第24話 ルルの決意
「ユキテルさん……次は私ですよ……」
「あたいに決まってるだろ!、あ・た・い・に……」
「キャ——……」
目の前には、ルルとステラが、あられもない姿で迫ってきている……。
あ、あのさ……。
ルルとステラ、『どっちを選ぶか』ってことで、困ってる真っ最中なのに……。
…………こんなんじゃ、選べないじゃないか……。男の性として……。
ジェシカはジェシカで、両手で顔を隠してはいる。
でも、しっかり指の間から俺たちの様子を覗いているし……。
正直言って、その姿も可愛い……。
ハーレム……。
それは男子なら誰もが憧れる桃源郷…………。
正直に言おう。ひどく心身ともに疲れます。
何だかずっと難解な選択肢問題を解いている感……。
体力も吸い取られている感じがしないでもない……。
いくら男が圧倒的に少ないからって、ここまでとは……。
「もう!ほら、朝だぞ!2人とも!今後のことを考えないと……」
「え——!あたい物足りないよ!」
「私もです、ユキテルさん。もっと愛を教えてください……」
「……わ、私も……混ざりたかったのに……」
「ほら!3人ともちゃんと支度して!」
俺は、口々に文句を言う3人娘の朝支度を手伝って、なんとか現実復帰させた。
***
ここ、研究所と神殿周囲は、ルルが強力な結界をかけているので安全だ。
問題は遺跡調査などで、外出しなければならない時だ。
一応、俺は陛下直属の身分らしい。
遺跡調査に関わる費用の一部として、俺の給与も西帝国から出てる。
当然、いつまでもここに引きこもってる訳にはいかない。
仕事をするために、俺は召喚された訳だし……。
…………そりゃ、ルルやステラ達と、イチャイチャするのは楽しいけどさ……。
王宮内については、ステラ達と話し合ったけれど、軍が手出しすることはないはずだ。
道中は<移動魔法>を使えば、問題はない。
遺跡調査中については、ルルが言うには、所定範囲に結界を施すことができる<箱庭魔法>を使えば、まったく問題ないようだ。
調査隊のメンバー達については、既にステラの凄腕部下達が警備しているという。
そんなこんなを3人娘たちと話し合っていると、神殿の女官が一通の書簡を持ってきた。
「ん?ルル宛の書簡だな。これ……。何だろう?」
女官から書簡を受け取ると、俺はルルに渡した。
ルルはその書簡を開いた途端、急に微笑みが消えた。
その可憐な頬や唇から、赤みが失せ、全身が小刻みに震えていた……。
「ど、どうしたの?ルル……」
俺はただならぬルルの様子に嫌な予感を感じた。
ルルは眉間に皺を寄せ、唇を噛み締めたまま、俺にその書簡を手渡した。
今にも泣き出しそうなルル……。
その書簡には、こう書いてあった。
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西帝国大神殿
大巫女 ルル=シャバリエ殿下
貴殿の配下であらせられるネル殿は、この度、帝国国内におけるスパイ容疑疑いにて
逮捕致しました。
つきましては、ルル=シャバリエ殿下におかれましては、7日後に西帝国軍防衛課へ出頭されたし。
西帝国軍防衛課
帝国暦18年10月27日
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「なんだこれは?ネルがスパイだって?言いがかりだろ!」
俺はあまりの理不尽さに、その書簡を床に叩きつけて怒鳴った。
自分の腹の奥底から、ふつふつと怒りが湧き上がってくるのがわかる。
「おいおい!何怒ってるんだ?ユキテル……」
やれやれと言わんばかりに、ステラはその書簡を拾い上げ、目を通した。
その途端、ステラも眉間に皺を寄せ、唇を噛んだ。
「ちっ!先を越された!ルル!これ、お前、出頭するのか?」
「…………」
「どうなんだよ!ルル!親友として聞いてるんだ!」
「……ステラ……ありがとう。……行かなきゃ……ネルのために……」
「馬鹿野郎!お前だって、これが罠なくらいわかるだろ?」
ステラは俺たちに背を向けて、うち震えているルルの肩を激しく揺さぶった。
