§112 クマ男の正体 1/26 (sat)
『ミヨシ? もしかしてあんた、アズサか?』
クマ男は、自分を見上げる女性の名前を聞いて、確かめるようにそう聞いた。
三好は軽く頷くと、右手を差し出した。
『初めまして、Mr.マルソン。でもどうして私のことを?』
マルソンは、その手を握りかえしながら言った。
『そりゃ、わざわざ代々木までやってくる外国の探索者で、現代のレジェンドを知らないやつはいないさ。こんな可愛らしいお嬢さんだとは思わなかったが』
それを聞いた俺は、思わず吹き出した。
『彼は?』
『あー、その失礼な男は、ケイゴ=ヨシムラ。私のパーティメンバーです』
『ヨシムラ?! 彼がか?』
『え、ご存じなんですか?』
『私はこれでも、結構USに貢献していてね。彼のことはサイモンから聞いたぞ。”侮るな”って』
マルソンは、下手なウィンクをしながら、三好に向かってそう言った。
サイモンのやつ、何を言ってくれちゃってんの。
『芳村です。侮るもなにも、単なるGランク冒険者ですから』
『ランサム=マルソンだ。ランスと呼んでくれ』
彼は自分に向かって差し出された俺の右手を力強く握りながら笑った。
『Gランクが18層にいたら、それは異常な奴だから侮れるはずがないよ』
「先輩。彼があのキングサーモンさんですよ」
「「マジで?!」」
俺と同時に声を上げたのは、憮然として立っていたチャラい男だった。
いや、何でお前が驚くんだよ。
『彼は? 君たちの知り合いか?』
『あ、いやー、そういうわけでは。会ったのは今日が初めてですね』
『ふうん』
チャラい男は、自分の方を指しながら行われた会話に、なにか自分が話題になっているようだと感じて尋ねた。
「おい、なにを話してるんだよ?」
「いや、あなたが誰なのかって」
「おう。それで?」
「今日初めてあった人で、誰だか知らないと」
「おまっ、俺を知らないわけ?!」
あれ? なにか有名な人だった?
そういや、あの大男が渋チーのフロントとか言ってたから、彼も関係者なのかな。
『そう言えば、アズサのパーティメンバーは彼以外にも?』
『いえ、彼だけですけど、なにか?』
『じゃあ、彼のことだな。印欧の社交界じゃ、魔法使いって言われてるぞ、君』
『はい?』
いきなりそう言われて、俺は面食らった。
海外渡航禁止を要請されている俺達が、なんで海外で有名なわけ?
『先輩。30歳まで純潔を守れば――あたっ!』
言うだろうと警戒していたら、こいつ、本当に言いやがった! 俺はとりあえず三好の頭にチョップをカマして、彼女を黙らせた。
『アーメッド氏の娘に何かしたんだろう? 向こうじゃ魔法使いに救ってもらったって話が広がってて、怪我で一線を退いたやつらや、その雇用主、果ては若さを取り戻したい連中なんかが、虎視眈々と日本の魔法使いと知り合うチャンスを窺っているらしいぞ』
『ええ?』
『事故で回復不能だと噂された娘が、すっかり美貌を取り戻して社交界にデビューしたんだ、何かあったことだけは隠しようがない。それについて聞かれても、アーメッド氏は、魔法使いに会って助けてもらったという以外、何も口外しようとしないんだ。それで、逆に噂話が大きくなったきらいはあるな』
そういえば、以前モニカに似たようなことを言われたことがあったっけ。あのときは何のことだか分からなかったが、このことだったのか!
