§100 育成の真意とアルスルズ+2 1/18 (fri)
翌朝、ドリーの中で起きた俺達は、かわるがわるシャワーを使い、朝食にサンドイッチを食べていた。
これが、去年の11月に作られたなんて、誰にも信じられないだろう。
三好が飲んでいるオレンジジュースだって、手搾りのブラジリアーノのものだ。
ブラジリアーノはシチリアのオレンジの中では、出荷開始が早く、大体11月の中旬くらいから出まわり始める。ブラッドオレンジジュースといえば、赤いタロッコがメインだが、こちらは12月の下旬頃から出まわる。
購入したブラジリアーノが、いまいちだったので全部絞ってジュースにしたのが11月の後半だ。
それがまだ絞りたてみたいに飲めるのを見ていると、保管庫って凄いよなと、改めて思った。
爽やかだが、ジュースにすると少し物足りないそれを飲み干した三好が、昨日のことを尋ねてきた。
「昨日の話ですけど、なんで、下層へ行かないんですか?」
「俺達が、ふたりともマイニング持ちだからさ」
「え?」
そう聞いて三好が怪訝な顔をした。
「ほら、碑文には、50層の金だけが決定していて、他の層は決まっていないってあったろ?」
「はい」
「しかも、ダンジョン毎に別のアイテムが出るとか」
「確かそうです」
「じゃあ、出る金属って誰が決めてるんだと思う?」
「ダンジョンじゃないんですか? 後はランダム」
「ま、そうかもしれないが、そうとも言えない気がするんだよなぁ……」
「根拠は先輩の勘?」
「……まあそうだ。実際の所、説得力のある根拠はゼロに等しいな」
俺は苦笑いして頭を掻きながら説明を始めた。
「いいか、俺達が20層でドロップさせたのはバナジウムだったろ?」
「はい」
「鉱物は、金属も非金属もあわせれば凄い数がある。なのに、何でバナジウムの、しかもインゴットだったんだと思う?」
「え? 偶然ですよね?」
碑文に書かれていたのは、『無限の鉱物資源』だ。
鉱物資源ってのは、地下に埋蔵されている鉱物で資源となるもののことだ。
つまり、本来なら鉱石なんかがドロップするべきだと思うのだが、俺がドロップさせたのは、インゴットだった。
「そうだな。まあ、普通はそう考えるだろ。だけど、俺はあのとき、どきっとしたのさ」
一瞬ダンジョンに心臓をつかまれたような気分になったのだ。
「前の会社で俺が謝りに行かされてぶち切れた案件があったろ?」
「先輩が退社される切っ掛けになったやつですよね」
本当の切っ掛けはランキング1位だけど、それはまあいいか。
「あれが金属バナジウム関連だったんだよ」
「ええ?」
「20層でバナジウムのインゴットがドロップしたとき、俺は、ある層でどんな鉱物資源がドロップするのかを決定するのは、最初にそれをドロップさせた人間じゃないかと思ったんだ」
「それって、波動関数の収縮みたいなものですか」
「そうだな、原子が周囲と相互作用することによってデコヒーレンスが引き起こされるように、どんな鉱物もドロップの可能性がある状態で、ダンジョンがそれを生成する際に、受け取る対象と相互作用することでデコヒーレンスを引き起こすと考えてもおかしくはないだろ?」
三好はため息をひとつ付いてから言った。
「いや、おかしいと思いますよ。普通なら」
「だよなー」
いや、三好さん容赦ない。
だけど、マジでこんなことを言われたら、俺だってそう思うだろう。
「だけど、なんとなくそれで正しいような気がするから不思議ですよね」
ゴーストが囁くってやつでしょうか、と三好が笑った。
「だけど、先輩。それであのとき21層に下りずに、すぐ引き返したんですね」
「ま、半分はそうだな」
後の半分はトップエンドの探索者に会いたくなかったってところだ。
「ダンジョンの当該層からは、どんな鉱物資源でもドロップする可能性がある。それを収束させるのは、最初にドロップを取得した人間だってことですか……」
「だから小麦さんにその役をやらせれば、きっとすごい鉱物が――最初は絶対宝石だろうけどさ――ドロップするフロアができあがる気がするんだよ」
彼女は宝石や鉱物全体を愛しているからな。何か凄いことをやりそうな気がするんだ。
「それが先輩が彼女の育成を始めた原因なんですね? めんどくさがりの先輩らしくなくて、おかしいと思いましたよ」
「まあそうだな。しかしこんな話、まともにしたら頭がおかしくなったと思われかねないからな」
