第39話 喪失と再生
「で、どうするんだ?ユキテル……帝都でルルと軍が暴れてるぞ!」
「ステラ……。ちょっと神殿に行ってくる……」
「あ?そんな暇あるのか?もう王宮もメチャクチャだぞ?」
「ステラさん……。もう陛下たちは退避されておいでですから……大丈夫ですよ」
「……お兄ちゃん?考えがあるの?」
「ああ、ずっと考えてることがあってな……少し神殿で頭冷やしたいんだ……」
さすがにネルは勘がいいな……。
付いてきそうなネルに目配せすると、わかったと言わんばかりにウインクしてきた。
まだ何か文句を言い足りなそうな、ステラを押しのけるように、独りで神殿の礼拝堂に向かった。
ずっと心の隅で燻っていた……。
ルルは……そもそも人なんだろうかということを……。
しかし……人であろうがなかろうが……。ルルはルルだ……。
そんなどっちともつかない気持ちが、ずっと俺の中で振り子のように揺れていた。
***
神殿の礼拝堂—— ルルがいつも祈っていた場所……。
今は主人もおらず、ただ静かだ。
大樹のそばに行き、俺はそこに静かに正座した。
もし……もしこの世界に神がいるなら……。
大樹こそ、きっと……。
そして静かに大樹に語りかけた。
「大樹よ……。ミーミルさん……。いるんだろ?智慧を借りたい……」
(……ああ、なんじゃ……。珍しいの……大巫女はどうした?)
あれ?思ったより早く反応があった……。
このじいさん……。待っていたのか……。
「……ルルが操られて、暴れています……助けてください……」
(…………懐かしいのぅ……。ぬしが助けを乞うのは、これで2度目か……)
「2度目?」
(……忘れておるのか……? まあ、いいじゃろ……。ぬしの頼みだしの)
「……移動魔法の連続使用で、ルルの持ってる杖を奪いたいのですが……可能でしょうか?」
……どうしたんだ?俺は……。
なぜ、今、思ってることと違うことを尋ねたんだ?
ルルが人でないことを確かめるんじゃなかったのか……。
……恐れてるのか?
ルルが人でないことがわかってしまうのが……。
心の奥底の不安が溢れてしまうのが……怖い……のか。
(……お主……死にたいのか……。下手すると肉体も精神もバラバラになるぞ……)
「……かまいません……ルルに召喚されたんだし、もう他の誰も傷ついて欲しくないから……」
大樹の精霊は、少し考えてるように感じた。
ルルが……ルルが人でないとしても、傷ついて欲しくはない。
ステラもジェシカもネルも……傷ついてもらいたくない。
この気持ちだけは確かだ。
少しの間、間があった……。
大樹の葉が揺れた気がした。
(結論から言うと可能じゃ。それに杖は……中王国にあったものを持ち去った奴だろうの。お主が考えてる通り、大巫女は操られてるだけじゃ……)
「……わかりました……やってみます。ありがとうございました」
(……うむ。あ、それからの…………行ってしまったか……歴史は繰り返す……か)
そっか……。可能なのか……。
やってみるか……。ルル、きっと助けてやる!
***
「本当にお前たち、付いてきたんだな……死ぬかもしれんのに……」
「ば——か、あたいたちはお前の女房だぞ?な、ジェシカ!」
「はい!後方支援くらいできますよ。ユキテルさん」
「僕も頑張るよ!お兄ちゃん!」
「みんなで帰ろうな!」
満面の笑顔で応える、ステラ、ジェシカ、ネル……。
……ありがとう。みんな……。
彼女たちには、後方支援に回ってもらうことになってる。
ネルは多少の傷なら治癒できるし、空が飛べるので連絡係もできる。
ジェシカは武器補給係だ。
武器は……。
考古学者なら、必須の五寸釘と水糸と移植ゴテだ。
こちらの世界には五寸釘はなかったので、似たような釘を作ってもらった。
水糸そのものもなかったのだが、釣り糸を代用することにした。
愛用の移植ゴテは、いつもよりよく研いである。
皮膚くらい簡単に切れるくらいに……。
これは万が一、兵士が襲いかかってきた時のための護身用だ。
糸と釘で、ルルの自由を奪って妨害する。
それ単体では取るに足りないし、オモチャみたいなものだ。
そんなオモチャでも、数が多ければ鬱陶しいものになる。
その隙に小さな<移動魔法>を繰り返して、少しずつルルに近づいていく作戦だった。
そう……できる限り、近接戦に持っていくために小道具を使うんだ。
充分に近くなければ、ルルから杖を奪えないし、攻勢魔法も食らいやすくなる。
俺は軍事の経験もないけど、これがみんなで考えたやり方だ。
一方、多少は軍事の経験があるステラは……
……ここからでも彼女の怒声が聞こえる……。とっくに先陣を切って突撃していた。
彼女にはルルの周りにいる軍を鎮圧する役割がある。
ステラの周りを見渡すと、人、人、人、人……かつて人であった肉片……。
みんな血で染まり、腕がないもの……頭が半分割れているもの……。
そんな惨状がステラの周りにあった。
……死ぬなよ……ステラ……。
初めて告ってくれた人……。
いつもお前には励まされて、怒られて……。
……向こうでルルが俺に向かって叫んでる……。
顔の半分は返り血を浴び、真っ赤に染まって……。
あれ……?
