§099 ザ・デビュー 1/17 (thu)
こんばんは、之です。
本作品も、投稿開始から2ヶ月弱で100話とあいなりました。
これもひとえに、お読みいただける皆様のおかげです。
第6章から芳村も少しは積極的になるようです。引き続きお楽しみください。
物語も丁度中盤です。
リアルの〆切りのせいで更新速度がやや落ちる(1日おき?)かも知れませんが、ご了承下さい。
では、また切りの良い場所でお会いしましょう。
次の日の朝。事務所のダイニングに下りると、キッチンで三好が昨夜の洗い物を片付けていた。
「おはよー。ご苦労さん」
「おはようございます。今日も良い天気ですよ」
「おかげで寒そうだけどな」
ブラインドの隙間から覗く庭の寒々しい様子に、アルスルズのやつら寒くないのかな? とふと思った。
日本の童謡なら、雪が降ってくると、犬は喜んで庭を駆け回るものだが、何しろあいつら地獄の犬だから……寒いのって大丈夫なんだろうか?
まあ、寒きゃ、勝手に部屋の中に入ってくるか。
俺は、冷蔵庫から冷たい水を取り出してコップに注ぐと、それを持ってダイニングの椅子に腰を掛けた。
「先輩。キャシーが18層から帰ってくる前に、一度10層に行っておきたいんですが」
三好が、カウンター越しにそう言って、最後の皿を食洗機にセットしてボタンを押すと、手を拭きながらこちらへとやってきた。
「なんだ? バーゲストか?」
「それもあるんですけど、ほら、昨日もそうでしたけど、小麦さんたちにしばらく1匹貸し出しちゃいますよね?」
昨日は例の衣装合わせをした後、午後の2時過ぎに三代さんと小麦さんが訪ねてきた。
その際、ボトルとハンマーを渡して、詳しい育成プログラムについて説明して、ドゥルトウィンを貸し出したのだ。
今回は二人別々のシャドウピットになるから、アルスルズ達は前回よりも忙しいだろう。長くても3~4時間くらいで切り上げるように言って、装備の保管用にDパワーズで借りてある、代々木のレンタルロッカーの鍵を渡した。
「まあ、そこは仕方ないな」
「そうすると、キャシーに1匹、これはブートキャンプの連絡用ですね。それから、事務所に1匹、先輩に1匹、私に1匹で、貸し出す余裕がないんですよ。今はキャシーの分が不要ですから足りてますけど」
俺と三好と事務所には、どうしても必要だもんな。
なにしろ狙撃された前例がある。用心しておくに如くはないのだ。そういや、あのときの犯人どうなったんだろう。
俺は某田中氏の特徴のない笑顔を思う浮かべて、身を震わせた。
「だから2匹くらい追加で召喚しておこうと思いまして」
三好のINTは50に達している。数字の上からは、12匹の召喚が可能だ。
ただ、アルスルズの強化指針としてカヴァスから聞き出した内容に「主の(たぶん)MPの増加に連動してステータスが増える」というものがあったため、多数の召喚を行うと割り振り先が増えて1頭1頭が弱くなるのではないか? という懸念があった。それで追加の召喚を控えていたのだ。
もちろんご褒美の魔結晶の消費量が上がりすぎるという、現実的な問題もあったのだが。
「それなら別に、ここで召喚したって良くないか?」
「先輩。アルスルズって、最初から結構強かったじゃないですか」
「そうだな」
「あれって、召喚場所も影響してるんじゃないかと思うんですよ。ほら、アーシャの時を覚えてます?」
「ああ、Dファクターの濃度が関係するんじゃないかって、あれな」
「あれと同じ事が、召喚にも言えるような気がするんですよ」
召喚は謎の魔法だ。
もしも対象が最初から存在している何かで、それをどこかから呼びだしているとすると、ヘルハウンドが棲んでいる場所があることになる。
もちろんそれはどこか別のダンジョンなのかもしれないが……
それよりも、召喚という名目で、それが行われた瞬間に、その個体をダンジョン、延いてはDファクターが作り出すと考えたほうが納得できるような気がするのだ。
その場合、召喚場所が影響するというのは当然のことだ。
「それならもっと深い階層で召喚してみるとか?」
「それも面白いんですけど、ほら、アルスルズって、影渡りで入れ替わるじゃないですか? だから意味はないかも知れませんけど、できるだけ条件を一致させて召喚しておきたいんです」
「条件を変えたばかりに、2頭が入れ替われないなんてことになると可哀想だもんな。じゃ、ちゃっちゃと行ってくるか。どうせ魔結晶の在庫も増やしておかないといけないし、バーゲストのオーブも欲しいしな」
◇◇◇◇◇◇◇◇
俺達は、久々の遠征で、かつ最長5日間におよぶことを鳴瀬さんに報告してからダンジョンへと潜った。
いつもの通り8層で豚肉を食べて、午後も遅い時間に9層へと下りて行った。
そうして、あと少しで日が落ちる頃、10層の階段からかなり離れたところで、それは起こった。