『アーシャ、元気そうで良かったですね』
『確かにそれは良かったけど……まさかそんなことになってるとはなぁ。だけど、なんでそれだけでうちだと分かったんです?』
『そりゃ、鎌をかけたからさ』
『はへっ?!』
ランスが笑いながら説明してくれたところによると、向こうではそれが大きな噂になっていることは確かだし、魔法使いとコンタクトを取りたがっているというのも事実だそうだ。
そして、アーメッド氏が訪日中にあった事件として、2回目のオーブオークションが行われたことと、そこに「超回復」というオーブが出品されたことまでは知られているらしい。
『だが、彼女が事故にあったのは、ダンジョンが誕生する遥か以前の話だ。娘にDカードを取得させて欲しいという彼の願いが、各国の軍にも匙を投げられていたことは、一部じゃ有名な話なんだ』
まあ、あのオッサンじゃ、所構わず偉い人に直訴して歩きそうだしな。
ある程度目立つのは仕方がないだろう。
『だから、皆、超回復が使われたのではないかと疑いながらも、決定的な証拠は握れないでいたわけだ。だが、やはりそうだと分かってスッキリしたよ』
サイモンと言い、ランスと言い、どいつもこいつも油断ならないやつらばっかりだな……探索者のトップエンドって、こんなやつらばっかなわけ?
『あー、その話は、余り広めないでいただけると助かるんですが……』
『もちろん、アズサ達を敵に回したりはしないさ。それはバカのやることだ。だが――』
彼は少しだけ言いよどんだが、結局その先を続けた。
『ここだけの話だが、その依頼は私のところにも来た。それでアーメッド氏と知り合ったわけだがね』
まあ、軍に振られたら一般の上位に話を持っていくのは必然だろう。藁にもすがるってやつだ。
『だが、両腕と片足がなく、何年も車いすの上で過ごした人間に、独力でモンスターを倒させる? 誰がどう考えても不可能だ。少なくとも私には不可能に思えた――』
ランスは、突然真剣な顔で尋ねてきた。
『一体、どうやったんだ?』
まさかストローと足の裏で、と正直に言うわけにもいかず、『それは企業秘密です』としか答えるしかなかった。
そう言えば、あのとき俺達の後を追ってきたのはGBだった。10層で、ファントムデビューしたときも追いかけてきていたのはおそらくGBだ。
もしかしたら、あのとき以来、俺達GBにマークされちゃってるんじゃないだろうな?
『まあ、そうだろうな』
つまらないことを言って悪かったなと、ランスは俺達に謝った。
「芳村さん。焦げちゃいますよー」
その時、三代さんの声が聞こえてきた。
『あー、食事中だったんですけど、よかったらランスも一緒にいかがです?』
『おお。それはありがたいな』
ランスは、ちょっとビールをとってくる、と、一旦自分のキャンプへと戻っていった。
って、ダンジョン内に酒を持ち込むとは……
「先輩。うちもドリーの中にありますよ」
「いや、うちと違って、ビールのパックとか、重いだろう」
「まあ、あの体格ですし、今の18層なら誰かの依頼でしょうから、ポーターもいると思いますよ」
三好が去っていく彼の背中を目で追いながらそう言った。
それにしても、いつの間にか、三代さんが調理役をやってくれてたのか。
「渋チーが来たと思ったら、今度はキングサーモンさんですよ? もう展開について行けなくって。料理でもしてたほうが落ち着くので任せて下さい!」
「そう? じゃあ、よろしくね」
そう言って、俺は、お肉と焼きそばを増量した。
「だけど、なんでキングサーモンなんだ? どっちかというと、グリズリーだよな」
「確かにぎりぎり生息域ですね、バンクーバー」
そう言って、三好が笑った。
「彼が初めて有名になったとき、Lansom Malson の姓と名を見て、どちらもアナグラムで、salmon になるって気がついた人がいたんですよ。で、ダブルサーモンとかミスターサーモンとか呼ばれ始めたわけです」
「本当だ。面白いな」
