第21話 アルス南部遺跡調査(2)
ステラと2人で入った、その小部屋は狭く、およそ6畳ほどに過ぎなかった。
小さな机と椅子が置かれ、本棚があるのみ。
それ以外には何も見当たらない、実にシンプルな部屋だ。
……何だか、学生時代に住んでたアパートみたいだ……。
机の上には何やら、古めかしい書物と石版が置かれていた。
俺はその書物をステラに渡して、聞いてみた。
「ステラ……この本、読める?」
「……なんだろうね。読めそうで読めないよ」
「持って帰るか?その本……出土物扱いだけどさ……」
「いいかもね。うちの図書館で預かって、解析係に廻してみる」
「ありがと。助かるよ。ステラ……」
礼を言うと、うっすらと彼女の頬が、赤みを増したかのように思えた。
……すぐ表情に出ちゃうんだよね、彼女……でも、こういうとこが好きだ……。
「……と、ところで。ユキテル。この石板はどうする?なんか図が描いてあるぞ……」
そう言いながら、ステラは、石版を手でコンコン叩く。
俺も今、彼女のように顔に表情が出ちゃったのだろうか?
咳払いする彼女から、その石版を受け取ってみると、表裏とも、歯車が組み合わさった図が描いてあった。説明らしき文字は書いていない。 何だろう……?これ、伝承にある最初の時計の設計図か……?
「……ステラ?これも、持って帰るよ。ん?何、それ?」
「ああ、これ、その本棚にあったんだ」
ステラが手にしてたのは、手の平サイズの直方体状の箱だった。
その箱は木製だが、とても重く、振るとカチャカチャと音がする。
何か入ってるようだが、開けるようなところは見当たらない。
「ん——。何だろうね?これも出土物として、持って行こうか?」
「そうだな。ユキテル」
「隊長!隊長!ちょっと、こっちに戻ってきてください」
箱や石版などを手持ちの袋に入れていた時、礼拝堂の方から、アエラが呼んだ。
「今いくよ——!」
俺たちが礼拝堂に行くと、水色の液体が入っている円柱の周りに、メンバーが集まり、ルルに声をかけたり、肩を揺さぶったりしていた。
「ああ、隊長!申し訳ないです。ル、ルルさんの様子が……」
メンバーたちの中心には、ルルが呆然と立っている。
その視線は虚空を彷徨い、いつも微笑んでいる口元はしっかりと結ばれている。
「おい!ルル!ルル!ルル!」
返事がない……。ほんのちょっと前まで、話をしてたのに……。
「……ルル!ルル……!」
「隊長……。さっきからそうなのです……」
アエラはそう言うと、肩を落とし、猫耳もうな垂れるように伏せた。
どうなってるんだ……。一体……。
俺は『ごめん』と言いながら、ルルの頬を軽く叩いてみた。
…………。可憐な唇から、声は発せられない……。
相変わらず円柱の中に囚われたかのように、立ち尽くしている。
「おい!ユキテル!あたいが引っ叩いてみる」
パシッ!
……相変わらず微動だにもしない……。
まるで、違う世界にでも行ってしまったように感じる。
…………もう、ルルを背負ってでも、連れて帰るか。
「あ、あのさ……隊長……」
全く反応のないルルを目の前に、途方にくれていると、おそるおそるターニャが発言した。
「隊長……。人を操る魔法って、私やターリエンじゃなくても使えるんですよ?」
「……で、ルルとどう関係が……」
「……相手を魅了する最大のものは恋なのですよ、隊長……」
普段は物静かなターリエンが、ターニャの代わりに、真剣な面持ちで静かに話を続けた。
「……賭けではありますが、もし、ルルさんや隊長ご自身に、お互い恋愛感情に近いものがあるなら……」
少しターリエンは言葉を濁して、顔を赤らめた。
なぜ、ターリエンが恥ずかしがるのだろう?
