§124 それさえもおそらくは平穏な日々! 1/29 (tue)
本章終了予定だったんですが、あまりに長すぎたので分割しました。
あと1話で本章終了。たぶん。
「ごめーん」
電話の向こうから、全然悪びてなさそうな弾んだ声が聞こえてきた。
「勘弁してよ、斎藤さん」
「いや、言っとくけど、今回のは、私、不可抗力だからね?」
彼女の話によると、映画の撮影で寄った光が丘の大会で、昼休みを利用して監督が矢を射ている画も欲しいからと、余興とばかりに70mラウンドをやらされたのだそうだ。
「師匠にもらったのは、コンパウンドボウじゃん? 使ったことがないベアボウとか持ってこられて大変だったんだから」
もらったってか、君が勝手にジャイアンしたんだけどね。
「それで、なんだか凄い記録を出したんだって?」
「いや、だって、止まってる的だよ? ウルフやゴブリンに比べたらチョロイって。はるちゃんだって出来るよ、絶対」
「いや、斎藤さん。それ選手の前で言っちゃだめだよ」
「わかってるって。あ……」
スマホの向こうから不穏な言葉が聞こえてきた。
「待て、『あ』ってなに? 『あ』って」
「てへっ。会場で凄いって言われたとき、ダンジョンの中にはこれくらい出来る人、他にもいますよって言っちゃった」
「あー……」
「だってウソじゃないもん。はるちゃん私より上手いじゃん」
DEXが超人級だからなぁ……斎藤さんだって、アーチェリーの世界チャンピオンのおそらく倍はあるはずだ。何しろジョシュアに負けるとは言え、サイモンよりも高DEXなのだ。普通の人類に対抗できるはずがない。
彼女に悪気がないのは確かだ。言ってみればただ素直なだけってのは、わかる。星の巡りが悪いってだけで。
「そのくらいなら大丈夫だと思うけど……でさ、あの師匠云々ってのはなんなの」
「いや、だってさー、急にオリンピック強化指定選手とかだよ? みんなの手前、どっかで特訓でもしたことにしないと格好つかないでしょ?」
それまで、弓が使えるなんて言っても、有名人の少し変わった趣味くらいに捉えられていたのが、実はオリンピック級の腕前でした、なんてことになったあげく、練習なんてしたことないですよとは確かに言いづらい。
というか、世間が納得しないだろう。
「それにしたって、オフの時にどっかの練習場で、みたいな話でもよくない?」
「そんなの3秒でバレるって。まだそんなに詳しくないけど、この世界、すんごい狭そうなんだから」
確かに日本のアーチェリー業界は、練習場やプレイヤーの数的にも大きいとは思えない。
田舎の村落と同じで、よそ者は一発で見抜かれるのだ。
「ぬう」
「それに、師匠のところで特訓したって話は、一応みんな知ってるし、本当じゃない?」
スライム叩いてただけだけどな。
「あとさー。大問題なのがね……」
「なに?」
まだ何かあるのか?
「みんな、私が去年の10月まではダンジョンなんか潜ってなかったってことを知ってるし、弓なんか触ったこともなかったってことは、調べれば分かるんだよねぇ」
Dカードの取得時期は通常分からないだろうが、WDAライセンスの取得時期は明確に記録されている。
それに学校の同級生あたりに聞けば、そういう趣味があったかどうかなんて一目瞭然だ。なにしろ大がかりな道具を使うスポーツは隠すのが難しい。
しかも、ほぼ100%が狩りをしない日本のアーチェリー環境では、各地の協会に所属していないプレイヤーなんかいないのだ。
つまり彼女は、最長で去年の10月からアーチェリーを始めて、僅か3ヶ月ほどでオリンピック強化指定選手扱いされているということは、調べればすぐにわかるってわけだ。
「その原因が、ダンジョンでの特訓以外考えられると思う?」
「ぐぬぬ」
「一応お正月の時打ち合わせしたとおり、ブートキャンプの前身っぽいのでウルフ相手に特訓したって事にしてあるから」
「してあるからってね。……で、どうすんの? 強化指定選手、受けるわけ?」
「しばらくは撮影があるから無理だと思うんだけど、事務所が乗り気になっちゃっててさ」
「ふーん」
まあ、今をときめく新人女優ってことは、イコール可愛いわけだ。そして実力はオリンピック強化選手級。
そりゃ芸能事務所側にも、アーチェリー連盟側にも利点はあるだろう。
「私、公認の記録とか全然持ってないから、3月に内々の選考会みたいなのをやって、それをクリアしたら、4月にコロンビアだって」
「コロンビア?」
