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下天を征く〜陰陽師:蘆屋道仁と滝川一益の戦国一代記〜  作者: シャーロック
天文11〜12年(1542-43年) 伊勢・志摩漫遊編
13/34

11.長野家・雲林院家との邂逅

GW毎日更新も最後となりました。

次話以降、書き貯めている分(現状5月末まで)はだいたい2日に1話のペースで12時に更新いたします。


 若い下男に促され広間中央に座すこととなった道仁と一益。しばらく頭を下げると上段中央に座る雲林院中務少輔(植清)から声が掛かった。


 『遅くなってすまぬな。表を上げよ』


 まだ若く力強さを感じる声に、道仁と一益は頭を上げる。中央に座す雲林院植清は年齢が30歳頃のように見え、隣に座る祐基とよく似た目鼻筋の男だった。


 『雲林院中務少輔(植清)である。その方らが慶四郎、長門守が襲われているところを助けたそうだな。まずは礼を申す』


 そういうと当主・植清が軽く頭を下げた。その所作は節々から洗練された気品があり、名門当主として相応しいものである。


 『長門守から聞いたかもしれんが、当家は所領の南北で長年争いをしていてな。此度の関との和睦の使者が斬られたとあっては、反対する家中の者を説得することもできなかっただろう。そうなれば北と南を敵に挟まれる長野、雲林院は些か厳しいはずであった。誠にかたじけない』


 『我々は一介の浪人に過ぎませぬ。此度通りかかったのも偶然のこと。慶四郎様、長門守様の御運も御座いましょう。6人の賊に勇敢に立ち向かわれた御二方に感謝すべきかと。特に長門守様の一刀は見事で御座いました』


 『そうか……長門守。そちには改めて褒美を出す。よく和睦を纏めたな』


 『ははっ! 』


 師忠は少し当主・植清の方へ向き直ると平伏して答えた。


 『長門守から少し聞いたが、滝川殿は甲賀滝川家の出で出奔して旅をしておるそうだな。どうだ、雲林院に仕える気はないか。当家は、平安京より続く名門ぞ。御家の者も納得しよう』


 『誠に有り難き申し出なれど、尾張に親族がおりますれば、それに会わずに仕官するわけにもいかず。それと、せっかく御家を出た身ですのでもう少し旅をしたいと存じます』


 一益は真面目な顔で尾張の話をし、最後は人好きのする笑顔で茶目っ気たっぷりに旅の話をした。


 『断られてしもうたか。これで満足かな? 慶四郎よ』


 雲林院植清は少し苦笑いで息子の祐基を見やった。


 というのも、一益の武者振りを気に入った祐基が昨日の報告の際、父・植清に一益の召し抱えを申し出ていたのだった。


 ただ、野呂師忠が昨夜の酒の席で一益らが尾張を目指していることを知っていたので、おそらく断られるだろうということも植清は承知でこの話を一益にしていた。


 『誠に残念ですが、致し方ありませぬ。しかし、ぜひこの後彦九郎殿と剣の手合わせを願いたい』


 祐基の一益への食いつき振りに植清はやや呆れながらも、一益へ頼むのだった。


 『すまぬな。彦九郎殿。貴殿は、愛洲陰流の使い手だそうだな。一手、愚息と手合わせ願えないかね』


 『某で良ければ喜んで』


 鹿島新富流を間近で見れることもあって、一益は喜んでこの申し出に応じたのだった。


 『蘆屋殿。貴殿は播磨の陰陽師、蘆屋道満公を祖とする陰陽師だそうだな。同じく平安京で活躍された藤原為憲公を祖とする雲林院家当主として会えて大変嬉しく思う。此度の報酬として金子以外にもなにか希望があれば叶えたいが、蘆屋殿はなにか望みはあるか』


 道仁はやや考えたのち、静かに答えた。


 『では、雲林院家の蔵にあるもので古い品を頂きとう御座います。使われていない、古いものでけっこうですので』


 この答えに反応したのは植清の隣に控える白髪の武士であった。


 『妙な物を欲しがるな。使っておらぬような古き品に何かあるのか? 』


 『はっ。古き物には不思議な力が宿ることが御座います。九十九神(つくもがみ)または付喪神(つくもがみ)とも書きますが、長い年月によって物に意志が宿るというものです。本日、この館に案内された際、わずかながら妖気を蔵の方から感じましたので、雲林院家ほどの名家であればこれがあるのではないかと』


 道仁の答えに興味を持ったのはやはり、問いを発した白髪の武士であった。


 『はっはっは。孫を救った者の面を見てから長野に帰ろうかと思ったが、なかなかどうして、本物の陰陽師に会えるとは実に愉快じゃのぉ。隠居して暇しておったのじゃ。蔵の品は其方(そなた)にやる故、その付喪神とやらを儂等にも見せてはくれぬか』