「その後は、みんなが知っているとおり、めきめきとランキングを上げて、一般の探索者の中では事実上ずっと首位にいるようになったためキングと言われるようになったんですが、それまでの名前と、バンクーバー周辺の出身だったことも手伝って、自然とキングサーモンと呼ばれるようになったそうです」
「へぇ、そうだったのか」
そう言ったのは、さっきまで呆然としていたチャラ夫君だった。ええっと――
「林田だ。林田康生。渋チーのリーダーをやってる」
そう言えば、鳴瀬さんが、テンコーさんと並んで、市ヶ谷の管理課で必ず覚えられる探索者の双璧だとか言ってたな。彼がそうなのか。
「どうも。芳村です。って、なんで、まだ、ここにいるんです?」
「いいだろ。せっかく世界のトップエクスプローラーが来てるんだぞ? ここで、帰れるかよ」
「でも、言葉は?」
「こいつが居るから平気だ」
林田は、さっきの日本人離れした顔の男をヘッドロックしながら言った。
「ちーす。半分リトアニア人の、デニス=タカオカっす。以後お見知りおきを」
デニス=タカオカは、渋チーの斥候らしい。
お母さんがリトアニア人で、スタートアップの現場で恋愛して結婚、今は日本の支社にいるとかなんとか。
そういや、バルト三国は、今やIT先進国だよな。だけど――
「それって、ソ連崩壊してすぐの頃じゃないの?」
彼がいくつか知らないが、20は過ぎてるだろう。なら確実にソ連が崩壊して10年以内だ。
「まあ、そっすね。うちの親父も独立を回復したばっかの国によく行ったもんですよ」
「バルト三国の美人に引かれたとか?」
「あー、多いって言いますけど、普通ですよ? 日本だっておしゃれな場所に行けば、美人”っぽい”人一杯いるでしょ。あんな感じです」
「へー……って、バルト三国って、英語じゃないよね?」
「それぞれの国の言葉ですけど、リトアニアじゃ若い世代は英語も話しますね」
彼の話によると、バルト三国では、若い世代で英語を学ぶ者が増えた分、ロシア語を学ぶものが減っているらしい。
とくに北側のエストニアとラトビアは、ロシア語が母語のロシア系住民の数が多いにもかかわらず、それぞれの母国語話者がロシア語を学ばなくなったため、住民間のコミュニケーションに支障が出始めているのだとか。
そう言ったロシア語話者の問題は、一種の社会問題になっているそうだ。どの国にもいろいろあるんだな。
「ソ連時代の外国語って言うとドイツ語だったらしくって、上の世代は英語がだめでドイツ語が話せる人が多いっすね」
「というわけで、こいつはうちのチームの外国語担当なんだ」
そこで三代さんが、お肉や焼きそばをのせた皿を持ってきた。
「焼けましたよ、どうぞ」
「あー、俺達も喰って?」
ダンジョン内の食料は貴重だ。深層では特に。
だから当たり前のようにそれを受け取ったりはしない。遠慮のなさそうな渋チーですら、一応確認してくるくらいだ。
「貸しですよ」
俺は笑いながらそう言った。
「悪いな。ミリ飯はちょっと飽きたところだったんだ」
「残してきた連中が文句を言いそうっすね」
二人は嬉しそうに三代さんから皿を受け取ると、早速それにかぶりついた。
『いや、お待たせ、お待たせ』
丁度その時、ランスが6缶1パックのビールを2パック持ってやってきた。
『夜は長いよ。一緒に楽しもう!』
そう言って彼は、350ml缶を皆に配りながら、料理の皿を受け取り、あたりまえのようにプルタブを引いた。
一応断っておくが、ここは18層だ。世界って広いんだなぁ……
◇◇◇◇◇◇◇◇
俺達は、三代さんと小麦さんを、うちの契約探索者だとランスに紹介してから、彼の語る探索譚を聞かせて貰った。
もちろん多少は盛っているだろうが、探索者歴が長く、世界中のいろんなダンジョンに潜ってきた彼の話は面白かった。
『だけど、どうしてUSに貢献してるんです? バンクーバーってカナダですよね?』
『ああ、私は、ザ・ポイントの出身だから。国籍はUSなんだよ』
ザ・ポイント?