「世界選手権代表選手の最終選考会を兼ねた大会がメデジンであるんだって」
「え、それって他の仕事、大丈夫なの?」
「その頃には大体終わってると思うんだけどねー。何かみんなが調整に走り回ってて、悪いことしてる気分だよ」
「まあ、腰を低くしておけば?」
「そしたらまた、あいつは人をバカにしてるって言い出す方がいらっしゃるわけよー。あー、めんどい世界だねぇ」
「なに? 斎藤さんとしては乗り気じゃないわけ?」
「まだ選考がそれほど進んでなかったとはいえ、ぽっと出が、一所懸命頑張ってる選手に割り込むってのもどうかと思って。そりゃ、やれって言われればやりますけど」
「ミュージシャンが適当に自伝っぽい本を書いたら、芥川賞にノミネートされちゃったみたいな?」
「そうそう。それに、そういう色がついちゃうと、どこに言ってもそればっかりやらされそうで、ヤなんだよね」
それはそうだろう。野球で有名になったからって、何処に行ってもスイングばっかさせられるタレントは、しばらくなら我慢も出来るだろうけど、やっぱりちょっと辛いんじゃないかと思う。勝手な想像だけど。
「番組に呼ばれて、広くもないスタジオで矢を射させられて見せ物にされたあげくに、はいサヨウナラなんて、勘弁して欲しいよね、ホント。リハで誤射してやろうかな」
こいつの性格はものすごくこの仕事に向いてると思うけど、口の悪さは全っ然向いてないよな。
ほんと、こっちの方が心配だよ。
「それでさ、師匠」
「なんだよ」
「指定強化選手のお祝いに、リカーブボウ頂戴!」
「あのな」
「ほらほら、Dパワーズの広告つけるから」
そういうのって普通メーカーが提供するんじゃないのか?
ああ、これって斎藤さん流の恩返しのつもりなのか。そう気がついて、俺は思わず苦笑した。
「斎藤さん。オリンピックはアマチュアの祭典だよ」
「あり? 広告入りのユニフォームとかダメだった?」
「ダメダメ。今だと去年出たオリンピック憲章の規則50で、もう超ガチガチに決められてるから。メーカーのロゴだって数と大きさがきまってるんだよ」
オリンピック憲章って、大会は4年に1回しかないのに、ほとんど毎年改訂されてるんだよな。暇なのかな。
「だけど公式スポンサーとかいるじゃない?」
「あれは、宣伝にオリンピックのロゴとかが使えますよってだけだから」
「へー。めんどくさいんだね」
「まあ、弓はプレゼントするよ。乗りかかった船だし」
「んー、流石師匠! はるちゃんが帰ってきたら、一度顔を出すから!」
「御劔さん、いないの?」
「今NYだよ」
「NY? なんで?」
「なんでって、来月の7日からNYで2019秋冬のファッションウィークだから」
「ファッションウィーク? いや、だからなんでそんなことになってんの? どっかの専属だったよね?」
「いやー、それがさ」
なんでもレッスンを見ていた先生が、何をとち狂ったのか、お前ちょっと箔を付けてこいって、コネでどっかのブランドに送り出したんだとか。
「いやだって、御劔さんじゃ身長が足りないだろ?」
ああいうコレクションに出るモデルは大抵が170cm台後半で、180cmも珍しくない。
「最近は質が変わってて、そうでもないんだってさ。まあさすがに171cmは低いんだけど、女優なんかから引っ張ってきたりするから、173cmくらいの人は結構いるみたいだよ」
「質が変わってる?」
「そう。ポリコレだの痩せすぎ非難だのの悪影響っぽいよ」
「あー」
そりゃそういう選び方をすれば、選ばなきゃいけないプロパティがモデルと関係ないところまで広がって、結果として質が変わったと言われても仕方がないのかもなぁ……
「ジゼル・ブンチェンが最後のスーパーモデルなんて言う人もいるし」
「まあ、いい経験にはなるだろうし、めでたいことか」
「んだんだ。がんばれってメールしてやって」
「了解。で、いつ戻ってくるって?」
「全部回ってきたとしたら、ロンドンが15日~19日、ミラノが19日~25日、でもって、パリが25日~3月5日。だから、そんくらいじゃない? スポットならもっと早いと思うけど」
「はー、すげーな」
「だよねぇ」
いや、斎藤さんも充分凄いから。調子に乗るから言わないけど。
「じゃ、またその頃」
「了解でーす。ボウは買わずに待ってるから」
「はいはい」
電話を切ると、三代さんが話しかけてきた。
「芳村さん、ファッションウィークに出るような人と知り合いなんですか?」
興味津々と言った様子だ。そういや彼女、ミーハーだった!