 『父上。雲林院家の蔵の話を勝手に決められては困ります』


 植清は困った顔で白髪の武士に苦言を呈した。この白髪の武士は髪こそ白髪だが、その体躯は30歳前後の植清と負けぬ鍛えられた体躯の老人、長野家前当主・長野宮内大輔(植藤)であった。


 『なにも宝が欲しいという訳ではないのだから、良いだろう。使わなくなったもので良いなら、蘆屋殿にその陰陽道を見せていただく方が余程、貴重よ』


 植清は父、長野植藤にそう言われ、渋々了承したのだった。しばらくすると、道仁と一益を広間に案内した小姓が蔵から幾つかの古い品々を持ってきた。


 琵琶、火鉢、龍笛、笠、手鏡など。どれも年季の入った様子の古びた品々ばかりであった。そして、これらの品を運ぶ小姓の袴の影からさりげなく黒翁が道仁の懐に戻っていった。


 『道仁殿、件の妖気は付喪神で間違いありません。蔵の横にある(うまや)の下男らの話を盗み聞いたところ、夜な夜な蔵から笛の音のような音が聞こえてくると噂のようです』


 『わかりました。ありがとうございます』


 黒翁の報告に小さく道仁が答えた。


 『蔵の中にある最も古い品々は以上で御座います! 』


 小姓は2人を呼びにきた時と同じように幼さの残る高い声でそう言って下がった。


 『して、蘆屋殿。これらの品から1つそなたに譲ろう。はてさて、先ほど仰られた付喪神とやらは()りますかなぁ』


 長野植藤は少年のような笑顔で道仁に尋ねた。雲林院植清はそんな植藤にため息をつき、まだ本物の陰陽師か信用できない疑う目つきで道仁を見た。


 一度頭を下げた道仁は、前方に置かれた品に近づき、一つ一つ手をかざして妖気を確認してゆく。


 全ての確認が終わると、道仁は龍笛の前に座り直し、はっきりと答えた


 『この龍笛を頂きとう御座います』


 『かしこまりました。蔵の目録によれば、その龍笛は200年ほど前に当時の御当主様が京に上った際に求めた後、雲林院家にあるようです』


 小姓から蔵の目録を受け取っていた長門守が皆に聞こえるように、龍笛の目録を読み上げた。


 『なかなか古い品のようだな。ではその笛は蘆屋殿に与えよう。それで、その品は付喪神なのかな? 』


 『はい。付喪の神を現すには陰陽の術が必要にございます。よろしいでしょうか』


 道仁がわざわざ許可を取ったのは、陰陽道が呪詛などにも用いられることもあったため、高貴な者の前での術の行使の際は許可を取ることが、諍いにならぬための作法であったからだ。


 『うむ。良いな、中務少輔(雲林院植清)慶四郎(雲林院祐基)。』


 『『ははっ! 』』


 3人からの許可を貰った道仁は、龍笛を自らの藍染着物の袖で丁寧に磨いてゆく。埃や煤を落とし、ある程度綺麗にしたところで道仁は笛を口元に寄せ小さく呟いた。


 『後日、手入れはしっかり行いますので、少しその音色を聴かせてはくれませぬか』


 そう言った道仁は小さく手元で印を結び、龍笛を床に置いて離れた。


 少し待つと、龍笛は一人でにその場に浮き上がり始めた。驚き、身構える植藤、植藤らだったが、道仁が手を挙げ、害はなく大丈夫だと伝える。


 しばらくすると皆が見つめる龍笛のそばに、朧げに立烏帽子に白い狩衣姿の青年がゆっくりと姿を現す。


 そこに現れた朧げな輪郭の狩衣姿の青年は、(くだん)の龍笛を手に取り、静かに曲を吹き始めた。


 蔵にて長い年月を過ごした寂しく、侘しいような龍笛の想いを表現したような物哀しいような曲であった。


 喨々(りょうりょう)と鳴り響く笛の音に広間の全員が聴き入る。


 一曲が終わり、目を閉じて聴き入っていた全員が目を開けるとすでに先ほどの狩衣姿の青年はなく、床に置かれた古い龍笛が転がるのみであった。


 『おぉぅ。素晴らしき音色であった。斯様(かよう)な品が蔵にずっと置いてあったとは、良いものを聴かせて貰った。約束通り、笛は貴殿に差し上げよう。蘆屋殿、先ほど現れたあれが付喪神であったのですか』


 笛の音に感じ入った長野植藤が道仁に尋ねる。


 『その通りでございます。付喪神も妖の一種ですので、人に仇成(あだな)すものもありますが、此度の龍笛はただ、その音色を再び世に鳴らしたかったもののようですね』


 『そうか。長らく蔵に置いてしまったようじゃからのぉ。今後は蘆屋殿の下でその音色を響かせられるだろう』


 長野植藤は先ほどの演奏を思い出しながら、そう染み染みと呟くのだった。


 こうして道仁が付喪神の笛を手に入れるという褒美もあり、長野植藤同席の雲林院植清、祐基親子との謁見は無事に終わったのだった。

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