§107 センター試験への影響 1/25 (Fri)
センター試験の中間発表の日付を勘違いしていたのでとりいそぎここへ挟みます orz
なので、§107になっています。
なお、順番がずれても特に物語への影響はありません。そのままお読みいただいて結構です。
18層で出会う、いろんな探索者との話が1話分後ろへずれてすみませんです。m(__)m
それはセンター試験が終わった20日の深夜のことだった。
「これは、どういうことだ?」
大学入試センターで、センター試験の点数を集計している部署では、昨年までにはなかった奇妙な現象が話題になっていた。
連続する受験番号の受験生が、ほぼ同得点の高得点者で埋まっている箇所が多数見つかったのだ。
それだけならまだしも、一連の連続した受験番号群は選択科目が完全に同一で、あまつさえ誤答が同一の問題に集中していたのだ。
しかも誤答されたのは難易度が高い問題とはいえず、うっかりに近いミスだった。
しかし、隣り合う席ならともかく、何人も間にいる席でのカンニングというのは通常あり得ない。
「これは、もしかして……」
「例のテレパシーとかいうやつか?」
それが話題になったのは、昨年の12月25日以降だ。
今年は1月13日が日曜日だったため、センター試験は最も遅くなる19日~20日だったが、それでもその間に対策を施すなどと言うことは出来なかった。
大学入試センターにとって、それはまさに晴天の霹靂だったのだ。
「こりゃあ、平均点はでたらめな数値が出るんじゃないか?」
「調整はどうなりますかね?」
「もしも予備校あたりが組織的に行っていたとしたら、その広がりはバカにならん。対象者の選択科目は完全に同一だから、とんでもない差が出る可能性もあるな」
「情報によると、テレパシーの通じる距離は20mの円の内側らしいですから、それほど大きな広がりはないと思いますが……せいぜいが100人といったところでしょう」
「同じ事をやったグループがほかにいなけりゃな」
受験番号が配置された席の情報があれば、得点と比較することでおそらくあったであろう不正を疑うことは出来る。
しかし証拠にはならないだろう。
「しかし、学校の定期テストと違って受験ですよ? 相手を蹴落とすのが目的の試験なのに、わざわざ高得点を取らせる理由がわかりませんね」
「まあ社会的な力関係や……あとは、考えたくはないが、カネだろうな」
「合格確実な学生で、医者のバカ息子を合格させたいとか……ありそうですよね」
「裏口よりもずっと確実だし、不正を疑われにくい。もっともその場合は、少人数になるだろうから、点数への影響は少ないだろう。俺達が関与するようなことじゃない」
「受験生には申し訳ないけど、不正の範囲が小規模で、こちらも何も気がつかなかった、と言うことにしたいですね」
彼らは仕事としてこの作業をしているだけで、個々の学生のことなど普段は考えていない。
できるだけ非難を浴びるような波風は立たないほうが良いに決まっているのだ。
1月23日には平均点の中間集計が発表される予定だ。
彼らは採点と集計を行っているシステムのモニタを見つめながら、その時の数値に大きな異常がないことを、心の底から祈っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
1月25日、JDA市ヶ谷本部のダンジョン管理課では、課長の斎賀のところに、ひとつの問い合わせが届いていた。
「Dカード取得者を識別したい?」
「はい。大学入試センターから、試験会場で、受験生がDカードを所有しているかどうかを判断する方法があるかという問い合わせが来ています」
大学入試センターか。
時期的に考えて、絶対念話の件だろうが、センター試験はもう終わっているはずだ……ってことは、採点でなにか異常が出たってわけか。
「わかった。法務とシステム管理にも話を回して、会議室を押さえてくれ」
「分かりました」
世の中には、それこそ無数の試験が存在している。
ここできちんと食い止めておかないと、社会制度そのものが崩壊する危険性だってあるのだ。
クリスマスの公開以降、誰もが予想していた事態に、なんの対策も打てていないJDAに頭を抱えそうになったが、なにしろダンジョンが社会に及ぼす影響を専門に受け持つ部署などないのだ。