「あれ? 三代さん会ったことなかったっけ?」
「あー、かもしれませんね。三代さんと契約したの今年からですし。御劔さんと最後にあったのは、年末でしょう?」
小麦さんにお茶を渡して戻ってきた三好が、そう言った。
「御劔さん? って誰なんです?」
三代さん目が好奇心に輝いているぞ。凄く楽しそうだ。弟君を抱えて真摯にしていたあの姿は何処へ行った?
「先輩の彼女さん候補1号ですよ」
「えええええ?!」
「いや、お前ら、ちょっと待て」
「しかも候補2号は、インドの大富豪の娘で、ボリウッド女優顔負けの美人さんですし」
「はああああ?!」
「あのな……」
「一体、芳村さんのどこにそんな魅力が……あ、すごくいい人なのは知ってますけど」
いや、それフォローになってないからね。
三好はそれを聞いて、シシシシとどっかの犬張りの笑いを見せているし、どうしろって言うの、これ。
「候補3号は、斎藤さんかなぁ。女優さんですよ。あ、もしかしたら鳴瀬さんかもしれませんけど」
「いい加減にしろ」
「あたっ」
「え? Dパワーズ関連で、女優の斎藤さんって、斎藤涼子さんですか?」
「知ってるの?」
「知ってますよ! もうネットで大騒ぎじゃないですか。女神様とか言われてますよ」
「ぶふっ! なんだそれ。もっと早く教えてくれればネタにしたのに」
どうやら、ダンジョンでゴブリンやウルフを射て腕を磨いた弓の名手ってところが、アルテミスと呼ばれるようになった原因らしい。
彼女は森で野生の獣を射て練習したと言われているのだ。
「え、今の電話の斎藤さんって……」
「ご本人ですよ」
「ええー?! 芳村さんって、すごかったんですねぇ」
「いや、知り合いが凄いからって、俺が凄いわけじゃないからね。どこの狐さんだよ、それ」
三好がガオーと、トラの真似をした。
そういやこいつも、ワイズマンとか言われてて、結構なポジションにいるんだっけ。
「それで、この有様だったんですね」
「何かあったのか?」
三好が差し出してきたタブレットに、何かの一覧表が表示されていた。
「なにこれ?」
「ブートキャンプの参加申請者の一覧です」
それを見ると、WDAカードの取得日が極々最近の人達がずらーっと並んでいた。
「それ、多分、どこかのスポーツ選手や、その卵ですよ。時々知った名前も入ってますし」
「なんだか女性が多くないか?」
ブートキャンプの参加男女比は、通常なら男性の方がずっと多い。大体7:3かそれよりも男性寄りくらいの印象だ。
探索者の男女比がそれくらいなのかもしれない。
「そりゃ、斎藤・御劔効果で、そっち方面の卵の人達じゃないですか? ハニトラには気をつけて下さいよ?」
「いや、俺を懐柔したって仕方ないだろ。……しかし、ダンジョンの中って、危険なんだけどなぁ、一応」
「でも、私、ここへ来てから一度も危険な目にあったことがありませんよ。以前の探索とあまりに違ってて、麻痺しちゃいそうです」と、三代さんが言った。
「それはそれで問題だな」
「だけど、危険な目にあうよりも、あわない方が良いですよ」
確かにそれはそうなんだけど。
その後、三好が、小麦さんに渋谷区におけるウストゥーラの登録に関するアドバイスをしたりしていたが、やがて、彼女たちは帰路についた。
ここしばらくは、適当にやるそうだ。
21層より下層で取得したアイテムは、無理に持って帰ろうとせず、21層のストッカーに入れておいてくれれば回収すると言ってある。
カードキーも渡しておいたし、行動計画はダンジョンに入る前に必ずメールさせるようにしてあるから大丈夫だろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「はぁ。やっと落ち着いたな」
三好がシャワーをすませて、パジャマみたいな室内着で出てくると、そのまま、ぽすんとソファーの向こう側に座って言った。
「で、先輩どうします?」
「なにを?」
「これですよ」
そう言って、三好が収納から日曜日の夜中に書いたデータをどさどさと取り出しててテーブルの上に置いた。
