§146 美晴の報酬 2/6 (wed)
その日、課長に報告するためにJDAに立ち寄った美晴は、主任の坂井につかまって、Dカード所持判別用機器の受け取りをお願いされてしまった。
坂井は、大学入試対策委員会を兼任しているとはいえ、ダンジョン管理課の主任が本来の仕事だ。
急遽決まった納品スケジュールだけに、受け渡し時に手が空いていなかったのは仕方のないことだし、本当に用があるのならともかく、上長に向かって意味なく嫌ですとは、さすがの美晴も言えなかったのだ。
「あれ、まてよ? 私って今、課長補佐待遇だよね? もしかして、坂井さんより偉いんじゃ?」
女子社員たちの態度が今までと同じだったから、全然実感はなかったが、彼女は同期の出世頭で結構偉い立場になっていたはずだ。
もっとも、それに気がついたところで何が変わるわけでもなく、手が空いている以上、今の以上に忙しいダンジョン管理課の手伝いをすることに変わりはないのだが。
ともあれ、そうして出向いた受け取り場所に、妹の翠が現れた。
「あら、姉さん。奇遇ね」
「奇遇って、一応私ここの職員なんだけど」
「梓のところの事務所にいる時間の方が長いって話だけど?」
「あっちの方が居心地がいいのは確かね」
なにしろモフモフもいるし、と、美晴は心の中で付け加えた。
そうして、姉妹で軽口をたたきながら、納品された個数を確認していった。
「予定だと、1日90個って聞いていたけど、結構なハイペースね」
「若干1名、凄いやる気になっているスタッフがいるのよ」
「JDAとしては助かるけどね。私大の医学部系は試験が早いから」
「あー、あれってなんでだろうね? 入学金を納めてもらう手段?」
「まさか」
「ほら、私大でも最高難易度の慶応なんか、割と遅めで、20日前後じゃない」
「合格発表は大体25日前後かな」
自分も通ってきた道だけに、大まかなところは美晴も知っていた。
医学部の2次試験はもっと遅いはずだ。
「併願されている大学が、それまでに入学金の締め切りを作るためじゃない?」
入学金については、消費者契約法の施行を受けて、2006年に最高裁判決が出ている。
大まかに言うと、入学をいつ辞退しても入学金は返還されない、年度内に辞退した場合授業料は返還される、ということになっている。
つまり、後から本命に受かっても、支払った入学金は戻ってこないのだ。
「うがちすぎよ」
「そうかな?」
丁度そう言ったところで、納品されたデバイスの数を数え終わる。
「はい。確かに指定個数の納品を確認しました。それで、これからどうするの?」
「ちょっと梓に用事があるから、向こうの事務所によっていくつもり」
「ああ、じゃあ、もしかしたら向こうで会うかもね」
「ええ?」
「何よ、その反応」
妹のあまりのリアクションに、眉間にチョップを食らわせながら文句を言った美晴は、受け取りにサインをすると、これからDパワーズの事務所によると言う妹と別れて、受け取りの報告をするためにダンジョン管理課に向かった。
それにしても、年末の家族会議でDパワーズのSMD(ステータス計測デバイス)の件について翠から聞いてはいたが、その時は半信半疑だった。本来、生産のことを考えるなら、ファブを持っている、もっと大手と契約するものだからだ。
相も変わらずDパワーズのやることはよく分からなかったが、こうしてJDAで顔を合わせることで、本当に翠の会社が生産を行っていることだけは、はっきりした。
「鳴瀬家って、ちょっとDパワーズの利益に噛みすぎじゃないかなぁ……なにか問題になるようなことがなきゃいいけど」
ステークホルダーとして、不法だったり不当だったりする事柄は注意深く避けてきたつもりだったが、Dパワーズと翠との関係が公になったとき、美晴と翠の関係からそれを邪推するものは必ず現れるだろう。
本当に偶然だったわけだが、彼女が専任監になったのは昨年の11/5。Dパワーズが初めて検査に訪れたのは11/7だ。11/5の収入で検査を受けたのだから当たり前だとは言え、偶然を主張するには苦しい日程になっているのだ。