どこなんだそれって感じのまぬけな顔をしている俺に向かって、彼は詳しく説明してくれた。
『ザ・ポイントっていうのは、その昔、USとGBが国境を決めたときのいい加減さで生まれた飛び地なんだ』
その昔、北アメリカ大陸でGBが北から南へ、USは東から西へと開発を進めていたころ、いずれぶつかる国境をどこで区切るのかという問題が持ち上がった。
その時、USは北緯49度線をGBとの境界線にしようと提案したが、バンクーバー島がとても重要だったGBは、バンクーバー島を横切るその案には賛成できず物別れに終わったのだ。
とにかくバンクーバー島に固執していたGBは、その後しばらくして、んじゃバンクーバー島を全部くれるなら、大陸は49度線でいいよという話をまとめてしまう。
その時は、まさかその線が、デルタの南側にある半島を微かに横切るなんてことを、誰も想像すらしていなかったのだ。
かくして、両国のバンクーバー島を巡る綱引きに隠されたうっかりで、ザ・ポイント――正式名称ポイント・ロバーツ――は誕生した。
『しかも、全然重要じゃない土地なんだな、これが』
ランスが笑いながらそう言った。
『いや、本当に何もないんだ。エレメンタリースクールの3年生までは学校があるんだが、4年生からは近くのアメリカの街までスクールバスで通うんだよ?』
きっと私は世界で一番国境を越えた男の1人だね、と彼は笑った。
なにしろ学校へ通うのに、カナダに入国してから、アメリカに出国する。都合、毎日4回国境を越えるのだ。
カナダに税金を払っていない彼らは、カナダの公共サービスを受けることができない。公立の学校もそのひとつにあたるわけだ。
『そういえばランスさんは、故郷に病院を建てたとかニュースを見たような……それが、ザ・ポイントだったんですね』
三好が思い出すようにそう言うと、彼はよく知っているなと驚いたような顔をした。
『ああ、せめてそのくらいはね』
彼が子供の頃、ポイント・ロバーツには病院がなかったそうだ。
ま、一応故郷だから、と笑った顔が赤かったのは、テレのせいかビールのせいかは分からなかった。
『しかし、各国のトップチームはともかく、キングサーモンさんが来日しているとは知りませんでした。やはりマイニングが目的で?』
とデニスが聞いた。
それは俺も興味があるな。
『そうだよ。詳しいことは言えないが、短期の契約で、マイニングの発掘を依頼されたんだ』
『トップエクスプローラーが期間契約するのは珍しいですね』
雇用主や、雇用主が指定したものに同行するタイプの探索行は、最高ランクの冒険者は余り引き受けない。
もちろん勝手に冒険した方が高額の収入を得られるというのもあるが、一般人なのに高ランクという人間は、大抵自由なタイプが多く、なにかに縛られるのを嫌がるからだ。
高額を支払う雇用主には、なにかと偉そうな人も多く、合わないという単純な理由もあるようだった。
『丁度代々木に来ようと思っていたからね。行ってみれば、川を渡ろうとしたときに船を見つけたようなものだよ』
『なぜ、代々木に?』
US、特に西海岸には、有名なダンジョンがいくつかある。
わざわざ極東の島国までやって来なくても、探索ダンジョンには事欠かないはずだ。
『そりゃ、興味深い事件がいくつも起こっているからさ。しかも完全にパブリック? これで来ないやつは探索者じゃないね』
『ってことは、他にも来てる一般探索者がいるんですか?』
軍関連は、ランキング上位を占めている主要国家のほぼ全てが、何らかのチームを送ってきていると聞いた。
きっと、あっちのキャンプのどこかに、ベースがあるんだろう。
キャンプの間を散策すれば、世界中の言葉が聞こえるはずだ。なんてインターナショナルな。
『一般の探索者? そうだな……昨日エラに会ったぞ。政府の依頼だとか言ってたな』
『エラ?』
『エラ=アルコット。キャンベルの魔女さんですよ』と三好が補足した。
「エラがどうしたって?」と林田がデニスに聞いた。
「キャンベルの魔女も代々木に来てるってよ」