せいぜいが広報部くらいだろうが、これは広報とは違う。無理矢理こじつければ一種の予防法務だが、あれは基本的に従業員の不祥事防止の意味合いが強いからな。
「最終的に、うちに回ってきそうな案件だよな……」
ダンジョン管理課は、ダンジョンの管理だけやっていたいところだが、実際は、探索者の管理も業務の範疇だ。
その延長で――というのは、充分に考えられた。
「ダンジョンが社会に及ぼす影響を事前に予測して、その影響を最低限に留めるなんてのは、ダンジョン庁の仕事だと思うんだがなぁ……」
◇◇◇◇◇◇◇◇
3時間後、小会議室では、問い合わせがあった内容が、実現可能かどうかの会議が開かれていた。
「ある人物がWDA会員かどうかは開示しても問題ないと思われます。JDA以外がダンジョンの入り口を管理する場合、入ダン条件の確認にカードの提示を求められますから、それに準ずるものとして取り扱えるでしょう」
法務の職員が、手元の資料を見ながらそう言った。
「もっとも問い合わせに対応するコストをどうするのかという問題はありますが」
なにしろ、今回の問い合わせは短期間に大きな規模で行われる可能性が高い。
平常時にそんな問い合わせを捌けるだけのキャパを用意しているはずがなかった。
それを聞いた、システム管理部の職員が手を挙げた。
「ちょっといいですか」
「世の中のIDカードはすべからくそうですが、WDAIDは登録された人間を管理するためのIDです。ですから、ある人間がWDAIDを持っているかどうかを判断することは難しいですね」
彼は参加者の面々を見回して言った。
「おそらく名前や生年月日で検索することになるでしょうが、同じ日に生まれた同姓同名の人間がいたら当然誤動作します」
何しろ今回は対象が受験生なのだ。生年月日が同じなんて例は大量にあるだろう。
確率的に考えても、浪人を考慮しなければ、誕生日が同じ人間は1500人以上いるのだ。
「登録住所まで一致すれば流石に本人でしょうけど、逆に言えば、登録住所と現住所が異なっていればマッチしませんし、入力ミスがあっても当然マッチしないことになります」
もちろん登録者には、自分の個人情報に変更があった場合、それをJDAに通知する必要がある。
しかし、通知を忘れたところで何か罰則があるというわけではなく、単に郵便物が届かなくなるくらいの問題しかないが、JDAから会員への郵便物は今のところ、最初のカードの送付以外ゼロなのだ。
住所の変更を忘れていたり、行っていなかったりする例がないはずがない。
彼は、机の上で組んだ指先を、神経質そうに動かしながら「所有の有無を証明する場合、そうとうザルになりますよ」と断言した。
「第一、現場で、かつ人力でチェックするのは相当無理がありませんか? 例えばセンター試験の受験票には、名前と性別、それに誕生日と顔写真しかありません。住所を聞き取って手作業で入力するなんて、狂気の沙汰ですよ」
会場によっては、4500人を越える受験生がいるのだ。手作業で確認するとなると、1人20秒でも、のべ25時間かかることになる。
それを全国700カ所に近い場所で一斉にやる? コストを考えただけでも投げ出したくなる案件だ。
「現実的には受験番号入力でしょう。それで、センターから検索に必要なキーワードを取得後、JDAに問い合わせをするシステムというのが考えられます」
「それって法的に大丈夫なんですか? 少なくともうちじゃ、約款の変更なしに入試センターから直接個人情報を引き出せるようにするのは無理だと思いますけど」
法務の男は黙って議論を聞いていたが、法的な部分に話が触れると手を挙げて口を開いた。
「この場合JDAは、問い合わせに対して単にWDAIDを所有しているかどうかを答えるだけですので、冒頭で述べましたとおり合法です」
「いっそのこと、願書受付を締め切った段階で、まとめて問い合わせをもらって回答すれば、システムへの瞬間的な負荷もなくなって万々歳ですけど」
システム開発部の男がそう言って、諦めるように肩をすくめた。
「その後でWDAカードを取得されると、意味ないですけどね」
センター試験の場合、願書受付を閉め切った後、約3ヶ月の期間があるのだ。
