第33話 あらざるモノ
「……どうしたもんかな……これ……」
俺は戸惑っていた。
そこにあったのは明らかにこの世界には存在しないもの。
「ユキりん……なにこれ……怖い……」
そばにいたターニャが、俺の服の裾をギュと握る。
そのモノは、一見、人の死体のように見えた。
その死体は腕が折れ、胴体の中からは錆びた歯車が見えていた。
「……隊長……これって……」
口に手を抑えながらアエラは震えていた。
……確か、時計以上精密な機械ってないんだよな……ここ。
でもこの世界で、一番古い時代だと言われている、『緑の時代』よりも古い地層から、時計以上の精密なものが出ている。
考古学の視点から考えれば、答えは簡単だ。
かつて高度な機械を作る文化や文明があったが、滅んでしまった可能性がある
それが一番納得できる答えだ。
「お——い、ステラ、ジェシカ!ちょっとこっち来てくれ!」
少し離れたところで、調査していたステラたちを呼んだ。
……でも本当のところは、彼女たちと話をして安心したかった……。
「何よ!ユキテル!……あ!何?これぇ!」
「……何ですか、これは一体……」
ステラもジェシカも目を大きく見開いて、驚愕の声をあげた。
「……何って、見た通りの人の形をしたモノだよ……」
「……これ、生きてるみたい……?」
ステラはそう言うなり、興味深そうに死体のように冷たい機械に触れる。
その機械は、ちょんとステラが人差し指の先で触れただけで、触れた部分がボロボロと落ちた。
「意外とボロいのね……」
「そのようだね。ところでステラ。これ、どう思う?」
「ん——。人の形をした機械だね……。あ、いかがわしい本に、大昔、機械だらけだったって話が載ってたような……」
「いかがわしい本?」
「ゆ、ユキテル!そ、そういう本じゃないわよ!オカルト的な本よ!」
急に両手を左右にふるふると振って、顔を上気させてるステラ。
何慌ててるんだ、ステラ……
はは—ん。仕事中にそういう本見てるわけか……。
「……また2人の世界に入ってるし……ユキテルさん、これ、どうするんです?」
もうちょっと、ステラをからかってみようと思ったところへ、一番歳下の嫁——ジェシカが頬っぺたを膨らませている。
ちょっと怒ってるジェシカの声が俺を現実に引き戻した。
「……あ、ああ。これは遺跡から出土したので、もちろん遺物扱いだよ。持ち帰って調べてみる」
「わかりました。ユキテルさん。ちょっと分解してもいいですか?大きいので……」
「できればそのままで持って行きたいんだ。俺が魔法で研究所に送るよ」
「……今度、もう少し大きな収納箱を用意しておきますね」
俺の返事を聞いて、にっこりと微笑むとジェシカは、自分の持ち場へと戻っていった。
***
もっと何か出てくるかもしないな……。
そう思って調査現場の中を歩き廻っていた。
少し調査区の端の方に来たところで、くっついていたターニャが俺の袖を引っ張る。
「ユキりん……。これ何?」
ターニャは自分の背丈ほどの石碑を指差した。
その石碑は少し苔むしてはいたものの、ほぼ完全なものだった。
「おお!ありがとう。ターニャ、じゃなくってターちゃん」
「ぷう……。でも言い直したから、いいよ。ユキりん」
ターニャはごく自然に頬っぺたを膨らませて、口を尖らせる。
でも、それも自然と緩んで満面の笑みを俺に見せる。
その笑顔がひまわりが咲いたようで、ターニャへの黒い感情が薄れていく。
……あざとい……でも可愛い……。
最初に会った時の印象は、悪いお姉さんって感じだったのに……。
今は無邪気な女の子って感じだ。
……なんだろ?籠絡されたのは俺なのか?