「マジか?! 東が喜びそうだな」
ここから、ほかのベースキャンプまでは20m以上離れている。念話の範囲外だから東とやらには伝わっていないんだな。
『元は、キャンベルタウンの魔女だっんだが、いつの間にか短くなっちゃったんだ』
ランスが笑って教えてくれた。
『キャンベルタウンって、クーをくれた小麦さんの友人の?』
『あれはイギリスのキャンベルタウンですね。こっちはオーストラリアのキャンベルタウンですよ』
『ややこしいな』
北海道に、広島だの伊達だのがあったのと同じかな。
『愛妻家のせいで、オーストラリアにはキャンベルタウンが溢れてるんだよ』
ランスが、口の中の肉を、ビールで流し込みながら笑った。
昔の総督が、自分の妻の姓だったキャンベルを街の名前に付けたことは有名なエピソードらしい。
「先輩の好きな、某メイド漫画の子爵家とは関係ありませんよ」
「あのな……」
全部が全部、その影響なのかどうかはわからないが、オーストラリアにはキャンベルタウンと名前の付いた場所がいくつもあるのだそうだ。
『彼女のは、アデレードのカウンシルだ。住んでる場所、というか出身地だな』
まあ、どんな人か知らないので、すれ違っても分からないだろうけど。
そう言うと、戦闘中ピカピカ光ってる女がいたら彼女だと、ランスが教えてくれた。
なんだそれ?
『いずれにしろ代々木はとても面白い。君たちのブートキャンプにも興味があるしね。エラもそうなんじゃないかな?』
『光栄です』
三好が少しテレながらそう言った。実態を知っている俺達としちゃ、あれを積極的に語るのはちょっと抵抗があるのだ。
その内容をデニスから聞いた林田が、思わず声を上げていた。
「は? お前ら、Dパワーズの関係者なの?!」
今頃何を言ってんだ、こいつ。
って、アーシャの話をしていたときは、近くにデニスがいなかったのか。
「まあ、そうだけど……」
「なら、聞きたいんだけどさ、ブートキャンプってどのくらい効果があるんだ?」
「効果には個人差があります、としか」
「なんだその、TV通販の健康食品みたいな台詞は」
しかし、他に言いようがないからな。
「じゃあ、俺達も申し込んで……って、おい? デニス?」
ふと見ると、眠そうに通訳をしていたデニスがひっくり返っていびきをかき始めていた。
「あちゃー、こいつ2本目を飲んだのかよ……」
デニスはアルコールに弱い体質で、ビールを2缶も飲むとすぐに寝てしまうらしい。
「ちっ、通訳が先に潰れてどうするんだよ。仕方ねぇ、撤収するか。あー、まあ、今日は悪かったよ。飯の借りはいずれ。それじゃまたな」
「明日も気をつけて」
「お互いにな」
そういって、林田はデニスを抱えて自分のキャンプへと戻っていった。
ああ見えて流石にトリプルのケツにいるだけのことはある。軽々とデニスを抱えているのを見ると、結構力もありそうだった。
彼らを見送った後、ランスは少し真剣な顔つきになって言った。
『まあ、私の話はこれくらいにして、今度は私の方で聞きたいことがあるんだが』
『なんです? 俺達はキャリアが浅いので、話せることはあんまり無いと思いますけど』
『異界言語理解は、何からドロップしたんだ?』
いきなりの質問に、俺と三好は顔を見あわせた。
『あー、申し訳ないですけど、そういう話はJDAにでも聞いて頂かないと。俺達にはなんとも言えませんね』
『……ふむ。まあ、そうか』
こういう情報が、完全にオープンにされないことはままある。
特にプロ探索者は、個々の探索で様々な契約に縛られるから余計にそうだ。そのことをよく知っている彼はそれ以上追求してこなかった。
『しかし、Dパワーズにはやられっぱなしだな』
彼はそう言って座り直すと、人差し指を立てて言った。
『アーメッドの件にしても、異界言語理解の件にしても、マイニングもどうせ君たちなんだろう?』
『ここ2ヶ月は、世界中のプロ探索者が、アズサ1人にやられていると言っていい状況だ。面白くないと思っているやつらも多いだろう』