この光景を……どこかで見たような気がする……。
大きな剣をこちらに向けている……。俺に向かって、走ってくる…………。
さて……。
目を閉じて……。集中する。
一気にルルのところへと、<移動魔法>で近寄った。
……よし!水糸や釘の射程範囲に入った。
「ルル!行くよ!ちょっと痛いけど、我慢してくれ!」
口に咥えてた釘に糸を巻きつけ、それをルルの周囲に撒き散らした。
上手く絡まってくれよ——。
ルルの反応は思ったより素早く、そんな糸をやすやすとくぐり抜けていく。
そして無詠唱で雷撃を放ってきた。
すかさず、<移動魔法>で、ルルの後方へ回り込もうとする。
ヒュン!
わ!反応速い——。ルルはいつの間に反転してくる。
そのままこちらへ、自分の背丈程もある大剣を、いとも軽々と振るってきた。
ゴ——!
頭上から真っ直ぐに音をたてて、振り下ろされてくる巨大な刃物。
<移動>で背後に回り込もう……。
……え?真上じゃないだって……。
ルルの剣が俺の腹に突き刺さる。
熱い—— 腹の中が焼けそうだ……。身体が焦げそうだ……。
ジェシカやネルが、遠くで俺の名前を叫んでいる……。
目の前のルルの瞳が、炎のように真っ赤に揺れる……。
鉄の匂いがする……。血の匂いだな。
自分の腹から大量の血液が流れていくのがわかる。
……寒い……。寒い、サムイ……。
寒い……。
「ユキテルぅ————!」
遠くでステラが、悲鳴を上がるかのように、名前を叫んでるのが聞こえた。
そうだった……。帰るんだ……みんなで……。
——っ!腹に激痛が走る。まだだ……まだ……。
ルル……お前を助ける……ん……だ。
ルルの顔が滲んで見える……。左の杖だ……。それを……。
残る力を振り絞り、<移動>で、ルルの背後を……。
……。
「ハナセ! カエセ ツエヲ……」
「……る、ルル……。みんなで一緒に帰ろう……」
気がついたら、俺は、ルルを後ろから、羽交い絞めしていたのだ。
そして、杖を……自分の手に……。
「わ、このドジ巫女!暴れるな!」
必死に杖を取り返そうとするルルが、俺の腕の中で暴れた。
「ワレヲ スノー ノ モト へ カエセ!」
スノー?何言ってる……ルル……。
あ!杖が……。
血だらけの俺の手から、杖が滑ってしまった。
咄嗟に、俺は<破壊魔法>を杖にかける。
ズブ——ッ!
一瞬、全身を電撃のような鮮烈な電流が貫いていった。
その杖は……その杖は……。
……ルルと俺の胸を……貫いていき、黒い霧となって消えた。
***
———— ここは……どこだ?