「もっとも問題はDカードなんですよね? WDAIDを持っていてもDカードを持っていない人はいるでしょうし、WDAカードを持っていないDカードの所有者も、実は結構いるかも知れませんよ?」
我々の立場からすれば、いちゃ困るのだが、WDAが設立されたのはダンジョンの出現よりも後なのだ。いないとは言い切れない。
最も入試センターも、そこまでは要求しないだろう。なにしろそんな特殊な人間が、大勢いるはずはないのだ。
「やはり、受験生の自己申告に任せるしかないのでは」
「後日の調査時に、申告に嘘がある場合は減点するなり失格にするようなルールを作って周知してもらうしかないですよ」
「結局現場での確認は難しいって事か?」
斎賀はそれまでの議論をまとめるように言った。
「そうですね。あらかじめこちらでサービスとAPIを用意して、向こうのコンピューターから直接問い合わせを勝手に実施してもらうのが、我々の対応としては現実的じゃないですか?」
窓口は用意したから。利用はそちらで工夫してね、というわけだ。
「うちで協力できる事があるとしたら、受験前の一定期間、受験生に向けたWDAカード発行を停止するくらいでしょう」
事前調査の場合、試験センターからの問い合わせ以降に、WDAカードを取得するという穴を塞ぐためだ。
それにしたって、浪人生の場合は年齢で弾くことが出来ないから、JDAから試験センターの願書情報にアクセスできない限り取りこぼしはでるだろう。
「わかった、意見を聞かせてもらえて助かった。結果の詳細はうちの課でまとめて各部署に送らせてもらう。必要なら正式なプロジェクトを立ち上げることになるだろうからよろしくな」
そうして会議は閉会した。
参加者達は、口々に雑感を述べながら、会議室を出て行った。
「しかし、ついにこういう日が来たんだな」
「まあな。スポーツ界の方も、きな臭い感じだが、なにしろSFやファンタジーの現実化に、旧態依然の、といっちゃ可哀想か。現代の社会システムそのものが対応し切れてないんだから、過渡期にはそうとういろいろあるだろうよ」
「非探索者が、松明を持って押し寄せてくるのだけは避けたいね」
「やめろよ、火あぶりにされてるところを想像しちゃうだろ」
それを聞くともなく聞いていた斎賀は、全く同感だねと、内心相づちを打っていた。
そうして、誰もいなくなった会議室で、彼は椅子に深くもたれかかりながら、今の会議の議事録を眺めていた。
「Dパワーズのステータス計測デバイスみたいに、その場でぱっとわかる判定装置でもあればな……」
Dカードの研究はほとんど進んでいない。
というより、素材がありふれたものだと分かってからは、研究そのものが表だっては行われていなかった。
存在そのものがファンタジー過ぎて、とっかかりがなかったし、カードのそのものの利用ができない上に、代換えとしてWDAカードが普及した現在では研究の価値が下がっていたからだ。
もっともパーティシステムの公開で、再び復権してきてはいるようだが、それにしたってたった一月前のことなのだ。
判定装置など夢の又夢――
「まてよ?」
そう言えば鳴瀬が、以前計測デバイスの報告をしてきたときに、その欠点について何か言っていたような……
斎賀は、素早く立ち上がって会議室を出ると、ロビーでスマホを取り出して鳴瀬美晴に電話をかけた。
「はい、鳴瀬です」
「斎賀だ」
「課長?」
「お前、こないだDパワーズのステータス計測デバイスの欠点について何か言ってたよな。ほら、非探索者の計測がどうとか」
「ああ。ステータス計測デバイスは、Dカードを取得していない人間のステータスは計測できないそうです。弱点というか、Dカードを取得していない人にはステータスがないそうですよ」
「それだ!」
「は? 課長?」
「あ、いや、後で説明する。助かったよ」
「いえ、お役に立てたなら幸いです。それでは」
斎賀は自分のデスクに戻ると、問い合わせに関するレポートを書き始めた。なにしろDパワーズ案件だったため、自分でやるしかなかったのだ。
そうしてそれを書き上げたときには、すでに退勤時刻を過ぎていた。
今日は金曜日だ。
結局この情報が各部署に周り、センターやDパワーズに届くのは、週が明けてからになるだろう。