「これかぁ」
俺は、腕を組み、んーっと目を瞑って天井を見上げた。
「どうしました?」
「どうしたって?」
俺は腕をほどいて三好と向かい合うと、興奮したように言った。
「いや、だってお前。タイラー博士だぞ? タイラー博士。最終ページが出てきた時点で予想はしてたけど、冷静に考えたら無茶苦茶だろ?」
あっさりそれを受け入れている自分が、自分でも信じられないような状況だ。
こうしてみると、フィクションで鍛えられている日本人って、こういう場合のシミュレーションをし続けているようなものなのかもしれない。
「人間の再構成ですよ。しかも完全な記憶の再現つき。ある意味不老不死じゃないですか」
「ある時点を繰り返し再現するならその通りだけど、あれはインスタンス化された時点で、時間は経過していくだろうからな。状態が上書きで保持されているとしたら、年は取るんじゃないか? ま、そういう問題じゃないんだけどな」
「ですよねぇ……」
「結局俺たちは、ダンジョンが出来た原因についても、ダンジョンの向こう側の連中の目的についても、今回の探索で知ったわけだ」
「でもそれって、一方的な宣言みたいなものですよね」
「そう。もちろんウソかも知れない。ま、それを踏まえてだな、俺たちには考えなきゃいけないことが、少なくとも4つあるわけだ」
三好がソファーの上で、胡坐をかいた。
「まずは、USに3年前の真相を伝えるかどうかってことですよね。話の流れもありますし、鳴瀬さんには伝えておく必要がありそうですけど」
「そうだな。だが、USはなぁ……こないだの話もあるし、サイモンには話をしておかなきゃとも思うんだが……」
「どうしたんですか?」
「DADは大統領直轄の機関だから、上に伝わるとヤバイだろ」
「CIAあたりに抹殺指令が出かねません」
「暗殺は、禁止になったはずだったんだけどなぁ」
70年代に、2度暗殺され掛かった大統領によって禁止されたが、その後撤回されて、今では可能になっている。
俺は苦笑しながら頭を掻いた。
「ま、それ以前に、ダンジョンの中でタイラー博士にあって教えてもらった? 信じるか、それ?」
「今度ばかりは、証拠も記録も何にもありませんからね……」
「賭けても良いが、31層のドアも、すでにないと思うぞ」
三好は少し考えてから言った。
「一応間接的な証拠っぽいものはあるんですけど」
「どんな?」
「私たち、31層から1層へ飛ばされましたよね?」
「ああ」
「だから、あの時、もしも自衛隊がそのまま各層に残っていたとしたら、通過した記録がないはずなんですよ」
「そうか。なら退出時間も――」
「そうです。あのときの時間って、たぶん最後にサイモンさんたちと会ってから4~5時間後ですよね」
「――きちんと調べたら時間的な整合性が、まるでとれていないってわかるわけか」
いくらなんでも、31層から5時間で地上に出るのは無理だ。
しかしそれは転移魔法っぽいと思われはしても、タイラー博士と会って云々という証拠にはなり得ない。
「まあ、私は、先輩が言えば、サイモンさんは信じそうな気がするんですけどね」
「うーん……。保留!」
俺は何かを横に放るようなポーズをとりながらそう言った。
「んで次が……デミウルゴスの目的を伝えるかどうか、か?」
「誰にです?」
「そこなんだよ……JDAとか日本政府? あとは社会?」
「社会って、曖昧ですよねぇ……マスコミは一時的に食いつくかも知れませんけど使い捨てのネタ扱いでしょうね」
まあ、まともに取り上げるマスコミがあるはずないか。
ワイドなショーに到っては、専門違いのコメンテーターと呼ばれる人達が、適当に自分の感想風に局の意向を述べてそれでおしまいだろう。
「匿名掲示板にでも書くか?」
「それこそ頭のおかしな人扱いされて、おしまいですね」
「だよなぁ」
「それに、誰に向かってでもいいですけど、ダンジョンの向こう側にいる何かの目的は、人類に奉仕することだって主張するんですよ?」