「誰かが付いてきてるな」
「え? もう日が暮れますよ? その人達大丈夫なんですかね?」
この辺りの地形はアップダウンが激しくて道もグネっているから、すぐには視界に入らないだろうが、距離は数百メートルといったところだろう。
「まさか代々木初心者で、同化薬が夜の訪れと共に役に立たなくなることを知らないんじゃ……」
「そんな初心者は、普通10層へは来れませんよ。どっかの特殊部隊かなにかですかね? ダンジョンの訓練がいまいちの」
わざわざこんなところで階段と逆の方向へと移動してるんだ。俺達を追いかけてきている可能性は高いだろう。
特に関係ないと言えば言えるが、気がついてしまった以上、見捨てるってのも夢見が悪そうだしなぁ……
その時三好が、目を輝かせて言った。
「先輩! これってデビュー案件では?」
「はぁ? 10層でこっち来てるの俺らしかいないじゃん」
3秒で正体バレますよ?! 三好さん。
「そこは向こう側へ回って、いかにも階段側から助けに来た感じで」
「どうやって回り込むんだよ?」
「ドゥルトウィンに頑張ってもらえば簡単ですよ!」
「小麦さんのところじゃないのか?」
「今日はグレイシックが行ってるみたいですよ」
「ふーん」
影に物を入れるのは比較的簡単だが、大きな物をいれたまま引きずって歩くのはなかなかの重労働らしいが……
「魔結晶何個分くらいだ?」
そう言うとドゥルトウィンが出てきて、てしてしてしと3回俺の腕を叩いた。
「3個か?」
「ウォン」
足元を見られたような気もするが、しかたがない。背に腹はかえられないのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
『おい、さっきから、まわりの様子がおかしくないか?』
4マンセルで歩いている男達のうち、先頭を進んでいた男が、今まで全然こちらを気にしていなかったまわりのアンデッドが、時折立ち止まっては、こちらを見ているような様子を気にして言った。
階段を下りて以降、まわり中をうろうろしているアンデッド達の、まるで俺達が見えないかのような振る舞いに、安心して追いかけてきたが……
『こんなところで、同化薬の効果が切れるのは勘弁だぞ?』
『いや、たしか最低でも4時間は持つと聞いたが』
しかし、まわりの化け物どもは、確かに立ち止まってこちらを見ている。
『これ、やばいんじゃないか?』
『しかし、Dパワーズの連中は、この少し先にいるはずだろう。あいつらはなんで平気なんだ?』
『いや、それより引き返さないか? こいつら、なんだか……』
そこで、リームのリーダー然とした男が、自分達のモットーを口にした。
『ここは10層だ。C8(*1)で充分対応できる。危険を冒す者が勝利する。そうだろ?』
残りの男達も、それを聞いて落ち着きを取り戻し、今まで以上にまわりに警戒をしながら、前を行く連中を追いかけようとした。
そうして、最後の残照が消えたとき、突然、側の墓石の影にいたゾンビが男達に襲いかかった。
あまりの突然さに、襲われた男は思わずC8の引き金を引いた。フルオートで撃ち出されたそれは、数秒でマガジンを空にして、襲ってきたゾンビを挽肉に変えた。
『馬鹿野郎! セミ――』
セミオートで使え、と言おうとしたリーダーの台詞は、それまで立ち止まっていたモンスター達が、銃の発射された音と同時に津波のように襲ってきたことで中断された。
男達は、固まって、まわりに向かって銃弾をばらまき始めた。
しかし1本のマガジンをフルオートで撃てば、僅か2-3秒で空になる。一人数本のマガジンで、どうにかなるような状況ではなかった。
『セミオートで丁寧に始末しながら、脱出する!』
『『『了解』』』
しかし脱出と言っても、いったい何処へ?
囲まれているだけなら、その包囲網を突破すればいいだろうが、ここは何処まで行っても全てが敵だった。
階段に戻れるまで銃弾が持つことは、今沈んだ太陽がもう一度昇るくらいありえそうになかった。
くそ、ここで死ぬのか? とリーダーの男が覚悟したとき、その不気味な声は、彼らの後方、階段に近い側から聞こえてきた。
『なにかお困りかね?』
後ろを振り返ったリーダーの男は自分の頭が恐怖のあまりおかしくなって幻影を見ているのだと思った。
そこには、墓石の上に格好をつけて立っている、ホワイトタイのフォーマルを着た、仮面の男が中折れ棒に手をあてて立っていたのだ。
『誰だ! 貴様は?!』
『誰? そうだな、今は君たちの、セイヴァーかな?」
男はそう言って、右手で帽子を取って脇に仕舞うと、左足を下げて膝を曲げプリエの形をとり、腰を折ってお辞儀した。
まるでこれから宮廷でダンスでも始まるかのような挨拶だ。
男はまるでここが、オペラのステージになったような非現実感に捕らえられていた。
セイヴァーだと? こいつ救い主気取りのバカなのか?