「もしそうだとしたら、なんの素養もない人がマイニングを手にして、最初に21層に到達した場合、そこで産出するのは――」
「十中八九、鉄、だろうな」
一般人が、鉱物資源と聞くと、たぶん金属を思い浮かべるあろう。そうして、そういった人達が一番触れている金属は鉄だ。
「代々木の鉱物層は、最大でたった60層しかないんだぜ? ありふれた金属を増やしてどうするよ」
「なら、JDAとDADが落札して、どちらもまだ使用者が決まってない現状は……」
「そう、渡りに船ってヤツだ。もしもすぐにどちらかが使われて、代々木で試そうとするやつが出てきたら、先に小麦さんに使わせて、無理矢理21層に運ぶつもりだったんだ」
「なるほどー」
「日本にまるで産出しない重要な鉱物資源と言えば、ニッケル、コバルト、ボーキサイトだ。あとは少量しか要らないが非常に重要な非鉄金属あたりが産出する層が作れるヤツがいれば……」
「先輩がそのことを考えながら狩るってのは、なしなんですか?」
「最終的にはそれも考えるけど、どのくらい必死で考えればダンジョンがそれを汲み取るかなんてわかんないからなぁ……失敗が許されない以上、やっぱその道の専門家がいいと思うわけよ」
「じゃあ、私たちもマイニング採掘レースに参加して、片っ端から専門家に使わせて、無理矢理下層に……って、その人が倒さないとダメなんですね」
「そこがネックなんだよ」
Dカードの取得なら、遠距離から銃で1発だろうが、対象はそれがだんだん通用しなくなる20層以降だ。
超強力な近代武器を素人が使うのは難しいだろうし、そもそも日本じゃ手に入らない。
とどめだけ刺せば良いのなら、なんとかなるかもしれないが、経験値が分散するように、収束する元になる意識まで分散したら意味がないのだ。
「アーシャの時より難易度が高そうですね」
「まったくだ、しかも根拠が勘じゃ、JDAも力を貸しちゃくれないだろうしな」
「一応鳴瀬さんにも相談してみませんか?」
「そうだな、戻ったら話してみるか」
まあ、それは先の話だ。
今は、三好の新しいペットの召喚だな。
「じゃ、そろそろ時間だろ。召喚するか」
「了解です」
三好は勢いよく立ち上がると、ドリーから出て、まわりのアンデッドを全て排除した。
「お見事。そういや、三好、すごいポイントが溜まってたぞ? 昨日だけで9ポイントとか。新方式って凄いな」
「え? 本当ですか? じゃ、召喚前にINTに振って貰おうかな」
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Name 三好 梓
SP 16.019
HP 27.00
MP 86.80 (130.2)
STR (-) 10 (+)
VIT (-) 10 (+)
INT (-) 50 (+)
AGI (-) 20 (+) (30)
DEX (-) 19 (+)
LUC (-) 10 (+)
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「こんなだぞ? INTでいいのか?」
「先輩、ピーキーなキャラメイクにはロマンがあるんですよ?」
「これって、現実なんだけどな、一応」
まあこんだけポイントが稼げるなら、他に振るチャンスもあるか。
「ほら、極振り。一応DEXだけ以前のもくろみ通り20にしといた」
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Name 三好 梓
SP 0.019
HP 27.00
MP 111.00 (166.5)
STR (-) 10 (+)
VIT (-) 10 (+)
INT (-) 65 (+)
AGI (-) 20 (+) (30)
DEX (-) 20 (+)
LUC (-) 10 (+)
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「おー。MP166ですよ。またアルスルズが強く……なりましたかね?」
まわりでアンデッドを近づけないように狩っている彼らを見て三好が言ったが、すでにこの辺のモンスターは一撃で倒してるからよく分からない。
「ま、たぶんな」
「うし、それじゃパワーアップしたINTで行きますよ!」
三好は天高く掌を突き上げて、叫んだ。
「サモン! グラス!」
三好は前回ととほぼ同じ位置で、前回とほぼ同じポーズを取った。
そうして前回同様、巨大な魔法陣が展開して、前回と……同様?
