第30話 ルルのいない夜に
大切な仲間や友人と離れ離れになった夜……どう過ごされますか?
ルルがローレル将軍に囚われた夜。
すっかり研究所も神殿も静まり返っていた。
俺もステラもジェシカも、王宮から帰ってきてからほとんど口を聞いていない。
ルルは俺たちにとっては、ただ、そこにいてくれるだけでも……。
俺は唄を自然に口ずさんでいた。
「……ユキテル……その唄って何?すごくもの悲しいぜ……」
ステラが俺の隣に座る。
そして、研究所の窓の外に見える夜行性植物たちの点滅を、2人で眺めていた。
「……この曲、俺が好きなあるバンドのリーダーが、病気で辞めることになってさ、他のメンバーたちが、そのリーダーに、自分たちとずっと一緒にいて欲しかったって、歌った唄なんだよ……」
「……そうでしたか……」
ジェシカも俺の右隣に座って、3人で淡く発光する植物たちを眺めた。
「あのさ……。ルルがな……『ずっと一緒にみんなといたい』って言ってたんだ」
「「……うん」」
庭園でルルが泣きながら言った事……それを彼女たちにも伝えたかった。
そしてその言葉に、ステラもジェシカも小さく頷いた。
そっか……。みんな気持ちは一緒なんだな……。
どうやったら、ルルやネルを助けることができるんだ……。
証拠見つけ出すって、言ってもなあ……。
夜も更け、夜行性植物の瞬きも小さくなる頃、俺は1人、ベッドに入っていた。
「……あの……ユキテルさん……眠れないので、ご一緒していいですか?」
「あたいも……」
彼女たちは静かに薄い下着を脱ぐと、左右それぞれからベッドに入ってくる。
特にお互いを求め合うわけでもなく、ただ肌が触れ合い、抱き合っているだけだ。
…………。
……3人の体温……3人の鼓動……。
それらが溶け合って……。
………………。
俺たちは子猫が寄り添って寝ているように、そのまま朝まで過ごした。
***
神殿周辺の朝は穏やかだ。
厳かでどこか悲しげな音楽を聞きながら、ゆっくりと俺たちは目が覚めていった。
どうやら朝の礼拝の音楽らしい。
きっと、ルルがいないため、女官さんたちが代わりに礼拝の儀式をしているのだろう。
「……もう朝か」
「ユキテル!おはよ……」
「……むにゃむにゃ……ユキテルさん……おはようござい……‥ふああ……」
翌朝、まだ俺たちはベッドの中でウダウダとしていた。
正直言って、彼女たちの体温がこれほど安心できて、心地よくって離れられなくなったのだ。
「……そろそろ、どうするか考えないとな……」
「……ああ。ちょっとこのまま打ち合わせするか?」
「私も……賛成です。ユキテルさんやステラさんから、ちょっと離れたくない……」
何となく、彼女たちの言葉にできない不安が、肌を通して伝わってくる。
「うん。いいよ。ベッドの中で……。じゃ、まずは研究所や神殿のことなんだけど……」
「結界のことか?ユキテル」
さすがはステラ。お見通しだったか……。
「まあね……どうやら研究所も神殿も、変わらずに結界あるようなんだけど……」
「ああ、それはまだルルが生きているからさ。ルルが健在な限りは大丈夫!」
「なるほど……そういうことか。でも急がないとな……」
「そうですよね……ユキテルさん」
そう言って、ジェシカは俺の胸にその身を埋めてくる。
その肩は僅かに震えていた。ちょうど子犬が震えているように……。
「……どうしたの?ジェシカ……」
「……ごめんなさい……ユキテルさん。私の力不足で……」
「ああ。気にしないでよ。ジェシカ……。結婚したと言っても、まだ、実際の身分が上がったわけじゃないから……」
「それよりも……ユキテルさんの事をあんな風に侮辱したのが……」
そこまで言うとジェシカは、胸の中でそのまましくしくと泣きはじめた。
俺はそんなジェシカの髪を梳くように、頭を撫でてやった。
「気にするな……。言わせたい奴には言わせておけばいいよ」
「……ユキテル。あたいの使い魔で将軍とルルの会話を記録してたじゃない?」
いつもなら、俺に抱きついているジェシカに文句を言って、引き剥がそうとさえするステラだが、その時は真顔で俺に話しかけてきた。
「うん。何か気になった事でもあるのか?」
「ああ……。将軍とルル以外に、もう1人いただろう?」