「鳴瀬君!」
その時、JDAの廊下で彼女を呼ぶ声が聞こえ、思考を中断された美晴は足を止めて振り返った。
「吉田課長?」
彼女を呼び止めたのは、振興課の吉田課長だった。
「どうされました?」
「鳴瀬君は、Dパワーズの専任管理監だよな。昨日雨宮が、事務所へ行ったんだが……君、何か彼らに言ったのか?」
「何か?」
雨宮さんって、振興課の後家殺しだとかレディキラーだとか言われている人だっけ。寄付の受付数は振興課随一だとか。
彼が引っ張り出されるなんて、三好さん対策? だとしたら、とんだ方向違いね。
「何かじゃないよ、独自基金のデメリットを説いたら、『そんなに大変なんですか? じゃあ、基金は諦めます』なんて、言い出したそうじゃないか」
美晴は、三好の態度を想像して、思わず吹き出しかけたが、ぐっとこらえて困ったような顔を作った。
「そう申されましても」
「こっちは、助成先の選定まで行っていたんだ。助成が行えなということになると、いろいろと不都合が――」
「三好さんたちは、自分たちで助成先を選定することが重要だと考えられていたようですから」
「――自分たちで? 専門の知識もないのにか?」
「専門の知識があるかどうかは伺っていませんが、無くても専門家を雇われるんじゃないでしょうか」
「わざわざ? なら、うちでやっても構わんだろう」
「それは、私に言われましても」
「とにかく、昨日雨宮が戻ってきてから、あわてて何度か連絡しているんだが、電話は通じないし、メールも返事がないらしいんだ」
美晴は、あの会社の電話線って、まだ抜かれたままだったのかと内心呆れたが、三好本人が、何処とも取引していないし、新規の話を受けるのはいかんせん人が足りなくて、と言っていたのを思い出していた。
「失礼ですが、それは株式会社Dパワーズの代表アドレスへメールされたんですか?」
「ん? 詳しくは知らないが、おそらくそうだろう」
美晴は、株式会社Dパワーズの代表アドレスには、ものすごい数のメールが届いているから、確認に非常に時間がかかるということを婉曲的に伝えた。
まさか、知らないアドレスから届いたメールはすべてspam扱いしているとは言えないからだ。
「なんだ……と?」
「例の入試問題で、1日に何千通もメールが届いてパンクしたそうです。そういうわけで、連絡がないと言うことは、まだ確認されていないのではないかと思います」
「何て非常識なやつらだ。JDAからの連絡くらい優先的に振り分けるべきだろう。なら、君からやつらに伝えてくれないか」
「何をでしょう? 振興課の用件でしょうか?」
「そうだ、基金への拠出に関して――」
「申し訳ありませんが、振興課の課長から、ダンジョン管理課の私が直接業務命令を承るというのは問題があります」
「なんだと?」
「お手数ですが、うちの課を通していただければ」
美晴は、ダンジョン管理課の管理監であって、Dパワーズの秘書ではないのだ。やっていることはあまり変わらない気もするが。
しかしそれを聞いた吉田は憤慨して言った。
「君、ちょっと成績が上がって手当てが増えるからって、天狗になってるんじゃないのか?」
「え? 仰られている意味がよく分かりませんが」
「もういい。これからダンジョン管理課に戻るのか?」
「はい」
「では、斎賀くんに連絡してくれと伝えておいてくれ。それくらいのお使いは出来るだろう?」
「承知しました」
用事があるんなら、斎賀課長に内線で直接連絡すればいいのに、と思いながら、彼女は、足音高く引き返していく吉田課長を見送った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「――と、いうわけなんですが」
「そりゃ、災難だったな」
そう言って笑った斎賀は、美晴に顔を近づけると、囁くように言った。
「で、連中、何をどうするって?」
「え?」
振興課から営業マンがやってきて、独自基金設立のデメリットを説明したとたんに、そんなに面倒なら基金をやめます?
