§048 逃避的探索行 11/27 (tue)
俺は、自称田中に連絡を入れると、JDAで行われた会議の顛末をざっと話して、日本国が権利を放棄したので件のオーブをオークションに掛けたことを報告した。
もらった電話番号が初めて役に立った瞬間だ。
「な、なんてことを……」
「ま、そういうわけなんで、後はよろしくお願いします」
受話器の向こうで、あの田中が慌てている。
俺たちの渡航を有無を言わせず禁止したんだから、これくらいのお返しは許されるだろう。
「ちょ、ちょっと待って下さい。どうしてそんなことになってるんですか?」
「それは先ほど述べた各省庁にお問い合わせ下さい。そうだ、26日以降の各国の入国者も調べた方が良いですよ」
落札後、取引場所までは各国の草刈り場になりますからね、と脅しをかけて通話を終了すると、携帯の電源を切って保管庫に放り込んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
日本時間の11/26。
三好がサイトを公開して、あちこちへネタをばらまくと、世界は素早く反応した。
一般には公開されていないはずの、Dパワーズの事務所の電話は永遠かと思えるほどに鳴り続け、俺たちは電話線を引っこ抜いて対応した。
アイテムやオーブ以外の重要なものは、すべて三好の収納の中だ。
俺たちは、前回ほとんど消耗しなかった装備をそのまま利用して、代々木ダンジョンへと逃げ込んだ。
緊急の連絡方法は、鳴瀬さんだけに教えておいた。
そうして、ダンジョンに降り立った俺たちは、そのまま探索者もモンスターも全てを無視&回避して8層まで最短距離で駆け下りた。生命探知様々だ。
前回の教訓を生かした俺たちは、モロ初心者な装備を隠すため、体に巻き付けるマントを用意していた。
マントって意外と暖かいんだなと、ちゃんと存在していた効用に驚いた。風にはためかせるための小道具だと思ってました。
「先輩。後ろ、何かついてきてませんか?」
背面カメラの映像に、時々ちらちらと人が映り込んでいるらしい。
俺たちは生命探知を利用して、普通と違うルートを進んでいるが、それに寄り添うように進んでくる4つのグループがあるようだった。
それぞれがバラバラで、お互いを認識しているのかどうかさえ分からない動きだが、俺たちの移動にきっちり付いてくるんだから結構な手練れたちなのだろう。
「4グループだな」
「普通に考えて、代々木に集まってきていた、US、CN、GB、とあとはやっぱJPですかね?」
「だけどサイモン達じゃない感じだぞ」
あいつら一桁の集まりだから生命探知から感じるパワーもハンパないのだ。何度か試したから間違いない。
「他もそれほど凄い感じはしないなぁ」
「じゃ、きっと斥候部隊とかですかね。お金と人手があるところはいいですよねぇ」
角を曲がった瞬間、俺は生命探知で追っ手をマークすると、ひょいと三好を抱えて、ステータス任せでスピードを上げた。
「ぐぇ……うう。撒くんですか?」
「まあ、完全には無理だろうけど、尾行を確定させようと思ってな」
後続を振り切って辿り着いた、9層へと降りる階段の周辺は、空堀と土塁で覆われていて、たしかに拠点っぽい仕上がりになっていた。
追っ手は、どうやら俺たちを見失ったようだ。生命探知の範囲から外れていた。
流石に宿屋は無かったが、屋台で食べ物なんかを売っていたりするのは、ちょっとフィクションっぽくて面白かった。
屋台の兄ちゃんの説明によると、2チーム・2日交替制で営業しているのだとか。8層前後まで来られるエクスプローラはそれなりにいて、意外と金になるらしい。
やっぱ、探索者と言えばこれでしょ? と差し出されたのは串焼き肉だ。オークなのか? と聞いたら、実はただの豚らしい。
8層にはオークもいるが、オーク肉のドロップ率はそれほど高くないし、そのまま上に持ち帰ったほうが遥かに利益になるらしかった。
それでも串焼き1本が千円もするのは、やはり場所柄か。おれは三好の分もあわせて千円札2枚で支払いを済ませた。
商業ライセンス以外の探索者同士の取引は、WDAカード同士によるダイレクト支払いか現金だ。
