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第23話 ネル、失踪

*心理学的な注釈があります

「おおい!ネル——!」

「あの、こんな羽根がある蝶人族の子を知りません?」

「おい!ネル!どこ行った——!」


 帝都アルスの街の中、俺たちは行方不明になったネルを探していた。

どうしてこんな事態になったかと言うと……。


***


 ネルが帰ってこないという話を聞いたのは、図書館からステラと一緒に帰ってきた時の事だ。


「ゆ、ユキテルさん、ユキテルさん!大変です!」

「ど、どうしたの?ルル?」


 帰ってきた途端にルルが血相を変えて、飛んできた。


 彼女の視線は泳ぎ、呼吸が荒かった。

よほどの事があったのだろう。


「ゆ、ユキテルさん……。ね、ネルが、ネルが……」


 まだハアハアと息が荒い。

大粒の涙が、目からこぼれ落ちそうだ。


「落ち着いてよ。ルル……。ネルがどうしたの?」

「ネ、ネルが、か、買い物から、あ、アルスから帰ってこないんです……」


 ルルの頬は溢れ出る涙で、しとどに濡れていた。


「お、落ち着いて。ルル……」


 俺は、声にならない嗚咽を漏らしているルルを抱き締めた。


 俺はルルを抱き締めたまま、そばにいたジェシカに事情を聞いた。

ネルはジェシカと帝都アルスに買い物に行ったはずだ。

 次回の調査に必要な消耗品の購入を頼んでおいたのだ。


「ネルとは手分けして……。買ってこようってことになって……。一旦分かれたんです……」

「うん…。一旦、別れたんだね……。それで……」


 顔を伏せがちに、ぽつりぽつりと話すジェシカに優しく問いかけた。


「……それで、中央広場の噴水で待ち合わせしようって……」

「そっか。待ち合わせの場所を中央広場の噴水にしたんだね」

「はい。ユキテルさん……」

「時間は決めてたの?ジェシカさん」

「ええ……。でも決めた時間に来なくって、待っても、待っても来なくって……」


 ジェシカが涙声になってきたので、俺はこれ以上、彼女から聴くのをやめることにした。

そうじゃないと、彼女、自責の念で押し潰されるかもしれないから……。


「……ルル……。一緒に探しに行こうか……」

「…………は……い」


 抱き締めていたルルが、腕の中で小さく頷いた。

少しは落ち着いてきたのかもしれない。


「よし!ステラ、ジェシカ。みんなでネルを探しに行こう!」

「よっしゃ!そう来なくっちゃな!ユキテル!」

「はい、ユキテルさん。行きましょう」


 ステラは腕まくりし、ジェシカは決心したかのように、強く頷いた。


「ルル……。ごめん、帝都まで<移動>してくれないか?」

「はい。ユキテルさん、もう大丈夫ですから……。じゃ、皆さん、<移動>しましょう」


***


 アルスの中央広場を中心に、街ゆく人に尋ねたり、自分たちで歩いてみたり……。

思いつく、さまざまな方法でネルを探してみた。

 

「は——。疲れましたね」

「同じくです、ユキテルさん」


  ルルとジェシカは、探し疲れて噴水のほとりに座り込んでいた。

 俺も彼女たちに混ざって、ひと息ついていた。


 すると噴水の向こう側で、誰かと話していた、ステラが俺を手招きした。


「どうした?ステラ?ネルの手がかりでも、見つかったのか?」

「……ああ。どうもネルは、軍に拉致されたようだ」


 ひっそりと小声でステラは、俺にそう耳打ちする。


「拉致だって?」

「シッ!声が大きいぞ、ユキテル。うちの部下が確認した」

「……どうする?ネルを、そのままにしておけないだろう?」

「…………弱ったな……。一旦、神殿に退いて対策を練ろう。ここじゃマズイ」


 ふと、噴水のほとりに腰かけて、休んでいるルルやジェシカを見る。

彼女たちは、ネルが軍に連れ去られたと聞いて、どう思うだろうか……。

 きっとルルは嘆き悲しむだろし、ジェシカも、きっと『あの時私が』と、己を責めるだろう。


 ましてや、ジェシカは王家の人間だ。

自分の手のものが、仲間をさらうなど……。


 俺は考えてみる。


 軍がネルを攫った狙いは何だろう?

ネルの遺跡調査の役割は、『模写』だ。

 ステラが言うように、軍の狙いが、遺跡に関することならば、正確に映像として把握しているネルを捉えるのは道理にかなってはいる。

 それにネルは魔力が強いといっても、まだ子どもだ……。

そう。一番弱いのだ……。


 俺はネルを介して、この世界に来た。


 あの子は長い時を待っててくれた。

そして、あの子の一部は俺の中に……まだ息づいている……。


 ……決めた!

