§077 記者会見 1/1 (tue)
七夕は旧暦派です。
残念ながら東京は雨です。
「三好、その化粧、気合い入ってるな」
「プロにお願いしましたからね。これで誰も私だとは分かりませんよ!」
三好はそう言って、腰まである日本人形のような髪を揺らした。
「しかし、その暑苦しい髪と伊達眼鏡はやり過ぎじゃないか?」
「先輩、明日から表を歩けなくなるなんて、お断りでしょう?」
変装して出歩くくらいなら、最初から変装してTVに出てれば、普段は普通でいられるという魂胆らしい。
それはまあ、そうかもな。
JDAの会見ルームは、結構な数のマスコミで賑わっていた。
わざわざ人を減らそうと1月1日に設定したのに、オークション関連の情報はそれほどインパクトがあったようだ。みな視聴者ウケする情報を求めて、興味本位でやってきたのだろう。
会見前の説明で、会見するDパワーズが、パーティではなく株式会社であることに驚いて不満を呈した報道機関もあったようだが、それではお帰り頂いても結構ですの一言で黙らせたらしい。
最初から対決めいた姿勢もどうかと思うが、それをうまく捌くために、JDAの鳴瀬さんに仕切りもお願いしてあった。
「じゃ、先輩。そろそろ行ってきます」
「おお、下手なことは喋るなよ?」
「想定問答集にないことを聞かれないよう、祈っておいて下さい」
「あーめん」
「やる気ない祈りっ!」
「ごーめん」
そのころ会場では鳴瀬さんが、会見の開始を告げていた。
「これから、ダンジョンパワーズの設立会見を始めます。私は、司会を担当させていただく、JDAの鳴瀬美晴です」
「会見前にご説明差し上げましたとおり、会社の業務に関連しない質問が出された場合、質問の変更を求めず次の質問者を指名しますので、ご了承下さい」
そこで、三好が入場した。
フラッシュが大量に焚かれ、まるで光で彼女を殴りつけているかのように見えた。
三好が一礼して席に着くと、鳴瀬さんが言った。
「それでは最初の方どうぞ」
「朝明新聞の春川です。発起人の三好さんは、Dパワーズの代表だと言うことですが、オーブをどのようにしてオークションにかけられているのですか?」
「では次の方」
「はっ? 待って下さい! 質問の答えは?!」
「その質問は、会社の業務とは無関係です」
「え?」
「株式会社ダンジョンパワーズの業務に、オーブのオークションは含まれていません」
「では、なにを?」
「先にお配りした資料に目を通されてから質問することをお薦めします。では次の方」
その発言に、プレスの間からも苦笑が漏れた。
「読読新聞の瓜田です。この会社は、ダンジョン攻略のための支援や開発を会社と言うことですが、NPOにされていないのはなぜですか?」
「NPOは作るのが大変そうだったからです」
「え? それだけ?」
「はい」
「主な活動は、ダンジョン内での訓練活動、および、探索者支援ということですが、具体的にはどんな支援を行われる予定でしょう」
「そうですね、例えばスキルオーブの貸与でしょうか」
その瞬間、部屋の喧噪が一気に消えて、会場が静けさに支配された。
「東京TVの簑村です。スキルオーブの貸与、と申されますと、具体的にはどのようなオーブが対象になるのでしょうか」
「そうですね。マイニングとか、いかがでしょう」
「あの鉱物資源取得用の?」
「はい。20層を越えてマイニングドロップを確認してくれるような探索者になら、それを貸与しても良いと考えています」
「しかし、貸与と仰られましても、一度使われたスキルオーブはその人間に定着してしまい、返却するような真似はできませんが」
「そうですね。決められた期間が過ぎれば、それまでダンジョンの攻略を手伝っていただいた報酬として譲渡しますよ」
またもやざわめきが広がる。
「朝明新聞の春川です。それは、御社でダンジョン探索者を雇用して攻略を進めるという意味ですか?」
「弊社はあくまでも探索者の支援を行う会社ですから、探索者を弊社の社員として雇用するわけではありません」
「あくまでも探索者のご要望に応じて、適切な対価でその活動を支援していくつもりです」
「適切な対価?」
「もちろん金銭でも構いませんが、もっとも重要視するのは、強い攻略の意思と実力の提供です」
「それが対価に?」
「攻略を進めるのが目的ですから、それを提供していただくのは充分に対価になるでしょう。それに対して、例えば、攻撃系の魔法スキルを貸与するなどという形で支援したいと思います」
もっとも、それが都合良く見つかればですけどね、と三好は躱したが、彼女が伝説のオークション主催者であることはほぼ周知の事実だったため、その言葉は非常にリアルに響いた。
「新日経済新聞の野中です。そのスキル支援ですが、はやり、御社の訓練活動――ここにはダンジョン・ブートキャンプとありますが――を受けた者を優先すると言うことでしょうか」
野中と名乗った男は、先に配られていた資料を指さしながら言った。
「そうですね。その能力を詳しく知ることができるという意味では、その傾向が強くなるかもしれません」
「朝明TVの桜田です。もしかして、先日話題になっていた斎藤涼子さんは――」
「弊社のプログラム受講者です。もっとも会社設立前ですので、仕事として引き受けたわけではありませんが」
おお、と制作局に近い記者達の声が聞こえた。
このことについては、あらかじめ斎藤さんと口裏を合わせてある。
「ダンジョン・ブートキャンプとは、具体的にどのような活動になるのでしょうか?」
「そうですね。ダンジョン利用における効率的なステータスの取得支援と言い換えても構いません」
なんだって?
