第37話 魔導兵器ルル
「ん……。ああ、ターちゃんか……」
朝、起きるとターニャが甘えるように、頬を俺の顔にくっつけていた。
……子猫のようで可愛いな……。
胸元にはステラが……下半身は俺に跨ったまま寝ている。
野獣というか、女豹というか……。
左腕にはジェシカが柔らかい肢体を絡ませている。
昼間はしっかりしてるけど……夜はね……王女様とは思えない……。
「あ……ユキりん。おはよ」
「ターちゃん、おはよ。昨日はすごかったね……」
「えへへ。……すごく良かったよ。効果てきめんだね……ユキりん」
頬をうっすらと赤く染めながらも、頬をスリスリしてくる。
「ん……。ユキテル……おはよ……って、まだこのままだったな……」
「うん……。あ、ユキテルさん、おはようございます。効果すごいですね……」
よっこらしょと、下半身から離れて、そそくさと服を着はじめるステラに、起こされたのか、ようやくジェシカも目が覚めたようだ。
3人とも、昨夜、ソレにかけた身体強化の魔法の威力が、お気に召したようだ。
……正直言って、それよりも腰の方も身体強化してほしいんだ……。腰痛が……。
「ところで!ターニャ、ルルたちの居場所わかるか?」
「……はい。ステラさん……知ってますよ……案内します」
腰に手を当て、ターニャを見下ろているステラに、少し震え声で応えた。
「……ま、着替えてからな」
にかっと笑うと、ステラはターニャに服を放った。
***
「……本当にここなんだろうな?ターニャ……」
「……はい。ルルはこの奥、ネルはその手前の部屋です」
ここは王宮の地下牢だ。その中でも特に地下に下がった狭い回廊だ。
ステラが言うには、ここは重罪な政治犯を収容するところだそうだ。
確かにネルの反応が強くなってくるのが感じられる。
……こんなところにルルやネルが……。
一刻も早く連れて帰りたいよ……。
「あ、ここですね……ここがネルがいるところです」
ターニャが解錠の呪文を唱えると、重い扉が軋んだ音を立てて、ゆっくりと開いた。
「………お、お兄ちゃん……」
「ネル!ネルなのか……?」
ネルは両手を鎖で縛られていた。
それに……あれ?
胸が膨らんで……?
ネルの側に寄っていくと、その身体の変化がはっきりとわかった。
それもはっきりと女性のような体型になっていた。
ほど良い大きさの胸の双丘に、きっちりくびれた腰……丸いお尻……。
そして、気のせいか、羽根もより大きく輝き、文様もはっきりとしていた。
……妖精のようだ……。きれいだ……。
「だ、大丈夫か?ネル……」
「うん!お兄ちゃん。僕、ここで大人になっちゃった……えへへ」
「お、大人って……。ま、まさか将軍に変な事されたのか?」
「……お兄ちゃんのえっち……。そっちじゃなくって、大人に羽化したんだよ……」
そう言うとネルは、足元に散らばっている羽根や皮のようなものを、顎で指し示した。
「あ、この鎖……」
「あたいが外してやるぜ。ネル……。痛かったろ?」
ステラが手錠にふんっ!と力を加えた。
すると針金が切れるように、あっさりと手錠がきれいに外れた。
「ありがとう。ステラ姉ちゃん」
自由になったネルは、ステラに礼を言いつつ、俺にしがみついてきた。
両腕だけではなく、大きくなった羽根で包み込むように抱き締められたのだ。
「わ……。こ、こら。胸が当たってるぞ……」
以前のように、無邪気な子どものように抱きついてきたのだが、身体はもう成熟した女性そのものだ。
それにネルは、今、服を着ていない。つまり全裸だ。
こちらとしては何だかイケナイ気持ちになってしまう……。
「えへへ。これでお兄ちゃんのお嫁さんになれるね」
「……こ、こら、ネル。後でな……。ルルも助けなきゃだろ?」
「うん!わかった。ルルお姉ちゃんは隣だよ」
こうして、ネルを無事に救出できた俺たちは、隣のルルのいる部屋へと向かった。
***
「……お兄ちゃん……ルルの他に誰かいるよ」
「そうみたいだな……」
強い魔力の持ち主であるネルが、いち早く部屋の中の状況を教えてくれた。
……気配を消してるようだけど……。
誰だ……。いったい……。
「ええい!面倒くさい!こう言う時は正面突破だ!」
「あ、ダメですよ……ステラさん!」
気が短いステラが、ジェシカたちの制止を無視して、お得意の廻し蹴りで扉を蹴破った。
ドシ——ン!