死んだのか……。
ん?あれは……。
薄水色に光り輝く柱があり、 俺を呼んでいた。
柱の中は液体で満たされており、少女は俺に気づくと、はにかんで手を振って呼んだ。
「……スノー……おはよ」
「ああ、おはよ、ルル……」
……愛らしい……。
そうだったな……。
突然、こっちの世界に投げ出されてしまった俺は寂しかった……。
だから、大樹の精霊の力を借り、初恋の人に似せて、彼女を創った。
彼女と暮らすこの世界は、全てが美しく輝いて見えて、楽しかった。
それが……。
彼女は買い物の帰りに、中王国の忌々しい黒霧に連れ去れた……。
そして、彼女は黒霧に抵抗し……この世界を可能な限り、破壊し尽くしてしまった……。
俺から離された怒りと悲しみのあまり、暴走する彼女をようやく留めたのは良かった。
しかし、こんな大災厄をもたらした彼女と俺は……。
世間の冷たい目に晒された俺は、元の世界に帰りたくなった。
すると彼女は魔力を使って、俺を元の世界に戻した。
彼女が別れ際に言った言葉が蘇る……。
なぜ……こんな大事なことを忘れていたんだろう……。
『幾千万の夜と幾億の昼、幾兆のはざまで、再び貴方と逢える時を待ってます』、と……。
***
「……るさん?……ユキテルさん……」
「………る、ルる?……げぼっ!」
血の塊が自分の口から吐き出される。
ああ。そうだった。
俺はルルと取っ組み合いの末、杖で自分たちの胸を刺しちゃったんだったけ……。
杖が消えたから、ルルも元に……良かった……これで安心して……。
「ユキテルさん……夢を見ました……昔の夢を……」
「……お、お前を……げぼっ!創った夢か‥‥?」
「……はい。今と同じくらい幸せでした」
……やめろ……。俺はそんな……そんな……。
もういいよ……自分のエゴからお前を創り出したんだから……。
「今度も助けてもらいました……。ありがとう……」
「……俺は……お前をただの………げぼっ!ゲホ!」
「……ユキテルさん……いいえ、スノー……私も含め、みんなそう思ってませんよ……。貴方は優しい人です……」
「………」
「……貴方は生きてくださいね……残りの全魔力を差し上げます……」
「ばか!それはやめろ!俺なんかどうでもいいから、みんなのところへ戻ろう……」
しかし、ルルは全身を震わせ、太陽のように光り輝きはじめた。
まるで超新星が爆発するかのような輝き……全魔力の移譲……。
そのあとには……もう……
ルルは消えてしまっていた……。
ふっと、ロウソクが自然に消えるかのように、ルルの気配がなくなった。
「……ルル!ルル!ルルゥ————!」
ありったけの力を込めて、彼女の名前を呼んだ。
……にこやかな笑顔も声も,もう……。
彼女の全魔力なんていらなかった……。
その魔力を自分の治癒に使って欲しかった……。
わがままな俺のことなんかどうでも良かったのに……。
「わあああああ!ルル!ルル!ルル——!一緒にいたいって言ってたのに……言ってたのに!ばかだ!俺は大馬鹿ものだああ——!」
ただただ、しゃがみ込んで涙することしかできなかった。
***
『私に愛を教えてください』
そうだね……。
まだ君に教えていなかったね……ルル。
『死にたくない!ずっと一緒にみんなといたい』
約束を守れなかったよ……ルル。
俺はルルがいなくなったその場で、ずっと探し物をしていた。
思い出すのは……ルルとの思い出ばかりだった。
そしてそれ以前の思い出も……。
結局、『大戦』を拡げたのはルル本人だし、そのルルを創ったのは俺だ。
……『大戦』の原因も終結させたのも自分自身……。
マッチポンプ……だな……。
そして今までの遺跡の出土品は、かつて自分が残したものだったとは……。
…………後悔ばかりだ。
「ユキテル!何いつまでも探してるんだ?」
「ああ、ステラ……ルルの種子だよ……」
そう応えると、ステラたちは俯いて、一緒に探しはじめた。
ルルが全魔力を注ぎ込んだためか、腹と胸に開いていた傷は全くなくなっていた。
その傷跡が、あたかもルルであるかのように、優しくさすりながら種子を探し続けた。
「………あった……これだ……」
ルルの種子……。米粒大ほどの小さな小さな種子。
嬉しくて、ついつい光にかざしてみた。
ルルの……ルルの輝きだ……。間違いない……。
元どおり再生する確率は1パーセント以下だ。
それでも……。元のルルが再生しなくても……。
この種子を植えて、育てるよ……。
だって、この種子はルルの命のカケラだから。