「……ユキりん?何か私の顔についてる?」
「……あ、い、いや。何だか可愛くって……」
「わ!嬉しいな。可愛いって言ってくれたぁ」
ターニャの笑顔に返事をするかのように、俺は彼女の頭を撫でた。
またまたパッと輝く笑顔を見てると、不意にルルの顔を思い出した。
……ルルのためにも、この遺跡を調査しようと思ったんだ。
そして現実に戻って、俺は石碑を見てみる。
……あれ?この文字……甲骨文字だけど、意味が通らないな……。
…………?あれ、これ当て字じゃないか。
ん……?なんだこれ?……。たぶん読める。
「ターちゃん、ちょっとこの石碑の文章を魔法で写し取れないかな?」
「いいよ。ユキりんのためなら、何だってするもんね」
鼻息荒く、彼女はそう言いながら、素早く呪文を詠唱した。
すると風にのって植物の葉が一つに集まり、石碑にべったりとへばりついた。
『彼のものよ!写しとれ! フォトグラフィーラ!』
ターニャがそう詠唱すると、紙のようにへばりついていた葉に文字が転写される。
あっという間に文字が転写されていく様子を見ながら、彼女はどう?って言わんばかりに、その豊かな胸の下で腕組みをしてみせた。
……あ、これ拓本とってるようなもんだな。
「すげえ……」
俺はターニャの発想と技に素直に感動していると、彼女は目の前で目を閉じて、そっと唇を差し出してきた。
「……ん……ユキりん……」
……ご褒美ちょうだいってことだよな?
目の前に迫った、濡れた薄桃色の唇……。甘い吐息……。さらさらの髪の毛……。
昨夜、2人で愛し合ったことが思い出されて、俺は自然とその唇に自らの唇を……。
「おい!ユキテル!ターニャ!何やってるんだ?ああん?」
「「わ!」」
俺とターニャは思わず、お互いに飛びのいてしまった。
何だか姉に恥ずかしい行為を見られてしまったような気分だ……。
さすがのターニャも顔を真っ赤にして、耳先まで赤くしちゃってる。
「……仕事中だろ?ちょっとこっち来いよ。焼きを入れ……じゃなくって、また変なの見つかったから」
ぶっきらぼうにステラはそう言うと、俺たちを担当していた場所に案内した。
……今、恐ろしいことをさりげなく言った気がするが……気のせいだろう。
***
「……また困ったものを……」
「だろ?つか、お前、変なの当てるが上手い考古学者か?」
「いや、ちゃんと今回は日常品も発掘してるぞ?」
「……ま、そこの現実を見な!」
……現実逃避したいほど、また困ったものが出土していた。
またこの世界のこの時代にはないものだ。
オーパーツ——俺がいた世界では、そう呼んでいる、その時代の加工技術や知識では作ることができないもの……。多くは贋作だが、本当に由来がわからないものもある。
今回、この発掘調査ではそのオーパーツが2つ目だ。
今、俺の目の前にあるのは、液体の筒の中に入っている壊れた人の形をしたもの……。
その人の形のものは、アエラたちが見つけたものより小さく、腕や脚がバラバラになっていた。壊れた箇所からは歯車等は見えず、生きていた人のような印象さえ受ける。
「……ハーフチャイルドだわ……まさか……本当にあるの?」
顔を真っ青にしたターニャはそう呟くと、俺の胸に顔を埋めた。
「ターちゃん……ハーフチャイルドって?」
怯えた子猫のように俺の胸で震えているターニャに、俺は優しく尋ねてみた。
「……ユキりん。ハーフチャイルドは王宮の文献にある人造人間のことなの……」
「人造人間?ああ、どっかに文献あったな……」
「ん?ステラ……。文献読んだことがあるのか?」
「ああ。昔々、あるところの寂しがり屋が、話し相手が欲しくて作ったって童話があるんだ」
「……ユキりん、それ、私も聞いたことあるよ。でも王宮の文献ではもっと恐ろしいの……」
少し落ち着いたのか、ターニャは顔をあげて、話を続けた。
「王宮の文献ではムーンチャイルドが現れると、滅びの時が近いって書いてあるの」
「全然、童話と違うなあ……」
「……うん。ユキりん。私もそう思う。王宮の文献も言い伝えを書き記したものだから、本当かどうかわからないわ……。誰もムーンチャイルドを見てないんだから、ただの伝説か寓話かもしれないよ……」
……要するに、このムーンチャイルドという人造人間の伝説があるわけか……。
童話もたぶん作者不詳なんだろうな……。
伝説や神話なんかに史実が隠されているのは、よくあることだから、後で調べよう。
「ムーンチャイルドって伝説だったんだろ?じゃあ、それほど気にすることはないさ。実際に害があるものなら、さすがにちゃんと記録に残ってるだろうし……。そもそも、これはもう動かないんだから、大丈夫だよ」
「おう、そうだな!ユキテル!」
さすが図書館長のステラだ……察しがいいな。
「じゃ、みんな!このムーンチャイルドも持って帰るぞ!これで今回の調査は終了だ!」
俺は調査終了の号令をかけた。
ほぼフェン遺跡の調査は完了したからだ。




