩き潰したはずの道仁の声が鬼の背中から聞こえ、思わず振り返る。
そこに道仁が立っていることに驚き、鬼は確かに潰したはずと、自らの拳をまじまじと見つめた。そして、拳に貼り付いた懐紙の人形を見つけ、ひらりと剥がすと口から漏れ出る炎で焼き払った。
『人形の紙を操るとは、おぬし、陰陽師か! たしか、蘆屋と名乗ったな。道摩法師の血族かッ』
『これはこれは。近江南部の端とはいえ、鬼殿に知っていただけているとは。道満公も鼻高々でしょう』
鬼に対して暗に、田舎者と煽る道仁。
『蘆屋一族に連なるものを喰ったとなれば、畿内の鬼にも自慢できよう。いずれ京の街でも暴れてくれようぞ、カッカッカッ』
鬼はそう言うと改めて左右の腕で道仁へ掴み掛かった。
『愚かな。所詮、貴殿は田舎の鬼に過ぎず』
道仁はそう小さく呟き、ヒラリと腕を躱わすと打刀を一振り。
『ぐわぁぁぁ。腕がぁぁぁ』
先ほどまで一益が幾度も斬りつけようとも、わずかに赤い筋が残る程度だったものが、道仁は一振りで鬼の両腕を肩から切り落とした。
『貴殿程度の鬼では京に近寄ることもできぬでしょう。』
もはや腕を切り落とされた痛みで、道仁に気を配ることすらできない鬼に近づいた道仁は、刀を一閃。鬼の首がゴトリと地に落ちた。
先ほどまでの闘いなどなかったかのように静かになる森。残ったのは、ところどころで燃え残っている枯葉と鬼の残骸。
『終わったのか……』
道仁の調伏を眺めていた一益は、身体から落ちた後も口から焔が漏れ出ている首を見て呟いた。
『彦九郎殿。終わりました。此奴が今回の騒動の原因でしたね』
道仁は穏やかにそう言うと、鬼の首に手を合わせた。そのまま小さく呪を唱えると、灰となって跡形もなく鬼の亡骸は消えていった。
『彼奴はいったい、なんだったのでしょう。鬼、ということはわかるのですが……もう2度と出てこないのでしょうか。あの宿場町は安全なのでしょうか』
終わったという安心感と共に、一益には今回の面妖な体験に、道仁に対していろいろな疑問が次から次へと浮かんできた。
『なんだったのかと言われると、うーむ……なんだったのでしょうかねぇ。鬼とはどこからきて、何から生まれるのか。正直、それは鬼にもわからぬことなのですよ』
一益の質問に、道仁は頬を掻きながら、困ったような、すまなそうな顔で答える。
『彼らは人の感情を糧に、そして時には血肉を求め人が棲まう場所にも現れる。でも、それはなぜなのか、なにがそうさせるのか。それは誰にもわからないのですよ。さて、長くここにいても冷えますからね。続きは宿に戻りながらにしましょうか』
そう言うと道仁は笑顔を向けて、いまだ心の整理がつかない一益を帰り道へと誘った。
境内と山道を隔てる大きな鳥居をくぐり、2人は一刻ほど前に通った道を帰ってゆく。
『先ほどの問いですが、まず、宿場町はもう安全でしょう。あの鬼はもう2度と出てきませんし、社がしっかり護っていますから』
『ですが、あの鬼は女に誘われて領域に入れたと。誰かが招き入れたということでしょうか』
落ち着いてきた一益は今回の騒動の原因は、鬼というよりそれを呼んだものではないかと思った。
『おそらくですが、招き入れたのではなく、招いてしまったのだと思います。丑の刻参りはとても強い気持ちが必要な儀式です。元々領域内の宿場町を襲いたかったあの鬼は、鬼門を守る社に領域内からやってきた女の負の強い感情に引っ張られたのでしょう。』
道仁は柔和な笑顔を絶やさず、一益が落ち着いて考えられるよう穏やかな口調で説明する。
『招き入れたのではなく、意図せず招いてしまった……』
『その感情を使って入れたはいいが、丑の刻参りが2日で終わってしまったので社を越えて宿場町に向かえるほど、力を蓄えられなかったのでしょう』
『なるほど。それで鬼が自ら続きを執り行うことで成就すればお礼参りに来るはずだと考えたわけだ』
眉間に皺を寄せた一益は、謎が解けて先ほどまで重かった足取りももとに戻り始めた。
『所詮は鬼の代理の祈祷です。私が当初感じた若女将の周りにあった悪い気配も、本物の丑の刻参りとは比べものにならぬ程度でした』
『もし、本物だったなら? 』
一益は恐る恐る道仁へ問うた。
『本物だったならば……私が宿場に着く前には若女将は亡くなっていたでしょうね。呪った本人も何かしらの災いがあったはずです』
道仁は軽い口調でそう言ったが、妖しい眼光の煌めくその物言いに、一益は背筋に冷や汗をかいていた。
**********
山道も登りに比べたら下りは早いもので、あっという間に宿場町の街道まで戻ってきた道仁と一益。
『さて、宿に戻ってこれましたね』
『道仁殿、勝手についてきたにも関わらず、お手間をおかけして申し訳ござらん』
一益は自分の好奇心で着いて行った挙句、声を出さないという約束を守れなかったことを正式に道仁へ謝罪する。
『いえいえ。彦九郎殿の武技がなければ私も苦戦していましたよ』
道仁は思わぬ同行者ではあったが、生身の人で鬼とやり合えるその気概と力量と、自分を犠牲にしても道仁を助けようという義侠心を持つ一益にとても好感を持っていた。
『そう言っていただけると助かる。ところで、道仁殿は東海道を伊勢方面へ向かわれていらっしゃるので? 』
『えぇ。ふらりふらりと気の赴くままに旅をしているもので。』
『なるほど。もし道仁殿がよければ共に旅をしませんか。出奔した身なれば、しばらく世の中を見聞きしようと思っておりまして。その後は尾張に親族が仕官しておりますので、そちらに一度顔を出そうと思っているのですが……』
一益も物腰柔らかく不思議な雰囲気を持つ道仁に興味を抱き、この妖退治を共にしたことで友情のようなものを感じていた。そして、断られても仕方がないと承知で旅の同行を提案したのだった。
『そうですか。では、しばらくお供しましょう。尾張で彦九郎殿が仕官できれば、その時また私はどうするか決めればよろしですので』
気の赴くまま旅をしていた道仁は、たまには人と旅をするのも良いと思ったのか、一益の提案を受けたのだった。
『ありがとうございます。では、明日また』
そう言うと2人はヒラリと2階の窓へ跳ぶとそれぞれの部屋へ戻って行った。
『なかなか良い御仁だな。彦九郎殿は』
部屋に戻った道仁はそう独り言ちた。陰陽師の仕事の関係上、人の負の感情を見聞きすることの多い道仁は、明朗快活で心根の良い一益をいたく気に入ったのであった。
面白かった、続きが読みたいと思われた方は、いいね、評価、ブックマークをお願いします。感想もモチベーションになっております。
いいね、評価ボタンは↓スクロールするとございます。