前者はWDAカードに結びついている口座からの自動引き落としだが、10万円以下の取引に限られていて、1回100円の税+手数料が送信側から引き落とされる。
ATM利用料と大差ないから便利と言えば便利なのだが、取引そのものは硝子張りになるからプライバシーはないも同然だ。
なおダンジョン内での取引は、入り口を出た時点で清算されるらしい。オンラインにできないもんな。
「絶対焼き過ぎなんですけど、やっぱ、気分ですかね。意外と美味しい気がします」
そんな失礼なことをいいながら、はむはむと三好が豚串を頬張っていた。
もう午後も結構遅く、おやつの時間を過ぎたあたりだ。
俺たちは、串を返して礼を言うと、そのまま9層へと降りる階段に向かっていった。
8層の屋台の兄ちゃんには、マントの隙間から覗く初心者装備を見られたからか、その装備で降りるわけ? と呆れた顔をされてしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「B08。こちら18。8層へ到達した。送れ」
「こちらB08。目標は今9層へと降りた。送れ」
「B08。うそだろ? いくら何でも早過ぎる。送れ」
「確かだ。初心者装備の男女1組。女の方は、間違いなく三好梓だ。送れ」
串焼きを売っていた男が、屋台から離れた影で、小さなイヤープラグ型のヘッドセットで話をしていた。
「了解。急ぎ追いかける。なお同業が多数混じっている模様。そちらも注意されたし。終わり」
串焼きを売っていた男は、イヤープラグをはずして立ち上がると、ふたりが降りていった階段の方を眺めた。
「うちの斥候チームがまるまる1フロア分も差を付けられるって……一体、あいつら何者なんだ?」
◇◇◇◇◇◇◇◇
9層に降りたところは、ジャングルと言うより極相林だった。しかも日本風だ。ブナのような大きな木がかなりの間隔を空けて伸びていた。
生命探知にいくつかの魔物が引っかかる。猪や熊系だろう。資料によると、フォレストウルフやオーガまで出るらしい。
現在カウントの下2桁は66のはずだ。あと33匹はなんでもかまわない。
夜は忌み嫌われている10層で過ごすのも面白いな、などと考えながら、俺たちは10層へと降りる階段に向かって歩いていった。
途中、三好が鉄球をガンガン飛ばしていろいろ確認していた。MPを使わない分収納庫を利用した攻撃のほうが気軽に使えるようだった。球数もたんまりあるんだろう。
このフロアにはそれなりに人がいる。コロニアルワームさえ避ければ、オーガもキングボアも獲物としては美味しいらしい。もちろんそれらを倒せるのなら、だが。
だから、魔法よりも鉄球のほうが都合が良かった。見た目はスリングっぽいからごまかしやすいのだ。
他の探索者をそっと覗いてみたところ、大体4人~6人くらいのパーティが多いようだった。
前衛が足止めをして、中衛が槍やハンマーで攻撃、後衛がコンポジットボウやクロスボウ、そして銃を用いて闘うのがセオリーのようだ。
「自衛隊は、ブンカーシールドなんかをがっちり並べて、小銃で一斉射撃だって聞きましたよ」
「89式かな?」
「噂によると、豊和工業が19式を持ち込んだとかいう話ですけど」
ダンジョン内で後継機実験……まあ、ありうるか。
初心者装備の俺たちは、できるだけ人目を回避しつつ、10層へと降りる階段までやってきた。
そろそろ日が暮れる時間だった。
比較的まともな拠点が、8層と9層をつなぐ階段の8層側にあるため、探索者が夜を過ごすのは、そのあたりに集中する。つまりここには誰もいなかった。
俺たちは日が暮れる事を気にもせず、10層へと降りていった。
そこは一面に広がる西洋風の墓地だった。
11層へ降りる階段とは反対の方向へ移動して、しばらく行くと、うめき声が聞こえてきた。
そうして、墓のあちこちからゾンビが現れる。
「先輩! 臭いですよ?!」
「え、マジか?」
なんと腐臭がする。
当たり前だと言えば当たり前なのだが、死ねば消えて無くなる癖にどうなってるんだろう。
とりあえずウォーターランスを撃ってみた。周辺に探索者の反応はなく、どうせ誰も見ていない。
頭に当たったものは一撃で倒せたが、不幸にも足にあたったものは、下半身が吹き飛んでも上半身を引きずって向かってきた。
