第29話 ルル、囚われる
無事に<大樹の儀式>を終えた次の朝。
いよいよルルが帝国軍防衛課へ出向くこととなった。
「では、行ってきますね。ジェシカさん」
「はい。お気をつけて行ってらっしゃい、ルルさん」
「あ……アルスに行くのだから、ついでに美味しいものを買ってきますね。ユキテルさん」
「ああ。気をつけてな……」
「人の目の前で、何、新婚夫婦みたいな会話してやがんだ?」
「まあまあ、ステラ……。ステラだって新婚さんじゃない?」
「わかった、わかった!とっとと、ネルを連れ戻してこい!」
「はいはい……じゃ、行ってきます」
ルルはにこやかに微笑み、手を振りながら<移動魔法>で、王宮へと向かった。
「……行ったな……。ユキテル」
「何もなければ良いけれど……で、ステラ。ちゃんと準備したんだろうな?」
「ふふふ……。あたいに抜かりあるわけないだろ?」
「今回は部下たちだけじゃないんだよね?」
「ああ……。ちゃんと使い魔つけてるぞ」
ステラの使い魔って、あの赤いセキセイインコみたいな子だよな……。
……あの子だと目立つだろ……?
「え?大丈夫か?赤い鳥だったろ?ステラの使い魔って……」
「あはは。あの子はいろいろ化けれるんだ。今回はブローチに化けてもらったんで、見つからないよ」
「へえ。すごい……いろいろ化けれるんだ」
あ。確かに今日はルル、胸にプローチ付けてたな……。
「……まあ、普段はあの娘、ぽわんぽわんとしてるけど、あれでも一個師団くらいは、指先一つでぶっ飛ばすから大丈夫だ」
そう大笑いして、俺の背中を勢いよく引っ叩いた。
指先だってぇ……武勇伝を聞いてたはいたけど、怖ええ……。
喧嘩したら、絶対殺されるな……。ちょっと背筋が寒くなった。
***
ルルは夕食前までには、帰ってくると言っていた。
しかしいくら待ってても、戻っては来なかった。
「……お腹すきましたね……。ルルさん、今日当番なのに……」
ジェシカが心配そうに、研究所の扉の方を見ながら呟いた。
いつの間にか、嫁同士で話し合って、家事などについては当番制になってる。
今日はルルが買い物に行くということもあって、夕食当番だったのだ。
「……ステラ。スーさんたち部下から、何か連絡はないの?」
「…………ちょっと待ってろ、ユキテル……」
ステラは水晶玉を出して、何か呪文を詠唱している。
彼女の手元を覗くと、水晶玉から、くぐもった声と光が見えた。その薄っすらと光り輝く水晶玉を黙って俺たちに見せた。
「これはあたいの使い魔が記録した音声と映像だ。ヤバイぞ……ユキテル」
俺とジェシカは、水晶玉に目を凝らし、耳を澄ます。
ん……?これ……ルルの声か、写ってるのは……?
「し、将軍……ネルは?それに
これは……ち、力が……」
「大巫女……。貴女の力をしばし封印させて貰ったよ。暴れられても困るのでな」
水晶玉に映し出されている光景は、暗く湿気に帯びた場所だ。
窓らしいものもなく、部屋の四隅と天井の四つ角には、三角錐状のものが置かれていた。
そこから青く淡い光……いや、エネルギーのようなものが放出されていた。
そのエネルギーがルルに向かって、突き刺さっているかのように見えた。
「ど、どうして、こんなことを!ローレル将軍殿‥‥」
あたかも、胸でも圧迫されているかのような声で、ルルが将軍に問いかけた。
‥‥そうか!相手はローレル将軍か!
「……決まっておろう?わが野望のためよ!」
「や、や、野望って……ま、まさか……陛下を……」
少しずつルルの声が小さく、弱くなっていく。
まずい……。でもなぜ一個師団を指先一つで潰せる子が……。
「そんなことを話す必要はないな、大巫女!あっさり罠に引っかかってくれたしな。ははは」
「……く……。あ、貴女は……わ、私のお、おともだ……」
ルルの苦しそうな呼吸音が聞こえなくなり、少し沈黙の時が流れる。
どうやら気を失ってしまったように感じる。最悪だ……。
いくら一個師団を指先でって、言っても身動き取れないのでは、如何しようもない。
その沈黙を破ったのは、どこかで聞いたことがある艶のある声だ。
「うふふ。ルルったら、こんなに簡単に罠にハマるんだから……。相変わらず人が良すぎるんだからあ」
……誰だ?この女がルルを罠に嵌めたのか……?この声の主は?
ルル……ルルは?無事なのか?