?……。でも、ルルを連れて帰らなきゃ……。
この子は、俺にとって…………。
「……あるなら?」
「………………ルルさんと口づけを交わしてください」
「は……?」
「あ、あの口づけです……ルルさんと……口づけを交わしている間、私が竪琴を奏でて、コントロールをしますから……」
あまりの突拍子のなさに、俺は唖然としていると、ターリエンは頬を赤く染めながら、自らの竪琴の音調整をしはじめた。
あの……こんなに人がいる前で…………キス……。
それも昨夜、肌を重ねた子と……。
自分の顔が火照っていくのがわかる。
「あのさ、ターリエンとターニャ。他に方法ってないのかな?」
「……ない……ですよね、ターニャ……」
「ないわよ。いいじゃない?ルルはユキテルが好きなんだし……。私たちは、むこうを向いててあげるわよ?」
あっさりとそう言い放つターニャは、他のメンバーを促して少し離れた。
……何?みんな、その、いつでもどうぞ状態……。
ふと、ステラの方に視線を向けると、彼女は唇を噛んで、眉間に皺を寄せていた。
……こんな顔する時って、彼女、我慢してるんだよな……。
…………そりゃ俺だって、ステラが他の男とキスすれば、嫌な気分になるよ……。
………………。
ええい!後でステラには、ちゃんと謝っておこう。
そしてちゃんと埋め合わせするから……ステラ……今はごめん……。
後ろを向けるステラに、俺は、そっと手を合わせて謝る。
意を決したように、一気に、ルルを強引に自分の方へ向けた。
……そして、ルルの可憐で柔らかい唇に、俺は目を瞑って、唇を重ねる……。
ん…………。彼女の唇の感触と仄かな体温が伝わってくる……。
……遠くから、どこかで聴いたような懐かしい竪琴の音……。
…………。
……心地いいや……。なんだか下に落ちていくなあ……。
「‥‥テルさん」
「ユキテルさん!」
誰……?俺を眠りから覚ますのは……。
「ん……」
俺が目をそっと開けると、そこには、目の前には頬を真っ赤に染めたルルと、笑顔のメンバーたち……。
「よかったです!ルルさんを取り戻したんですよ、ユキテルさん」
「さすが隊長殿!拙者は感服したぞ」
「……さすがです」
口々にメンバーたちが、喜びの声をあげる。
あ、そっか。俺、ルルとキスしたんだったけ……。
……ルル?ルルは?
目の前には顔を上気させたルルがいた。
「あ、ルル……」
「わ、私……。あの水色の柱のところにいたら、何だか……」
「気にしないでいいから……。さあ、みんな帰ろうか?腹減ったろ?」
「お腹すきました……隊長……」
「拙者も……肉を……」
「私、魔力結構使いましたから……く、果物を……」
ぐぅ。きゅるる……。
誰かが盛大にお腹を鳴らす音に、みんなで大笑いした。
「よし!帰って、打ち上げするぞ!」
***
帰り道は、マリオンたちが説得しておいた蔦さんたちの援助もあり、ゾンビたちもそれほど出てこなかった。
しかし、ゾンビたちを倒した後のためか、床の蔦の量がハンパなく多い。
「お——い!みんな、足元、気をつけてね」
帰りの方が安心しきってるし、体力消耗しているから、逆に注意しないと……。
「きゃ!」
後ろを振り返ると、案の定、ルルが蔦に足を取られて転んでいた。
あちゃあ……。考えるそばから……このドジ巫女……。
やれやれ……と、ため息をつきながら、俺は彼女の足に絡まっている蔦をとってやった。
そして彼女を立ち上がらせた、その瞬間。
ギシッと、天井が軋む音が聞こえた。
やばい!天井崩落だ!
確か、後ろにはジェシカが……。
事故はダメだ!絶対!みんな、不幸になる……。
「全員!全力疾走で出口に行け!急げ——!」
そう怒鳴ると、俺は全力でルルを前方に突き飛ばし、後方のジェシカの頭上付近めがけて、
<雷撃魔法>を詠唱する。
『トールデンリース!』
そして詠唱する間も無く、俺は全力で、ジェシカの元へと走った。
そのあとのことは、自分でも何だかよく覚えていない。
覚えているのは、ダンジョン出口で俺にお姫様抱っこされて、ゆでダコのように赤面しているジェシカ……ジェシカを冷やかすメンバーたちの顔……。
そして腕組みをして、俺を睨みつけているルルとステラの恐ろしい顔だった。