科学系の記者から、一斉に声が上がった。
彼らは、ステータスがあるだろうと言われながらも、それは存在すら証明されていない概念だということを知っている者達だった。
「ニヨニヨ動画の美川です。今ステータスと仰られましたが、それはまだ存在すら証明されていないのでは?」
それを聞いた三好は、平然と言った。
「ステータスはありますよ」
それを断定する三好に、美川は、思わず食ってかかった。
「それはあなたの思いこみなどではなく、客観的に証明された事実なのですか?」
「世間の研究はともかく、それがあることは事実です。弊社の開発ではさまざまなイノベーションを予定していますが、その第一弾はステータス計測デバイスです」
「ステータス……計測デバイス?!」
美川は呆然とそう繰り返した。
「はい」
「し、しかし、仮にそんなものがあったとしても、そのデバイスが正しい数値を示していることは、追試が出来なければ誰にも確認できないと思われますが……」
「ステータスは非SI(*1)で、言ってみれば計数量です。なにしろ暫定的に使用している単位がポイントですから。従って、正しい数値といわれましても……もっとも、この数値の妥当性は、二人目が現れたときに明らかになるでしょう」
二人目? 二人目って何だ? と記者席からざわめきが起こる。
「朝明TVの桜田です。二人目と申されますと、何の二人目なんでしょう?」
そこで、三好は鳴瀬さんに目配せした。
「それはJDAの方からご説明いたしましょう」
「彼女――三好梓さんは、知られている限りでは世界で唯一の鑑定スキル保持者です」
鑑定?
鑑定って言ったか?
なんだそれ?
記者席が一斉に騒がしくなり、キーボードを打つ音が一際大きくなった。
「毎朝新聞の津田沼です。それはつまり、あなたが誰かを鑑定すると、そこにステータスが表示されている、という認識でよろしいでしょうか」
「その通りです」
さらに大きなどよめきが上がる。
「新日経済新聞の野中です。鑑定というのは、調べた対象が理解できるスキルだという事でしょうか。例えば絵画や陶器の真贋や、産地擬装なども?」
「スキルの詳細につきましては、会社の業務とは無関係ですので、いずれ公開されるであろうJDAのスキルデータベースをご覧下さい」
それに、このスキルの適用範囲は、私自身にもはっきりとはわかりませんから、と三好が笑いを誘った。
「日ノ本TVの菊和です。では、ダンジョン・ブートキャンプとは、鑑定を利用して作り上げた、任意のステータスを伸ばすことを目的とした訓練プログラム、ということですか?」
「そう受け止めていただいても、間違いではありません」
うそだろう。
スポーツ界に激震が走るぞ。
記者達は思わず口々に感想をこぼした。
その後も次々と、発表された事への可能性に関する質問が長く続き、予定していた時間を2時間もオーバーして会見は終了した。
そうして、その日、後にワイズマンと呼ばれることになる、世界一有名な探索者が誕生した。
*1) 非SI
国際単位系(SI)ではない単位という意味。
以上で、第4章は終了です。
第5章は「株式会社Dパワーズ」です。お楽しみに。