NPO等の設立にかかわるメリットやデメリットを、連中が調べてないわけないだろう。
「わざとらしく、斜め上の結論に落とし込んだからには、何かやる気なんだろう。で、なんだって?」
「え?」
「聞いてるんだろ。でなきゃ鳴瀬が、ただ連絡して欲しいなんて要求を、職務の枠を盾にとって断るはずがない」
そう断言されて、美晴はやむを得ず先日聞いた基金の取り扱いについての話をした。吉田課長に、斎賀課長の鋭さがなくて助かったと思いながら。
もし絡まれていたら、説得してこいと言われかねない。
「とにかく、自分たちが投資先を決められないシステムはNGってことか」
「そのようです。基金にする利点は寄付者の控除にしかありませんし、元々Dパワーズさんの得たお金を社会に還元することが目的で、寄付を募るつもりはないそうですから、最終的には、会社の投資事業にするつもりのようでした」
美晴は、さすがに、それを自分が提案したということは黙っておいた。
「窓際で変なことを研究している人とか、大学や個人でも面白い発想がある人に、幅広く助成なり投資なりしたいと仰ってましたね」
「つまり、『面白そうだから』か?」
斎賀がおかしそうにそう言った。
「まあ、そういうことです」
「俺も段々、あいつらのことが分かってきたよ」
「それは……何と言っていいのか」
美晴は思わず言葉を濁した。斎賀はそれに頷いて言った。
「連中の思想は、社会人にとって劇薬だからな」
彼女たちの生き方は、ある種の人間に強烈な憧れを抱かせるが、大抵はそれに続く破滅がセットになっている。
「リタイヤして牧場の経営がしたい。本物の人間の生活を送るんだ。とかですか?」
「アメリカで成功した中年なら、そういう想いにかられてもおかしくはないな」
「つまり――」
そういうと、斎賀は足で地面を蹴って、くるーんと椅子を1回転させた。
本人はどう思っているか知らないが、こういうところが結構子供っぽくて、Dパワーズの素質が充分ありそうだなと美晴は思った。
「――基金の設立なんて話は、すでにどこにもなくなってるんだな」
「提出したのはあくまでも案ですし、JDAが勝手に誤解することまで責任は持てないそうです」
「まあ、そりゃそうだろうな。しかも、金だけ出させて利権はJDAで握ろうって話にねじ曲げたんだ。へそを曲げられても仕方がない。だけどな――」
「なんです?」
「――このまま知らん顔をしたら、まるでダンジョン管理課が振興課の邪魔をして基金を潰したみたいに思われるぞ」
「そんな馬鹿な……」
斎賀は困ったような顔をして、腕を組んでいった。
「営業部とダンジョン管理部による、会長選挙の代理戦争みたいな見方に持ち込みたいやつが、結構いてなぁ……」
「バカですか、その人たち?!」
「いや、お前。仮にも女の子が、そのセリフはないだろ」
「課長、それってセクハラですよ。それに、うちは下町ですからこれでいいんです」
会社の上司が部下を女の子扱いするとセクハラになるなんて、どこのどいつが考えたんだ。
「助成先の選定が行われてるから、後には引けないみたいな話になっているんだとしたら、当然相手先にも話が行っているはずだ。問題はそこで何を言ったか、なんだよな」
振興課の助成予算は、そう潤沢なわけではない。
つまり、助成待ちの事業が、ずらっと列をなしているわけだ。そんなところへ、助成が確実みたいな話を持ち込んでプロジェクトがスタートしたりしたら、それはそれで大問題だ。
もしも、それと引き換えに、何かを得ていたりしたら、なおさらだ。
いまさら、なくなりました、なんて話を振興課が受け入れるかどうか……
吉田課長は、外堀を埋めてしまえばどうにでもなると考えている節があるが、あいつらは城の中に籠もってなんかいないのだ。
「何か土産がいるかもなぁ……」
「はあ」
どう考えても振興課の勇み足だが、それでも同じ組織の一員だ。フォローできるなら、それに越したことはない。
「で、鳴瀬君へのお願いだが」
「ええ?」
斎賀が鳴瀬君と呼ぶときは、ろくな話ではないときだ。もちろん故意にそう言っているのだろうが。
美晴はちょっと身構えた。
「Dパワーズ関連で、なにか画期的な発表とかないかな? 営業部に利益のある形で」
「画期的ですか?」
実は、ある。
というか、ありすぎて困るくらいだ。