……だが、助けが欲しいのは、間違っちゃいない。リーダーは素早く左右に目を走らせると、諦めたようにそう考えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ふー、18世紀の挨拶なんて、なんの役に立つんだと思っていたが、さっそく使うはめになるとは。
うまく決まったとは言え、何処かから見ているに違いない三好が、腹を抱えていることは間違いなさそうだ。
装備からするとイギリスの特殊部隊っぽいが……あーあ、あんなに弾をばらまいてちゃ、すぐに弾切れで潰されるぞ?
『もう一度聞くが、なにかお困りかね?』
『た、助けてくれ!』
『承ろう』
水魔法は結構使ってるから、ここは誰にも見せたことのない極炎魔法1択だ。強力だしコスプレにも相応しいだろう。三好は充分に離れているとは言え、インフェルノはあまりに酷かったから、あれはナシで。
俺はふわりとジャンプすると、彼らの側の墓石の上へと降り立った。
そうして、イメージするべきは、自らと守るべきものを中心に広がる青き炎のリング。
それは触れたものを生まれてきた場所へと送り返す聖なる炎。青く白く、全てを無に帰す超高温の恒星の炎――
俺を中心にDファクターの渦が生まれ、それに気がついたモンスター達が動きを止めて、一斉にこちらを振り返った。
俺は、レンブラントやルーベンスの受胎告知(ルーベンスハイスの1628版だ)に描かれたガブリエルのごとく、右手で天を指し示しながら、完成した魔法の名前を唱えた。
『シリウス・ノヴァ!』
その瞬間発動した青き炎のリングは、それに触れたアンデッドを全て蒸発させながら数十メートルに渡って広がっていった。
呆然とそれを見送る男達にちらりと視線を投げかけると、ちゃんと練習したネイティブっぽい発音で、「Au revoir(*2)」と言いながらマントを翻した。
その言葉に俺を振り返った彼らの目には、翻されて作られたマントの形状が、重力によって溶け落ちていくのが映っただけだったろう。
それは、まるで今までそこにいた男が、突然溶けてなくなったかのように見えたはずだ。
『消えた? ……今のは死の間際に興奮した脳が見せる幻だったのか?』
そう呆然と呟いた男の背を、リーダーの男がバンと叩いて正気へと引き戻すと、『幻でもなんでもかまわん、道は開けた! 行くぞ!』とチームを率いて階段に向かって走り始めた。
残された弾数は少ないが、集まりきる前のモンスターを蹴散らして、行く道を切り開く位のことは出来るだろう。
しかし、幻だと?
リーダーの頭の中には、それまで誰にも目撃されたことすらなく、存在すら疑われていたエリア12のランク1位の2つ名が、繰り返し響いていた。まさかあれが?
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ぶはー」
シャドウピットから出た俺は、元の装備に着替えると深く息を吐き出した。
着替えも、一瞬で保管庫内のものと入れ替える練習をしたのだ。所謂早替えってやつだ。
「お、オゥヴァ……オウヴァあああ」
戻ってきた俺の姿を見て、三好はいきなりそう言いながら、肩をふるわせ、口を押さえ、涙を浮かべながら笑いをこらえていた。
「な・に・を・笑ってる? やれって言ったのお前だろーが?!」
俺は三好の顔をアイアンクローで握りながら、怒りの笑顔を浮かべてそう言った。
「あ、あたたたた、先輩、痛い! 先輩のステータスで握られたら頭潰れますから、やめてー」
俺が手を放すと、こめかみをすりすりとなでながら、改めて三好が言った。
「し、しかし本当にやるとは……白いバラでも咥えさせたほうが良かったですかね?」
「どうも、三好君の頭は余計なことばかり思いつくようだね。必要ないなら握りつぶしてあげないといけないかな?」
俺はにっこり笑ってボイスチェンジャーを通してそう言った。これを使うと、誰でも不気味な声になれるのだ。
「え、遠慮しておきます」
「しかし、やっぱこれ、めちゃめちゃ恥ずかしいぞ」
「それにしちゃ、なかなか 堂に入ってましたよ。ちょっとキザったらしすぎて、好みは別れそうですけど、やはり世界チャンピオンはエキセントリックかつ孤高でなければ」
「おまえの、そのイメージってどっから来てんの?」
まあ突然だったので、キャラが定まらないのは仕方がない。
今後どんなキャラで行くのか考えとかないとなぁ……無口なタイプが楽で良いんだが。
「実際、客観的に見れば、なかなか格好良かったですよ。あの人達も呆然としていましたし、あの魔法も派手で良かったです」
シリウス・ノヴァ!と言いながら、三好が俺の真似をした。