「バイオなハザードかよ!」
道幅はあまり広くなく、道ギリギリまで墓石が林立しているため、ずるずると這ってこられると、対象が見づらく非常に面倒だった。
因みに生命探知には極めて小さな反応しか現れない。言ってみればステルスだ。
集中すればわからなくはないのだが、これはなかなか厄介だ。
「三好、その先にある、丘の上を拠点にしようぜ!」
「了解」
日はもう沈み掛けている。
俺たちは魔法と鉄球をばらまきながら、少し先にある丘の上に駆け上がり、周辺のモンスターを駆逐すると、素早くキャンピングカーを取り出して、中に入ってドアを閉めた。
後部ラダーは取っ払ってあるから、これで一種の要塞だ。タイヤを潰されたところで、俺たちには関係ないしな。
「ふー。100の単位まで、あと3か」
三好が監視モニターを起動する。外はもう暗いが、モニタは割と鮮明だ。
「なんだそれ、赤外線か?」
「可視光増幅です。ゾンビって熱ないですよね? たぶん」
「さあなぁ。わかんないが、見えるならなんでもいいか。ていうか、10層の夜って光源があるのか」
ふと見るとダンジョンのくせに星が瞬いている。ウェアウルフとかがいるとしたら、月もあるのかもしれない。
それに墓地のあちこちには、時々揺らめく松明のような物まであるようだ。謎だ。
「まあまあ先輩。とりあえずご飯にしましょうよ」
時折聞こえるチタンカバーを叩く音を無視して、俺たちは弁当とお茶を取り出して食事を始めた。
今回は、三好が近所のお弁当屋さんに纏めて発注したものを買った。
ちょっと贅沢がこれだと聞いたときには呆れたが、食いしん坊推奨だけあって、なかなか美味い。
そうこうするうち、徐々にカバーを叩く音が減ってきた。
アンデッドが生者の何に反応するのかはわからないが、車中に引っ込んでいると、それほどこちらへ向かってくるものは居ないようだった。
「お?」
少し離れた位置から遠吠えが聞こえたかと思うと、辺りに霧が立ちこめ始め、鎖を引きずるような音が聞こえてきた。
「バーゲスト、だな」
「100mくらい先ですね。上には何も居ませんから大丈夫ですよ」
と三好が天井を指さした。
「あ、先輩。これ、使ってみます?」
そういって三好がごてごてと何かがくっついているヘルメットを渡してきた。
「おま、これ……暗視装置か?」
「AN/PVSー15だそうです。USSOCOM御用達の現行品だそうですよ」
「そういうのって買えるわけ?」
「普通にネットで売ってました」
「はー、凄い時代だな」
俺はざっとガイドを見て、それを身につけると、静かに車の前方へ移動して、本来ならバンクベッドがある場所へと飛び乗った。スカイルーフのあった場所に扉が付けられていて、そこから車の上へと出られるようになっているのだ。
ルーフからそっと頭を出した俺は、慎重に辺りをうかがった。
「おお、すげー、意外とよく見えるんだな、これ」
霧は段々濃くなっていくが、ハウンドオブヘカテの纏っていた闇のような濃さのものとは違っていて、普通の霧のように見えた。
そうして低いうなり声と共に、それが姿を現した。
まだ、お供は呼び出されていないようだった。
俺はその辺のゾンビに向けて、素早くウォーターランスを発射して、2体を倒すと、すぐに全力でバーゲストに向かってウォーターランスを放った。
おれに気がついたバーゲストは、ヘルハウンドを召喚しようとしたが、魔法陣が描かれた瞬間、ウォーターランスに貫かれた。
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スキルオーブ 生命探知 1/ 50,000,000
スキルオーブ 闇魔法(Ⅱ) 1/ 100,000,000
スキルオーブ 闇魔法(Ⅵ) 1/ 280,000,000
スキルオーブ 状態異常耐性(2) 1/ 500,000,000
スキルオーブ 病気耐性(4) 1/ 700,000,000
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俺はその内容を素早く三好に伝えて、当初の予定通り闇魔法(Ⅵ)を取得すると、ルーフから車内に引っ込んだ。