「……なんだっけ……?え—と……」
「ユキテルさん、それは宮廷魔術師かと……」
「ああ、そうだった……。って、それは誰なんだ?」
そうだった!そいつがルルを罠に嵌めた奴だ……。
ん?待てよ……。
俺は以前……そう、調査隊の面接試験でルルが、ターニャの事を『宮廷に仕えている魔術師』とか言ってなかったか?……それに『同級生』だって……。
「おい!ステラ!そいつって、もしかして……」
「たぶん、ターニャだな。前、怪しいって言ってただろ?ん?」
ちょっと勝ち誇ったように豊満な胸を張るステラ。
少しだけ調子が戻ってきたようだな……。
顔もいつもの勝気なお姉さんになってきた……。
「……そうだなあ。次、ターニャが何かしてくるのなら……」
「私はユキテルさんだと思います」
俺の胸元から、ふいに顔をあげ、ジェシカが応えた。
その瞳は王妃として、最初に会った時のようにしっかりと俺を見据えていた。
「そうだな!ユキテルを狙う!ただ、きっとハニートラップだろうな」
「ん?何でだ?魔法で攻めてこないのか?」
ルルでさえ、身動き取れないような魔法を使えるんだから、俺なんか、お得意の魔法で一撃だろう……。何て言ったって、王宮魔術師だ。
「あはは!単純だなあ、ユキテル!そもそも、あのターニャって女……。お前に興味津々だぞ?それに女の勘だがな……お前を垂らしこみたいのさ。とろとろに……」
「い……!そ、そりゃあ、ターニャは少しエロいけど……」
「ユキテルさん……。そう言う男ほど、ハニートラップにかかりやすいんですよ?」
ステラとジェシカは、ジト目で俺を睨みつける。
……怖い嫁さんたちだ……。
ん?待てよ……。逆にターニャ自身が証拠になるんじゃ……。
それにルルを解放するには、ターニャの魔法を破らなくちゃならないはず。
だったら、逆にハニートラップに引っかかったフリをして、情報を得られるんじゃ……。
「おい!ユキテル!聞いてるのか?」
「……ふふふ。いいこと思いついたぞ!ステラ、ジェシカ!」
「ん?どうした?ターニャに迫られると思ったら、発情したのか?」
「身も蓋もない言い方はよせ!ステラ……。あのな、ちょっといい作戦を思いついたんだ……」
そう言って、ステラとジェシカに、ターニャを嵌める作戦を話してみた。
作戦はこうだ。
すぐに北部山岳地帯のフェン地方の遺跡を調査する予定だ。
その際、ターニャが迫ってきたら、ハニートラップにハマったフリをする。
俺がターニャから何気なく、将軍のことを聞き出す。
と言う風にしたらどうかと、彼女たちに提案してみた。
「それだったらダメですよ。ユキテルさん。貴方がハマってどうします?逆にターニャをハニートラップに嵌めれば……あ!」
にやりとジェシカが口元を歪ませて微笑んだ。悪いこと考えてる笑顔だ。
「ん?ジェシカ!なんかいい手段があるのか?」
「はい!あそこに……」
そう言って指差したのが、ジェシカが実家というか、ラスティ王妃に渡された大きなバックだった。
「あのバッグに武器でもあるのか?やたら大きいけど?」
ステラは起き上がって、そのバッグを開けると、中から沢山の夜の道具が出てきた。
「……おい……ジェシカ……これは何だ?」
さすがのステラお姉さんも、その大量の大人の小道具を見て固まってる。
……つか、俺も引くわ……!
だって、まだジェシカって、俺のいた世界だと中学生くらいでは……。
あの……王妃は……。頭が痛い……。
呆れてる俺たちを放っておいて、ジェシカが楽しそうに、その道具セットの中から瓶を取り出して、俺たちに見せた。
「あ、これです!超強力媚薬。これなら逆にターニャも落とせます!」
……えと、そんなこと王女が全裸で言うことじゃ……。
「ん?どれどれ。おお!これ、伝説の<百万力>じゃないか。これなら、どんな女もイチコロだぜ!これ使えよ!ユキテル!」
そんな無責任な事を言って、俺に媚薬の瓶を投げ渡した。
王女と図書館長が、媚薬の話でやたら盛り上がってるうちに、さり気なくその瓶の裏面を見た。
そこには『用法上の注意』が書いてあった。
まあ、薬だからな……。
内容は……え?……『使いすぎると永久昇天します』……だと?
それもすごく小さい文字で……。