「ケンっ、ケンっ」
「なんじゃこりゃ?!」
俺は思わずそう言った。
そこにいたのは、ちょっと大きめのポメラニアンといったサイズの……見た目は、まるっきりスキッパーキ(*3)だ。目は金色だけど。
「ヘルハウンドなのか、これ?」
三好は感極まったかのようにふるふると震えていた。
「きゃー! 可愛い!! ほんとにできた!」
「まて、今何か聞き捨てならない台詞があったぞ」
そういや、こいつ以前プレ・ブートキャンプの時の農場で……
『カヴァスの小さいのとかがいたら、もうモフモフで可愛いんですけどね。きっと、ケンケンって鳴くんですよ!』
とか、言ってなかったか?
「ほら、先輩が、ダンジョンが意思を読み取って収束させるって話をしてたじゃないですか」
「あ、ああ……」
「だから召喚も同じかなぁと、そう思ったんですよ!」
「で、子犬っぽいのを召喚してみたと」
「可愛いですよねー」
三好はデレデレしながら、そいつ――グラスを持ち上げてなでていた。
「で、そいつ、戦えたり、入れ替わったり出来るわけ?」
もしも入れ替われたら、大きなヤツラの首がちょん切れるんじゃないの? 首輪のせいで。
「もー、先輩は、つまんないこと気にしないで下さいよ、カワイイは全てに勝るんですよ?」
「いや、お前な……ここへ何しに来たか覚えてるか?」
あまりの三好の壊れように、頭を抱えながらおれは聞き正した。
その時、三好の手から、ぺいっと飛び降りたグラスが、ててててと俺のところに走ってきて、前足を俺の足にテンと乗せた。
そして、オイ見てろよと言わんばかりにガンを飛ばすと――
「おお?!」
消えるような速度で、少し先にいたスケルトンに飛びかかり、あっさりとその頭部を粉砕していた。
くるりと身を反転させて、見事な着地を決めたグラスは、「へ、見たかい?」と言わんばかりのドヤ顔を決めた。
そのすぐ脇へ、三好の放った鉄球がドスドス突き刺さる。
それに驚いてよろけたグラスは、その場所に這ってきていたゾンビがいたのを見て、悔しそうに顔をゆがめた。
「まあ、ちょっと脇が甘いですけどね。おいで、グラス」
グラスが、とぼとぼと三好の足下まで寄っていくと、三好がわしゃわしゃと耳の後ろと顎の下をなでた。
いや、君たち。まわりでは結構戦闘が起こってますけど、何やってんですか?
「そうだ! 先輩!」
「なんだよ」
「入れ替わりで良いことを考えました! サモン! グレイサット!」
そう言って三好は次のヘルハウンドを召喚した。ま、まさか……
「ケンケン!」
召喚されたのは、見事にグラスと瓜二つのグレイサットだった。
「こうなってくるとグレイシックも小さくするべきでした……」
どうやら、グラスとグレイシックとグレイサットは、三匹がひとまとめの扱いのようだ。
今度、そのマビノギオンを読んでおこう。なんだか最近、俺だけが知らないんじゃないかと不安になってきた。
予定通り2頭を召喚した三好は、思った以上に溜まるポイントに味を占め、昼間もシャドウピット方式を使い始めた。
露払いはもちろん俺と、お供の4匹だ。
夜もひたすらドリーの中からそれを繰り返していた三好を見て、俺もスカイルーフから、アンデッドの撒き餌になりながら、2匹増えたアルスルズ達にお願いしてシャドウピット方式を試してみたが、視界がとぎれるのがどうにも慣れなかった。
そうして4日が過ぎ去って、2個目の闇魔法(Ⅵ)を手に入れると、翌朝、俺達は地上へと向かって出発した。
ポイント割り振り後、三好がシャドウピット方式で稼いだポイントは、なんと3日で27ポイントだった。
*1) スキッパーキ / Schipperke
真っ黒で狼のような形状の小型犬。ベルギー産。