「あれなぁ……かなり最低なんだよ」
「なんでです?」
「下ふた桁がどうなってるのかわからなくなった」
「……それは最低ですね。これからバーゲスト退治だってあるというのに」
「もう一周させるしかないか。幸い敵はいくらでもいるし」
俺はさっきから目の前に出ていた、スキルオーブの選択肢に注意を向けた。
どうやら、シリウス・ノヴァの最中に、下一桁00をクリアしたらしい。
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スキルオーブ 生命探知 1/ 20,000,000
スキルオーブ 腐敗 1/ 400,000,000
スキルオーブ 感染 1/ 900,000,000
--------
「三好ー、感染とか、腐敗とかいるか?」
「いりません。ていうか常時発動だったりしたら、人間辞めなきゃだめなヤツじゃないですか、それ」
「だよなぁ。使えるものは生命探知くらいしかなさそうだ」
「ならそれにして、重ね実験にでも使えばいいんじゃないですか?」
「そうだな。オーブの鑑定用にいるかと思ったんだが」
「そんな名称のオーブ、手に入れたとしても、いきなり使う人はいないでしょうから、後でいいですよ」
「じゃ、そうするか」
俺は、生命探知を取得した。
辺りはもう夜になっていて、俺達のまわりではカヴァスとドゥルトウィンがまわりのアンデッドを蹴散らしていた。
「とにかくいつもの丘のあたりでドリーを出して休もうぜ」
「了解」
そこからはいつものような割り当てで、手当たり次第にアンデッドを倒しながら、いつもの丘を目指していた。
いつもと大きく違うのは、三好が小さな鉄球を多用していることくらいだろう。コスト削減なんだとか。
しばらくすると、オーブリストが表示された。スケルトンだ。
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スキルオーブ 生命探知 1/ 20,000,000
スキルオーブ 魔法耐性(1) 1/ 700,000,000
スキルオーブ 不死 1/ 1,200,000,000
--------
これでやっと下一桁が分かるようになった。
俺は魔法耐性(1)を取得すると、後はきちんと数を数えながら処理していった。
しばらくして件の丘にドリーを出して陣取ると、食後に三好が、面白いことを始めた。
いつも通りカメラ越しに鉄球を撃ち出してモンスターをしとめる毎に、カヴァスのシャドウピットに入るようになったのだ。
「どうです?」
そう聞いてきたので俺はメイキングを起動してチェックした。
もちろん、1層でテストしたときと同様、経験値取得はリセットされているようだった。
おれは、箸を加えたまま、彼女にOKマークを作って見せた。
それを見た三好は、俄然やる気になったらしく、凄い勢いで俺の目の前で、消えたり出たりを繰り返していた。
見てるとなんだか目がちかちかしてきたので、いつものように、スカイルーフから外へ顔を出し、下一桁が99になるように調整した後は、バンクベッドへ転がって、時々顔を出すことで、まわりのアンデッド達がとぎれないように調整した。
三好は黙々とシューティングを繰り返しているが、あまり素早く繰り返すと、まるで三好が点滅しているみたいに見えて気持ち悪かった。
そしてしばらく経った頃、ついに鎖を引きずる音が聞こえてきた。
「来たか」
そう言って俺は、バンクベッドから飛び降りた。
「どっちだ、三好?」
「車の後方ですね。まだ少し距離がある感じですけど……」
後部方向のモニタに、霧の塊が映っている。
「普通のバーゲストっぽいな」
「そんなにほいほい特殊個体が出てきたら、たまりませんよ」
「時間は?」
「20時47分です」
「こっから3日は辛いねぇ」
「とりあえず下に行ってみるってのもありじゃないですか?」
「それもどうかな」
「なんでです?」
「後で説明する。バーゲストのやつがこっちに近づいてきたみたいだ」
「了解」
そうして、その日の夜、俺達は待望の闇魔法(Ⅵ)をゲットしたのだった。
*1) C8
コルト・カナダ社が作っているM4カービン。
ここは、C8 SFW(Special Forces Weapon) L119A のこと。SASが使っている(あっ)
ちなみに、Who Dares Wins / 危険を冒す者が勝利する、は隊のモットー
*2) Au revoir / オゥヴァ
フランス語でさようなら。オーヴォアとカタカナ表記される事が多いが、どっちかというとオゥヴァな感じに聞こえる。
ガストン・ルルーがフランス人なので、それにあやかったものと思われる。