「げほげほ……ステラ!考えて開けろ!こうなるのはわかってただろ?」
「面倒だろ!ルルはどこだ……?」
重い扉を一気に蹴破ったため、周りに土埃が舞った。
その土埃の中で、ルルの姿を探した。
薄っすらと周囲の状況がわかるようになってきた、その時!
ビシャ——!
雷撃が頬をかすめていった。頬からは焦げた臭いが少しした。
もう少しで直撃して意識を失うところだったな。
……今の雷撃……無詠唱だったぞ……。誰だ?魔術師か?
視界が晴れてくると、薄っすらとルルの姿が見えた。
「ルル!助けに来たぞ!」
そう叫んで、彼女の元に走ろうとすると、再び雷撃が真正面から放たれた。
「わ!どうしたんだ?ルル?俺だよ?」
ルルの放った雷撃をガードしながら、俺は叫んだ。
ビュッ!
鋭い音を立てて、刃のようなものが飛んでくる。
そrは実際の刃物ではなかった。よく見ると空気の塊……。
かまいたちのようなものか……。
その刃をどうにか避けようと、身体をかわした。
「ユキりん!後ろ、危ない!」
背後にいたターニャが飛び出してくる気配を感じた。
……げ!ブーメランのように戻るのか!
そう思って、振り向いた瞬間、ターニャの胸に刃が突き刺さっていた。
「——っ!ゆ、ユキ……げぼっ!」
刃が突き刺さった胸を押さえながら、ターニャは床に崩れ落ちるのを見て、ステラはルルに向かって、走っていった。
「うおお!ルル!てめえ!友達の顔もわかんないのかよ!」
その勢いのまま、ルルに魔力を込めた廻し蹴りを放った。
……あ、それはやりすぎだろ?ステラ……。
彼女の本気の廻し蹴りの破壊力は、神殿の柱を粉々にしてしまう程なんだ……。
「ステラ!それはやりす……!」
苦しそうに床にうずくまっているターニャを抱き起こしながら、ステラに声をかける。
次の瞬間、ステラは壁に飛ばされたのだ。あっと言う間だった。
「うげっ——! 痛ええ——!」
壁に激突したステラは、そのまま壁にへばりつくように流血していた。
「何するんだよ、ルル。助けにきたんだぞ?」
「……センメツ スル」
俺が見上げたルルは、以前のルルではなかった。
右手には自分の背丈くらいの大剣を持ち、左手には見たことがない杖を持ち、高く上げていた。
いつも穏やかだった深碧の瞳は、憤怒の赤で染まって炎のように輝き、俺たちを捉えていた。
誰にでも柔和に接していた彼女は、もう微塵も感じられなかったのだ。
……これがルル?
…………嘘だ!嘘だ!嘘だ!
これはルルじゃない!ルルはきっと他のところへ……!
「げぼっ……ゆ、ユキりん……早く移動魔法で……げぼ……」
「お兄ちゃん!早く早く!逃げないとルルに皆殺しにされちゃうよ——!」
息も絶え絶えになってるターニャを抱きしめながら、彼女たちの言う通り、俺はみんなに<移動魔法>をかけた。
俺は移動している僅かな時間の中、ルルが以前、話していたことを思い出していた。
『私は魔導兵器のようなものです……』、っと……。