SMDの発売日を発表しても良いし、スライム対策も出願準備が終わっているようだ。それに、ホイポイの協力も一応は取り付けた。
どれを発表したとしても、大騒ぎになることは間違いなかった。
しかし、どれもダンジョン管理課には利益になるだろうが、営業部の利益になるかどうかはわからない。それに、発表して良いかどうかは、美晴が判断するようなことではない。ここで勝手に決めることは、吉田課長のやっていることと大差ないからだ。
「あそこはいつでもびっくり箱みたいなものですから、それなりにいろいろとあることはあります」
「ま、そうだろうな。しかし、その情報を勝手に公開するわけにはいかんよな」
「それに、営業部の利益というところが難しすぎます」
「やはり、うちか?」
「ですね」
「これ以上、向こうを逆なでにするのはなぁ……とりあえずDパワーズの確認をとって出せる情報だけでもいいから報告してくれ。後は、こちらで調整して提案するから」
「分かりました」
美晴の立場ではそう言うしかなかった。
「はぁ……大人しく後援をやっときゃ、こっちにも利益があったのになぁ」
そうすれば、全部は無理だとしても、こちらから助成事業を紹介することだって、できたのだ。
「もっともそうしたら、鳴瀬の手当もまた跳ね上がるか」
それを聞いて、美晴はさっきのやりとりを思い出した。
「そう言えば、さっき吉田課長に嫌みを言われたんですが」
そう聞いて、斎賀は、思わず眉をひそめた。
鳴瀬がなにかを告げ口しようとすることなんて、ほとんど記憶になかったからだ。彼は、話の行き先が分からなかったので、黙ってその先を促した。
「ちょっと手当てが増えるからって、天狗になってるんじゃないのかって。いったい何の話でしょうか?」
確かに11月から課長補佐待遇になったおかげで、一応同期の出世頭になったらしい。手取りの額もそれなりに増えていたし、その中に何かの専属手当みたいなものが含まれていたのだろうか。
美晴には心当たりがなかったが、今度ちゃんと明細を確認しようと心に留めておいた。
それを聞いた斎賀は、妙な顔をして言った。
「お前、もしかして、専任管理監の給与体系を知らんのか?」
「へ? 普通に給与じゃないんですか? 11月分から手取りも結構増えてたみたいでしたけど」
「それはそうだが、賞与部分が普通と違うんだ……じゃあ、冬のボーナスも確認してないのか?」
「確かその時期は、異界言語理解の大騒ぎの真っ最中で、もうぜんっぜん余裕なんかありませんでしたけど、さすがに口座くらいは見てますよ」
「少なくなかったか?」
「そうでしたっけ? よくわかりません」
12月のボーナスは、さすがに昇進から1ヶ月だから、従来と大差なかったように思えた。
「お前は、11月5日付けで専任管理監になっているから、12月のボーナスは、そこまでの計算で算出されていたはずだ。つまり他の者より1ヶ月以上算定ベースが短かかったわけだ」
「はぁ」
「でな、専任管理監の賞与は基本的に歩合なんだよ。ちなみにJDAの場合は年度で〆て、4月払いだ」
「歩合?」
「まあ、専任がつくようなパーティはほとんど無いから、知らなくても仕方がないか。いいか? 専任管理監の賞与は、そのパーティがDAにもたらした収益の1.6%だ」
「いってんろくぱーせんと?」
「WDA規定なんだ。専任がつくようなパーティは、大抵100万ドル前後の収益をDAに与えているパーティだ。1万ドル6千ドル前後がボーナスというのは妥当な線だろ?」
DAに100万ドルの収益をアイテム売買だけでまかなうためには、1000万ドル分のアイテムを売却するということだ。
デパートの外商よろしく、担当が付いても何もおかしなところはない。
「か、課長……まさか……」
「そうだ。お前が担当しているパーティは、異界原語理解の手数料だけで416億ほどの収益をJDAに計上している」
「え……」
「因みに、今年度のDパワーズがダンジョン管理課に与えた収益は――」
斎賀は手元のPCで何かを呼びだした。
「たった3ヶ月で、452億1686万だとさ。お前の歩合は、大体7億2300万だな。生涯年収どころじゃないな、こりゃ」
「ええ?!」
「もっとも給与所得者じゃ最高税率は免れないし、職員としての給与だから、法人にするって訳にもいかないぞ。そこはご愁傷様ってところだな」