「どこの新興宗教だって話だよな。もしも俺がそれを玄関先で聞いたなら、にっこり笑ってドアを閉めるよ、確実に」
「直接的には検証不可能なダンジョンの目的を堂々と語っている時点で、お前、何者だよって感じです」
「うーん……。保留!」
俺は何かを、さっきとは逆の方向に放るようなポーズをとりながらそう言った。
「次は、判断の件か?」
「私たちが強いられる、重要な判断ってなんでしょうね?」
「それな」
「とは言え、今までの二つだって、充分重要な判断を要求されているような気がしますけど」
「わざわざ意味深に言うからには、もっと別の何かなんだろうなぁ……」
「それって、その時が来ないとわかりませんよ」
「うーん……。保留!」
俺は何かを、今度は上に放るようなポーズをとりながらそう言った。
「3連続保留で、結局何にも解決してませんよ?」
「言うな……わかってる。つか、状況の方が異常なんだよ!」
俺は目の前に散らばっている、俺たちが書いた資料の山をバンバンと叩きながら言った。
「先輩。私たちって、ほんの小さな一個人に過ぎませんよね?」
突然三好が改まって、妙な言い回しで話を始めた。
こういう時のこいつは、大抵ろくな事を考えていないのだ。
「あ? ああ、まあそうだな」
「そんな私たちに、こんな人類全体でどーすんだよ級の話をされても困るわけですよ」
「だよな」
「だから、人類全体を考えられる組織の人に丸投げするってのはどうです? つまりそれを信じようと信じまいと、後はあなたたちの勝手でーすって」
こいつ……さすが最近はコンサルを使いまくってるだけのことはある。丸投げは確かに魅力的だ。なにしろ自分でゼロから考えたり悩んだりする必要がない。
しかも今回は、何かをして貰うわけではないから、結果が不要。つまり失敗も成功も我々とは無縁。よーするに今回の丸投げとは、ただの社会に対する責任のなすりつけにすぎないのだ。
我々はそれを社会に伝えようという努力義務は果たした。後は野となれ山となれなのだ。
「とはいえ、あまりに無責任な気も……」
「先輩、大きすぎる責任は、大勢の人間の肩に載せて曖昧にしちゃうのが人類の知恵ってものなんですよ。公務員メソッドってやつです」
「おまえ、最近言動がきわどいぞ」
「これでも結構ストレスがあるのですよ。うんうん」
パジャマ姿で腕を組み、こくこくと頷きながら、ソファーの上であぐらを掻く女。
ストレスとは無縁に見えるのは気のせいだろうか。
「じゃ、US問題はサイモンに丸投げして、あとは知らんと」
「そうそう。目的問題は、鳴瀬さんあたりに丸投げして、あとは知らんと」
「証拠もなにもないけど、とりあえず体験談という形で話したら、我々の義務はそこで終了。後は信じるなり信じないなり好きにしやがれってことで」
「暗殺の危険は?」
「話の裏付けが私たちの体験だけで、社会がそれを信じる要素がゼロですからね。積極的な発信を行っていなければ、そんな面倒なことはしないと思いますよ、普通」
Dパワーズにはオーブオークションや三好の鑑定がある。
脅威と有用性を比較して、有用性が脅威を上回っていれば、お目こぼしがいただけるのはフィクションの世界でも定番だ。ただし――
「最終ページが世に出たらわからないけどな」
「話が一気に信憑性を帯びますからね」
仮に丸投げしたとしても、どうせこの話には証拠がない。
サイモンにしても鳴瀬さんにしても、この話を何処かに持っていくのは、ほぼ不可能だ。せいぜいがヨタ話として酒宴の肴がせいぜいってところだろう。
だから口をつぐむ以外にないのだ。
だが、俺たちはその責任から解放されて、らくーになれる……かも?
「いいな、関係者総道連れプラン」
「プロジェクト・パブリックサーバーントですよ!」
公務員計畫かよ……
「三つ目の重要な判断も、同じ方法が使えるといいな」
「行けそうな気もします!」
「そして最後が、コルヌコピアの謎、か?」
そう言ったところで、玄関の呼び鈴が鳴って、来客を告げた。