ちくしょ——。もう少し、この水晶玉で見れれば……。
「よくやったな。さすが宮廷魔術師殿だ。こんなしくみで、先の『大戦』で大立ち回りをした大巫女を封じられるとは……」
「うふふ。ありがとうございます。将軍閣下」
「む?このブローチ!」
将軍のゴツゴツした手が近づいてくると、水晶玉の音声と映像は突然切れた。
「ちっ!見つかってしまったか!」
ステラは忌々しげに水晶玉を床に叩きつけると、ガラスが割れるような音がして、床に鋭利な水晶片が散らばった。
「ステラ?この水晶玉を壊しちゃっていいのか?証拠にならないのか?」
「……あ!しまった……。頭きて、ついやっちまったよ……ごめん……」
「怒るのはしょうがないですよ……ステラさん……」
「ま、ステラらしいな……」
俺とジェシカは、床に散らばった破片を掃除しながら、あきらめ顔でため息をついた。
「さて……どうするかな……。ジェシカ、取り敢えず将軍にすぐ会って話をしたいから、段取りをお願いできるかな?」
「ユキテルさん……それは構いませんが、危険なのでは?」
「……まあね。でもルルやネルを放ってはおけないだろう?」
「……わかりました。今すぐ手配します」
「おい!ユキテル……あたいも行くよ」
「私も王女として同行させてください。将軍への面会の許可は貰いましたから」
「……助かる……ステラ、ジェシカ」
『ずっとみんなと一緒にいたいよぉ』
そう泣きじゃくってた、あの夜……。
もう泣かせないから……。ルル……。
俺はルルの泣き顔を思い出しながら、ステラたちと王宮に行く支度をはじめた。
***
「おっとと……」
「何やってるんだ!このアホ!びしょ濡れじゃないか!」
「……ユキテルさん……ここ噴水の中ですよね……」
「……あははは。ごめん、ステラ、ジェシカ。慣れてなくって‥‥」
俺とステラ、ジェシカは王宮中庭の噴水のど真ん中にいた。
<大樹の儀式>のおかげで、何とか<移動魔法>は使えるようになったけど、まだ使い慣れていないためか、この有様だ……。
「……ったく!ほら、将軍とこ行くぞ」
ステラにどやされつつ、俺たちは濡れた服を絞りながらも、将軍のところへ急いだ。
……王宮の中を歩くには、みっともないけど……そんなこと気にしてられるか!
***
ローレン=シュトレーゼマン将軍。
彼は先の『大戦』で、ギャロウ国王の右腕として、重要な役割を果たしたという。
外見は50代くらいで、長身なエルフ族だ。ただ他のエルフ族とは違って、軍人らしく胸板が厚く、腕や足は筋肉隆々だ。まともにぶつかりあったら、まず勝てそうもない。
そんな彼が、今、目の前に立っていた。
「何かご用だとか?ユキテル殿……」
彼は軍人らしく礼儀正しく一礼をし、俺たちを出迎えた。
「はい。実は本日、帝国軍防衛課の方から、ネルのスパイ容疑の件でルルがこちらに伺っているはずなのですが……未だ帰ってこないのです。ご存知ありませんか?将軍閣下」
怒りで沸騰しそうな頭を何とか抑えつけ、俺はできるだけ冷静に将軍に尋ねてみた。
「…………はて?確かに大巫女様はいらっしゃいましたが、そのあとのことは存じません」
……やっぱりな……しらばっくれる気か……。
俺が深呼吸し、意を決して将軍に言おうとすると、ステラやジェシカが割って入ってきた。
「はあ?しらばっくれるんじゃないよ!将軍!あんたがルルやネルを監禁したことはわかってるんだ!」
「ほお……。聞き捨てならないですな。図書館館長、いや諜報部長ステラ殿……」
「私もその件は存じますよ。将軍!直ちに大巫女様とネルを解放しなさい!」
「……何をおっしゃっておられるのですか?王妃様。こんな異世界人に手篭めにされて……。妙なことでも吹き込まれましたか?」
「ぶ、無礼者!」
「貴女もですよ……。諜報部長殿……。残念です。貴女ほどの優秀な人材が、こんな奴にうつつを抜かすとは……」
「な、何を……」
ジェシカとステラは怒りと羞恥で、顔が真っ赤になっていた。
「それに証拠はあるのですか?諜報部長殿……。貴女がそういうのなら証拠があるのでしょう?」
「……ぐっ」
ステラはその場で怒りに震え、拳を握る。ガリっという歯ぎしりの音も聞こえた。
……あの場で水晶玉を床に叩きつけていなければ……。
今更ながら、そう彼女も思っているに違いない。
「証拠もないのに、何をしに来られたのですか?ユキテル殿……」
「……わかりました……。今の対応で、将軍がルルやネルの失踪に関わっていることがわかりましたので、証拠を見つけてまいります‥‥」
「……好きになさるがいい。ユキテル殿。王妃の婿殿がゆえ、ここで断罪はしないが、いつまでもそのような事を仰っているなら、国家反逆罪で逮捕いたしますぞ」
そういうと将軍はマントを翻し、軍の応接の間より、足早に立ち去っていった。
俺たちは皆、下を向き、ただ怒りを抑えていた。
全身が怒りで震え、ルルたちを助けられなかった悔しさで一杯だった。
『ずっとみんなと一緒にいたい』と願っていた少女……。
いつも明るいネル……。
2人のことを思うと、胸が苦しい……。
くそ!……絶対!絶対!ちゃんと証拠を掴んでやる!このやろう!
そう俺は強く決意した。




