表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/41

第27話 巫女として、女性として

 ……ん?甘い香りがする……。何だろうこの蕩けるような香り……。

ふと目を覚ますと、胸元で金髪の美少女——ジェシカが、スースーと寝息を立てていた。

 起こさないよう、そのサラサラした金髪を優しく撫でてやる。


 ……昨夜は……何だかボーッとしてて覚えていない。

ただ、ジェシカと激しく求めあったことだけは覚えているんだが……。


 だるいのでそのまま寝ていたいが、今日は結婚式だそうだから、起きないとマズイ。

気持ち良さそうに寝ている金髪のお嬢様を起こさないよう、そっと腕を伸ばす。


「……あん……」


 金髪が胸をくすぐる。……起こしちゃったようだ。


「……あ、ユキテルさん……おはようございます……」

「……おはよ」

「……えへへ。昨夜は……よかったです……」


 頬を染めながら、はにかむ様子が何とも愛らしいな……。


 ついつい彼女の頭を撫でてやる。

少し上体を起こすと、ちょっと頭痛がした。


「……いつつ」

「あ、だ、大丈夫ですか?昨夜、薬効きすぎたかなあ」


……へ?昨日、薬とか飲んでないけど?


「ごめんなさい……。どうしても……ユキテルさんと一緒になりたくって……」


 俺が(いぶか)しげに小首を捻っていると、小動物のようにペコペコとジェシカが頭を下げた。


「どういうこと?」

「……えへへ。母から教わって、身体に媚薬つけてたんです……。ごめんなさい……」


 ……道理で……。

妙にジェシカが艶っぽく見えたし、いつもより燃えた訳だ……。


すっかりしょげ返ってる仔鹿のようなこの子を見てると、怒るにも怒れなくなった。


「こら、もうやるな」


俺はポンと軽く、ジェシカの頭を叩いた。


「……はい。ユキテルさん」


そう言いながらも、彼女はペロっと舌を出して、花のように笑った。


***


 急ごしらえの婚姻の儀式のため、ジェシカと一緒に大神殿の礼拝堂に行くと、そこには

ステラが腕組みをして、ルルを睨みつけていた。


「……おい……ルル……。どういう事だ?」

「え?え——とですね……。えへへ。私の代わりの巫女さん、見つからなかったの……」

「こ、婚姻の儀式、どうするんだ!ああん!あ、あたいなんか、あたいなんか……」


 涙目になっているステラを見ると、普段、短パンかズボンしか履いてないのに、艶やかな真紅のドレスを着ていた。

 俺たちに気づくと、つまづきそうな慣れない足取りで、走り寄ってきた。


「言ってやってくれよ!この巫女に!こいつがドジ踏んで、今日の婚姻の儀式がパーになったんだぜ!まったく!」

「ルル。今日の婚姻の儀式ダメになったのか?」

「……はい……。ご、ごめんなさい皆さん……。ちょっと段取り付かなくなってしまって……」

「……どうして?結構、本気で婚姻の儀式をやる気だったじゃない?」

「……ごめんなさい。儀式ができる巫女さんが、どうしても見つからなくって……昨日は有頂天になってしまって……」


 あ——。昨日、言ってたな……。


 儀式するためには巫女がどうこうって……。

結局何とかならなかったんだな……。

普段はルル自身が儀式を執り行う。

しかし、今回はその巫女さん自身の婚姻だものな。


「……今日はしかたないか……。でもルル自身が結婚する時、どうするんだ?」

「……どうしましょう……」


 半べそになってるルルを見てると、切なくなってくる。

俺はルルの髪を()くように、優しく撫でてやった。


「……それだったら、母ラスティができるかと……」

「「「え?」」」

 

 ジェシカが顔を伏せて遠慮がちに呟いた言葉に、つい俺たちは反応した。


「……じゃ、じゃあ、ラスティ王妃にお願いして……」

「あ、母は陛下と3ヶ月ほど、南部のホルト地区へ出張です」


「……一瞬でも期待したあたいがバカだった……」

「まあまあ……ステラ……」

「お前が言うな!まったくこの巫女は……」


 結局、婚姻の儀式を執り行うという女性たちの野望は、しばらくお預けとなった。


 ただ、軍への対抗の意味もあるし、不満タラタラのステラを大人しくさせるため、法的に夫婦になれるよう、直ぐにジェシカがラスティ王妃に書簡を出してくれた。


***

 