「闇魔法のⅥが召喚だとすると、Ⅱは霧ですかね?」
「わからん。逆かも知れないし。もしも霧だったりしたら、あいつ等がそれを消すのを見たことがないから、死ぬまでパッシブでそれを纏い続けるなんて可能性もある」
「それはイヤですね。じゃ、これは保留っと。状態異常耐性は、毒、麻痺、病気、睡眠、魅了の全耐性らしいですよ。アラビア数値はレベルです」
「そりゃ凄い。2とはいえ将来的には欲しいかもな」
「病気耐性は、状態異常の中の病気専用の耐性でしょうね。でも4は凄そうですね。インフルエンザに罹らなくなるとかですかね?」
「それはそれで、凄いが……まあ、未知のオーブの事をあれこれ考えても仕方ない。鑑定が手に入ればわかるだろ」
そう言って俺は、三好の前に、闇魔法(Ⅵ)を取り出した。
「じゃあ、これも、念のため鑑定を手に入れてから使うか」
「霧を纏う美女になるのも悪くはありませんが、消せなかったりしたら買い物にも行けません」
「店の中が霧で美女美女ってか?」
「先輩、オッサン臭い」
「さーて、カウント稼いでくるかな」
俺はそそくさと、次のオーブカウントのための数を稼ぎに腰を浮かせた。
ルーフの上から顔を覗かせると、次から次へとゾンビとスケルトンの波がやってくる。闇の中、彼らには生者がトーチのように見えているに違いない。
それらをウォーターランスでしとめ、時々出てくるアイテムを収納するだけの簡単なお仕事です。
そのとき俺は調子に乗って油断していた。
MPの回復よりも攻撃するほうが多いため、MPは徐々に減っていく。半分を切りそうなタイミングで、そろそろ打ち切るかと頭を下げた瞬間、後頭部をかすめるように何かが飛んできた。
「うぉっ!」
思わず伏せて周囲を探ると、少し離れた位置に弓を持ったスケルトンが立っていた。
「スケルトンアーチャーなんかいるのかよ!」
資料には、スケルトンとしか書いてなかったが、この調子じゃ、メイジなんかも居るんじゃないだろうな?
俺がウォーターランスで追撃しようとしたそのとき、スケルトンアーチャーの頭がはじけ飛んだ。
「うぇ?」
「先輩、油断してると危ないですよー」
って、三好かよ。一体どうやって……
と考えている間に、次々と、モンスターの頭がはぜていく。どうやらモニタを見ながら鉄球を撃ちだしているようだった。車の中から。
「いや、お前、それは反則だろ」
射出系魔法の発動基点は、基本的に自分の側だ。だから車の中からモニタを見ながら魔法を使うなんてことは出来ない。
だが収納庫利用の鉄球射出は違うようだ。そういや、バスで容量を確認したときに『あれ、出すときは、ある程度、離れていても思った通りの位置に出せるんですね。面白かったです』なんて言ってたっけ。
下二桁も84になったし、後は三好に任せることにして、俺はそそくさと車の中に引っ込むとルーフのドアを閉じた。
「はー、あの矢が当たっていたら、かなりやばかったな」
「ヘルメット、役に立ちましたね」
もしかしたら、VITパワーではじき返せるのかも知れないが、テストをしてみる気にはならなかった。
三好のヤツは人の話に相づちを打ちながら、監視カメラの映像を見て次々とゾンビやスケルトンを打ち倒していた。てか、よくモニタ越しに空間を把握できるもんだな。
「それ、10層で拠点があったらやりたい放題だな」
「でへへへ。誉めてもいいんですよ?」
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ヒールポーション(1)×2
魔結晶:バーゲスト
魔結晶:スケルトン×12
牙:バーゲスト
骨:スケルトン×28
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あんなに倒したにもかかわらず、アイテムのドロップは意外と少なかった。って、ゾンビってなにも落とさないのか?
「三好も、いつまでもシューティングゲームで遊んでないで、いい加減切りの良いところで休めよ」
「分かってますって」
PCから目をそらさず返事をする三好に、俺は、肩をすくめながらシャワールームへと向かった。