不穏な発言をしたことに気がついた彼は、すぐ、おどけるように、それをフォローした。
『ま、さすがに上位にいる連中に、そんな嫉妬するようなやつはいないと思いたいけどね』
『いずれにしても、そんなアズサの活躍を支えている代々木には、みんな興味があるわけさ。さて、私もそろそろお暇するかな』
そういって立ち上がりかけた彼は、ふと動きを止めて言った。
『ああ、そうだ。最後に、ひとつだけお願いをしても良いかな』
そう言って彼は、ポケットから布に包まれた何かを取り出した。
『アズサは鑑定持ちだと聞いた。料金がいくらなのかは知らないが、このアイテムを見て欲しいんだ』
三好はそれを受け取ると、慎重に布を開いた。
そこには、特別な装飾はなにもない、鉄のように見える素材で作られた鈍い銀色のリングが置かれていた。
『致死の指輪、ですか』
それを聞いたランスは驚いたように目を開いた。
『鑑定持ちだというのは本当だったのか。そうだ、1年ほど前に手に入れたときの名称は、致死の指輪だった。あまりの名称に自分で付けるわけにも、他人でテストするわけにも行かなかったんだ』
『そういうことならいいですよ』
そう言った三好は、俺から受け取った筆記用具で、紙の上にさらさらと鑑定結果を書き出した。
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致死の指輪 Deadly Ring
Damage +10%
Max (user SP / target SP)% chance to kill on hit.
VIT -3
研鑽を怠らぬものには、底知れぬ穴を開く鍵が与えられる。
呪われたものは、悪魔とその使い達のために用意された永遠の闇に囚われることになるだろう。
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『一番下の2行はフレーバーテキストです。鑑定は、基本的に持ち主がネイティブに使っている言葉で表示されるので日本語です。あくまでも雰囲気だと思うのですが、気になりますか?』
『一応簡単に訳してもらっても?』
『努力を怠らない人には、底知れぬ穴を開く鍵が与えられる。呪われたものは、悪魔とその使い達のために用意された永遠の闇に囚われる、です』
『底知れぬ穴……黙示録の9章だな』
第5のラッパが吹き鳴らされ、悪魔率いるイナゴが大量に出てくる穴のことだろう。
『効果は、少し体力が減りますが、相手に与えるダメージが10%増えます』
『このSPというのは?』
『私たちはそれをステータスポイントと呼んでいます。言ってみれば経験値みたいなものですね』
『なるほど。同じくらい努力したものに対しては、最大1%の確率で即死効果ってことか』
『そうですね。なかなかの逸品ですよ』
上手の何かと闘って絶体絶命に陥ったとしても、運によっては敵を即死させることができるかもしれないのだ。
それに賭けるのはバカのやることだろうが、最後の希望としては悪くない。
『ありがとう。とても助かった。代金は?』
『私たちは今のところ鑑定を商売にしていません。きりがないので』
『まあ、そうだろうな』
『ただ、今回のように、利用者に取り返しの付かない効果を与えるかも知れないアイテムやオーブのそれだけは引き受けるようにしています。ま、義務みたいなものですね』
『それで?』
『だから料金は不要です。あえて言うなら――貸しですかね?』
三好が笑うと、ランスは『そりゃ、高く付いたな』と目を回しながら言った。
『ランスは、契約が終了した後も、しばらく代々木で?』
『もちろんそのつもりだ。また会うこともあるだろうから、その時はよろしく頼むよ』
『こちらこそ』
そう言って俺達4人は、彼と別れの握手をした。
『機会があったら、うちの事務所にも遊びに来てください。美味しいコーヒーをご馳走しますよ』
『サイモンに聞いてるよ。是非寄らせてもらう』
三好の誘いを快諾した彼は、ゆっくりと歩いて自分のキャンプへと帰っていった。