「ユキテルさん、今夜、<大樹の儀式>の最終調整しますね」

「じゃあ、いよいよ明日だね……」

「……はい。あ、あの、私……いえ、何でもありません。ユキテルさん」


 どうしたんだろう?ルル……。


 ネルが軍に拉致されてから、もう4日だ。

<大樹の儀式>には丸二日かかるそうなので、明日、絶対執り行わなきゃ間に合わない。


 とりえず王家と関係は持ったので、軍に圧力はかけることはできるようになった。

しかしネル本人を助けるためには、ルルが直接、軍に行かなければならないのだ。


 どう考えても罠だろう……。ルル自身が捕まってしまうかもしれない……。

そこで万が一、ルルが捕まったり、いざという時、軍に対抗できるよう、俺に魔力を植え付ける<大樹の儀式>をしようと、ルルが提案したのだ。


 ルルやステラが言うには、<大樹の儀式>は危険だという。

なぜなら、この儀式は大樹に取り込まれてしまって、生きて戻れないことが多いからだという。


 当然、ルルはそのリスクを知っている……。

何か言いたそうだったけど……。


***


「……ユキテルさん……ちょっと庭園までよろしいですか?」

「いいけど……どうしたの?ルル、今夜はみんな一緒じゃないの?」

「皆さんには、ちょっとお時間いただきました。さ、行きましょう」


 俺を庭園に誘うルルの顔からは、いつもの微笑みが消え、真剣な面持ちをしていた。


 最初にルルがこの庭園を教えてくれた時、『ここが一番好きな場所』だと言っていた。

 実際、昼間は鮮やかな花々が咲き乱れ、夜になるとこのように夜行性の花々や樹々の葉が、薄く光って、美しく幻想的だ。


 ルルに誘われるがままに、俺たち2人は庭園で一番、見晴らしが良いところにきた。

ここは前、ルルが気に入っているって言っていたな……。


「あの……ユキテルさん……。私……」


 ルルはそこまで言うと、俺の方を向いた。

いつもの花のような可憐な表情は消え、眉を八の字にして、瞳は涙でいっぱいになっていた。


「……ルル……」

「わああん」


 感極まったのか、子どものように泣きじゃくって、彼女は俺に抱きついた。

(むせ)び泣くルルを優しく抱きしめてやる。

すぐに壊れてしまうガラス細工のような、そんな華奢な体が、いつもよりも(もろ)そうに思えた。


 少し、時が経つ。

落ち着いたのか、ポツリポツリと呟くように、ルルは話しはじめた。


「……ユキテルさん、貴方はここに召喚されて、後悔してないですか?」

「後悔?この世界に来たことか?」

「……はい」

「いいや。楽しいよ。みんなといて」

「……私もです……。ユキテルさん……こんな感情、今までなかった……」


 そう……だったな……。


 ルルを初めて抱いた夜、彼女自身、『愛が何か知らない』と言っていた。

自分をただの『魔導兵器のようなもの』とさえ……。


「……私はみんなが大好きです……。ステラやジェシカとユキテルさんを取り合ってる時も楽しいし、ネルの明るさもいい、調査メンバーたちも……。そして、もちろんユキテルさんも……」


 ルルは嗚咽をあげながら、泣きはじめた。

その薄桃色の頬から一筋の涙が流れる。


「私……私……まだ死にたくない!一緒にみんなといたい、一緒にいたいよぉ——」

「ルル……。大丈夫だから……。大丈夫だから……」

「ごめんなさい、ごめんなさい……。ユキテルさんも巻き込んじゃって……ユキテルさんも死ぬかもしれないのに……。わああぁ——」


 そっか……。


 ネルが拉致されてから、ずっと普通のようにふるまってたけど、辛かったんだよな……。

大巫女としても、ちゃんとしなきゃならなくって……。

<大樹の儀式>を、しなきゃならなくなって…………。


目の前で、全身を震わせながら泣き叫び、顔いっぱい涙で汚している可憐な子。

そんな女の子が重圧に耐えて耐えて……。


俺は、そんなか弱い可憐な子を抱き締めながら、こう約束した。


「ルル……。またみんなでバカなことしような……。生きて一緒に戻ろう……」


彼女は俺の腕の中で、小さく頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