「……私が行かなきゃ……ネルは……」
そう言いながら、俺たちの方を向いたルルは、嗚咽しながら大粒の涙を流していた。
…………この泣き顔……。俺は何度か見てしまった……。
激しく胸が痛む……。
何だろう……彼女のこの泣き顔を見ていると、頭が割れそうだ……。切ない……。
「ジェシカ!陛下と謁見する時間を作ってくれ!大至急だ!」
「……わ、わかりました。ユキテルさん!母とすぐ連絡を取って、何とかします!」
ルルや俺の様子を伺っていたジェシカに、俺は陛下との直接面会を指示した。
王女様特権を使っても……ルルやネルを少しでも守るためにも……。
そのためには陛下とのサシの面会は必須のように思う。
「ルル!あたいも協力するぞ!図書館の全機能と部下を使ってでも、あたいはお前を守る!」
「……ありがとう。ユキテルさん……ルル……」
「私もですわ!ルルさん」
少し落ち着いてきたルルに、ステラやジェシカが声をかけて慰めた。
「……ほんとにありがとう。みんな……。私、決心しました……」
ルルは何か決意したように、俺を見つめてこう言った。
「……私、ユキテルさんに、私が教えることができる全ての魔法を教えます」
「お、おい!それって、<移動魔法>もか!」
「そうですよ。ステラ……。そうしなければ、ユキテルさんも危険に晒してしまいます」
「そ、それって……。<大樹の儀式>をするってことか……」
「はい。全てを短期間に教える手段ですもの」
ルルはまっすぐと俺の顔をその瞳に写していた。
その目は何か遠いものを見てるような……。
母が子を見ているような……。
吸い込まれそうになる深碧の不思議な瞳……。
「ところで<大樹の儀式>ってなんだ?ルル」
「……ユキテルさん、大神殿の礼拝堂の奥に大きな樹があるのはお分かりですよね?」
「あ、ああ」
俺が最初に神殿に入った時に見た大きな樹を思い出した。
あの大樹は、一番てっぺんが、どこかわからないほど大きかった。
そして、どこか優しげで……。
「あの大樹はこの世界の源です」
「……あの大きな樹がか?」
「はい。ユキテルさん。あの大樹と一体になるのが、<大樹の儀式>です」
そう言って、にっこりとルルは微笑んだ。
その笑顔は、まるで聖母か天使を見ているようだった。
「……おい!ルル!あの儀式は……下手したら樹に飲み込まれるだろうが!」
ステラはルルに詰め寄って、両肩を揺さぶった。
「大丈夫ですよ。ステラ……そのために、私も一緒に大樹と一体になります……」
「ば、ばか!お前も飲み込まれるぞ!やめろ!」
<大樹の儀式>は、そんなに危険なものなのか……。
でも、なぜそんな危険な儀式を、ルルはしたいと思ってるんだ……?
「ルル……なぜ、そんな危ないことを……」
俺がルルにそう尋ねようとすると、ルルはステラと俺を交互に見つめる。
それから、とても愛おしそうに俺たちの頬を撫でながら。
そして強い眼差しで、ハッキリとこう言った。
「私は私の大切な人たちを守りたいのです」
***
そのあと、ジェシカは、すぐルルの<移動魔法>で、王宮に飛んだ。
もちろん陛下との直接面会を、すぐにでも実現するためだ。
ステラはステラで、研究所前の空き地に全ての部下を集めて、これからのことを話している。
ルルはもう<大樹の儀式>のための準備をはじめた。
エンジンに火が着いたかのように、それぞれが、それぞれできることに取りかかりはじめた。
もう一週間しか時間がないのだ。
俺は……。俺は少し考えがあった。
遺跡のことだ。
軍の狙いは、ステラが言っていたように、遺跡の成果であることは明白だ。
それほど重要なことが、これまでの出土品や成果にあるのなら……。
もっと気になるのが、アルス南部遺跡調査後に、軍が直接介入してきたことだ。
と、言うことは、アルス南部遺跡の出土品や成果に、とても重大な何かがあると思う。
俺のできることは遺跡調査だ。
だったら、今、俺ができることは……。
俺は本腰を入れて、アルス南部遺跡から出土した書物と、石版、ネルが写し取った碑文の解読作業をはじめた。