俺は何を言われようと、何をされようと軍を追い詰めてやる!

……見てろよ!考古学やってる奴の交渉術を舐めるなよ!


「ステラ……。力を貸してくれ。ネルを助ける!」

「……わかった。うちのスタッフも総出でやるよ」


 俺とステラは意を決したように、お互いを見つめあった。


***


 俺たちは研究所に戻っていた。


 ネルをどう助けるか対策を練るためだ。

ステラの提案もあり、今後、自分たちの身の安全をどうするか決めることにした。


 ネルが軍に捕らえらたことは、ステラとステラの部下(スーさんって言うらしい)から、みんなに伝えられた。

 それに捕らえられただけで、それほど酷い状態ではないことも……。


「で、どうする?ユキテル?」

「う——ん。ジェシカ!ギャロウ陛下とだけで話をしたいんだけど、セッテングお願いできるかな?」

「父と話ですか……。ちょっと母と話をしてみますね、ユキテルさん」

「ん?女王陛下と……?」

「……うふふ。父は母には頭が上がらないんですよ。父に直接、お話しても、きっと忙しいとか文句ばかりで難しいでしょうから」


 う——む。さすがは王女だ……。

家庭内の力関係を利用して、交渉するとは……。

 

「ユキテルさん、陛下とお話されてどうするのですか?」


 ルルが唇に指をあて、小首を傾げる。

ステラが苦笑しながら、俺の代わりに応えた。


「ルル、陛下に軍の介入を話すのさ。ま、平たく言えばチクるわけさ」

「あ……!なるほど、軍と直接交渉するわけじゃないんですね……」

「そうだよ、ルル。外堀から埋めてしまうのさ。上から圧力かけるってことだよ」

「さすが!私のユキテルさんです」


 妙に納得して、俺をうるうるとした瞳で見つめるルル。

それはちょっと大げさじゃないかな……。よく使う手だし……。


「おい!ルル!だ・れ・が、私のユキテルさんだって?ん?」

「ステラ……それはもちろんじゃあないですかあ。私、子種いただきましたし……」

「あたいだって、最後までシタぜ!」


 そう言い合って、ステラとルルは睨みあいをはじめてしまった。


 ……またはじまった……。

もう……面倒くさい!話、脱線しちゃうじゃないか……。


「「どっちがいいの?ユキテル!」」


 2人の顔が同時に俺の方を向いて、ジリジリとにじり寄ってきた。


 ん?待てよ!軍対策には、みんなで一緒にいればいいんだよな。

それにルルがいるんだから、強力な結界も張れるだろうし……。


「ま、待て!2人とも……。みんな、この研究所に、一緒にいればいいじゃないか!」

「え?私も、ユキテルさんたちとご一緒していいんですか?」


 咄嗟にジェシカが、口に手を当てて、顔を真っ赤にさせていた。


「ふん!まだ子どもには刺激強いだろ?」

「……あら、ステラ。別にいいんじゃありません?」

「え、えっと、私もステラさんやルルさんと一緒に、ユキテルさんに………きゃ!」

「ジェシカさん。ユキテルさんって、ベッドの中じゃ積極的なんですよ……」

「な、何言ってやがる!この巫女は!それはあたいが教えたんだぞ!」

「わ、私、ユキテルさんになら純潔を……」

「大丈夫です。私も巫女の純潔をユキテルさんに……」


 あ——。面倒だ……。


 なんでジェシカまで耳まで真っ赤にさせて、この姦し娘たちに入ってるんだ。

たった一度、助けただけじゃないか……。


「わかった!わかった!みんなまとめて面倒みるよ!で、ルル、研究所と神殿の周辺に超絶強力な結界をかけてくれ!」


「まあ……。わかりました、ユキテルさん。愛の巣を作りますね」


 ちが——う!

ルル、そんなに乙女チックな視線を、俺に送らないで……。


 その日から、俺はこの3人娘たちと一緒に寝泊まりすることになってしまった。

ネルと一緒に寝てた方が楽だったよ……。


途中、ユキテルが、ジェシカに、ネルがどうなったか問うシーンがあります。


読者の皆様なら、自責の念に押し潰されそうになっている少女に問いただすでしょうか?それとも優しく慰められるでしょうか?


ここではカウンセリングではよく使われる『反射』という手法で、ジェシカ自身の考えや、感情を照らし返して、ジェシカ本人に吟味させてみました。


それが一番、ここでは有効だと考えたからです。

感情の整理も本人自身しかできませんから。

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