「こ、困ります!」
「そうは言っても、税制ばっかりはどうにもならんだろ。年度末締めの4月払いってのは、翌年の確定申告のための猶予期間を取った、まあ一種の温情みたいなものだろう。せいぜい節税に励みなさいって言う」
「違いますよ! 困るのはそこじゃなくて――」
「なんだ?」
「――だ、だって、たまたま専任になっただけで、それほど大したことはしてないのにこんな収入になっちゃったら、やっかみで会社に居辛くなりませんか?!」
「いや、普通は、他人の給料なんか分からないだろ。……だが、WDA規定はオープンだし、あいつらは余りにも有名だからなぁ」
「課長ぉ~」
「しかしこれはWDAの規定だから、どうにもならん。宝くじにあたったことを素直に喜んでおけよ。それに鳴瀬は専任管理監に相応しい仕事をしてるだろ。異界言語理解だって、他の誰があいつらに協力させられるって言うんだ。すくなくとも俺には無理だな」
そう言って斎賀は肩をすくめて見せた。
「かちょぉ」
そしていい笑顔を浮かべていった。
「だから、ホイポイの件はよろしくな」
「……感動して損しました」
とは言え、一応言質は取ってある。
「それに関しては、まずどのような形で協力して、何を持っていきたいのかを教えて欲しいそうです」
「お、さすがは鳴瀬君! もう協力を取り付けてたのか」
「課長、おだててもだめですよ。一応検討するために予定を知りたいそうです。それ次第ですよ。何しろ往復に4日かかりますから」
「それでも、可能性があるってところが重要なのさ。確かにお前は仕事をしてるぞ。胸を張って貰っておけ」
「みんなに虐められそうで不安なんですけど」
冗談めかしてそう言ったが、心の中では結構本気だった。
とは言え、今のところそんな感じはしなかった。ほんの数時間前と比べて変わったところは、自分がそのことを知ったという、ただそれだけなのだ。
「多少は噂に上ると思うが、そんなに酷いやつはうちの課にはいないと思うがなぁ」
「課長、会社には他の課も沢山あるんですから」
「まあ、そりゃそうか。その場にいないやつはどうしたって、悪者にされやすいからな」
「ですよね……」
自宅勤務が普及しない理由のひとつでもある。
ただ一緒にいると言うことが、人間の行動や精神に与える影響は馬鹿にならない。
「とは言え、異界言語理解の話が出たのは12月で、今はすでに2月だぞ? いままで何もなかったんだとしたら、杞憂だと思うがな」
「それはそうですけど……」
知ると言うことが精神に与える影響はとても大きい。
何の問題もなく同じ生活をしていても、誰かが自分の悪口を言っていると知っただけで、世界は激変するものだ。
美晴は心配しても意味のないことには拘泥しない主義だったが、さすがにすぐに気持ちは切り替わらない。
なるべく普通でいよう。そう心に決めること自体が普通ではないのだが、今のところはそうするしかなかった。
「ああ、そうだ。それと、件のDNA解析をやった農研機構からの依頼があるそうで、商務課から連絡があったぞ」
「それが?」
「話の経緯的にも、内容的にも、Dパワーズに振るのがよさそうだからな。ついでに向こうの希望とも一致する。詳細は、後で商務課によって聞いてくれ」
「分かりました」
美晴は、商務課によってから事務所に顔を出して、いましがた話題になった利用してもいい情報の相談と、商務課の依頼について三好に話そうと、席を立った。
「そうだ、課長」
「なんだ?」
去り際に、美晴は斎賀にお願いをした。
「課長のコネで、個人の節税に積極的な税理士を紹介してください」
JDAと契約している税理士や社会保険労務士は知っているが、税理士の中には個人の節税に積極的でない人も割といる。
誰がそうなのかは、調べてみないと分からないが、上司が知っているなら紹介して貰った方が楽だ。それに斎賀は――
「……わかった。調べておく」
――意外と面倒見がいいのだ。
縦書きで読みたいという要望を結構いただきましたので、縦書きレイアウト向けに修正した版をカクヨムで初めてみました(あちらには縦読みのレイアウトがあるので)まだ1章ですが、ぼちぼち読み直しつつ更新する予定ですので、縦読みされたい方はご利用くださいませ。




