第20話 アルス南部遺跡調査(1)
*注釈があります
アルス南部遺跡—— ここは、最も精緻な機械である、最初の時計が作られたと言われている場所。
そして、この寺院の一部は、帝都アルスの外壁によって壊されている。
つまり、アルス建設以前にあった遺跡だ。
文献も残り、アルス建設以前と、ちゃんと年代がわかる遺跡……。
その意味でも、ここは貴重な遺跡だ。
ここから出土したものと、他の遺跡のものを比較することで、それぞれの新旧や年代がわかってくるからだ。
しかし、ここは多くの死霊を供養する場所であったため、打ち捨てられた今、死霊を供養できずにゾンビの住まいと化しているのだ。
そのため有名でありながら、未調査の場所。
そんな遺跡の入り口に、俺たち、調査隊のメンバーはいた。
「んじゃ、行きますかね」
肩をゴキゴキ廻しながら、俺は、緊張した面持ちのメンバーたちに声をかけた。
「お、おう!行くか」
「では次は拙者が」
ステラとリディアが先陣を切って、ダンジョンの中に入る。彼女たちは、共に身体能力に優れてるため、先頭だ。
その後、ターニャ、ターリエン、マリオンの順に、そして俺とルル、ジェシカ、ネルとアエラが続いて入った。
ダンジョンの中は、ひんやり冷たく薄暗い。
「……蔦が多いですね……ラッキーかも」
「あっ!なるほど!さすが、ターニャさん」
「どうしてなんだ?ターニャ、マリオン? 歩きにくいだけじゃないか?」
そう。ここは蔦が天井や壁、床までピッシリと這いずり回っていたのだ。
「ふふ。なあに、この蔦たちに、ちょっと働いてもらうだけですよ」
「そうです。ちょっとお願いしてみますね」
ターニャとマリオンが、それぞれ蔦たちに詠唱や説得をする。
「ユキテル隊長、蔦たちに了解していただきました。ゾンビが来たら、縛ってくれるそうです」
「私の方も、いつでも大丈夫よ!隊長」
「……なるほど!蔦は植物だもんな。彼らの助けを借りて、ゾンビを始末しようってことか!」
俺はようやく、2人が蔦を利用しようとしていることがわかった。
彼女たちは植物を操ることができるからな……。
それにしても…… 前方を行く俺たちに、『任せとけ』って言わんばかりに、蔦たちが、先端をふるふる振って応える姿が、なんとも……。
***
幸いにもこのダンジョンは大寺院だったため、古地図がある。
その地図によると、今いる回廊を抜け、礼拝室の先に小部屋があるらしい。
俺としては、そこに何かあるんだろうなと思ってるんだが……。
「きゃ!」
「ターリエン、あたいに任せとけ!」
急に出てきたゾンビ達に、ターリエンが驚いたように飛び退くと、ステラが迫ってきたゾンビに、思いっきり回し蹴りを食らわす。
クリーンヒットした先頭のゾンビの顔が更にグチャグチャに潰れ、光となって溶けるように消えた。
「ふん。魔法かけた蹴りだからな!おら!次はどいつが浄化されたい?」
ファインティングポーズを取りながら、笑いながら、ゾンビを挑発しているステラを見てると、なんとなく背筋が寒くなってきた。
『この子を本気で怒らせるとヤバイな……』
そう、俺の本能が告げていた。
そんなことを思ってると、次から次へとゾンビが湧いて出てきた。
これに対してターニャが詠唱する。
『汝、アイヴィよ! 縛れよ!』
そしてマリオンも負けずに、蔦たちに指示を出す。
「蔦さん達、ゾンビ達を縛ってしまいなさい」
あれよあれよという間に、蔦は無数に出てくるゾンビを捉えて、縛りあげていく。
蔦の魔手から逃れたゾンビには、情け容赦ないステラの蹴りと打撃が加えられていった。
「わあ……なんていうか……すごいな」
俺とルル達が、調査隊メンバーの思いもよらぬ活躍ぶりに驚嘆していると、リディアが尻尾を揺らしながら、俺たちの前方へと出てきた。
「ふふ。隊長、あとは拙者が仕上げを!」
『汝、ヨルズよ!、我、竜の眷属リディアが命ず!土よ!腐れよ!』
リディアの詠唱で、ダンジョン内の土が一斉にゾンビを飲み込んだ。
その土が一気に黒く変色したと思ったら、ゾンビ達は土に溶けるように消えてしまった。
わずかに残ったゾンビ達の体組織らしき破片も、ターリエンが操るネズミ達に食べられてしまう。
「……このメンバー、実は凄いのかもしれませんね。ユキテルさん」
大巫女と言われるルルでさえ、口に手を当てて、驚嘆している。
そのくらい、うちら調査隊の面々の手際の良さや、魔法の使い方は素晴らしかったのだ。
土や植物、動物が扱えたって、意味ないだろ?って、最初、心の奥底で思っていたのは確かだ。
でも、改めて、アルス職業ギルドマスターのミーヤさんとフレムさんの目利きの良さに感服してしまうな……。
ほんと凄いメンバーだ……。
***
ゾンビ達がいなくなったため、俺たち調査隊メンバーは比較的楽に、礼拝堂へと進むことができた。
「……あれはなんでしょう?」
アエラが指差すその先には、透明な円柱が立っていた。
その円柱の中は水色の液体で満たされていた。
水色の液体に浮かんでいたのは、無数に組み合わされた歯車だった。
それらが、まるで意思を持ったかのように、回転し、勝手に組み合わせを変えていく。
「なんだこれ……?勝手に動いてる……自律してるんじゃ……」
「……これ、どうやって動いてるのでしょう?魔力で動いてるようですが、その供給源はどこから……」
「おい!これ見てくれ!ユキテル!」
俺とルルが、その不思議な円柱の中を、呆然と見ていると、ステラが大声で呼んだ。
「なんだよ……」
「これを見てくれ!なんか見たことがない、文字が刻まれてる!」
礼拝堂の隅にいた、ステラの方に行くと、そこには2m程の高さの透明な板があった。
その板には漢字のような文字が書かれていたのだ。
ん?これ、甲骨文字っぽいな……。そっくりだ……。
「おい!ユキテル!これ、読めそうか?あたいには、ちょっとわからないんだが……」
板をジッと見つめていると、ステラが声をかけてきた。
「ああ、俺が元いた世界の文字そっくりだ……。ネル!ちょっとこの板を模写してくれないか?」
「いいよ!お兄ちゃん!」
ネルにお手製画板を渡し、模写させている間に、俺たちは、礼拝堂の隣にある小部屋への入り口を探すことにした。
礼拝堂に来てみたのはいいけど、行き止まりだったからだ。
古地図には書かれているはずの部屋がない……。古地図の間違いか、どこかに扉でもあるのか……。
みんなで手分けをして、小部屋への入り口を探す。
俺は例の透明な円柱の裏に廻り込んでみた。
ん?何だろう、これ……。複数の石がはめ込まれた石版があったのだ。
そこに書かれている文字も、さっきステラと見ていた文字と同じだ。
石版にはめ込まれた石は、パズルのようにスライドして動かすことができた。
もしかして、これ、円柱の中の動力コントロールか……?
それとも……あ!もしかしたら!
学生時代の甲骨文字の知識を思い出しながら、石のパズルの文字を組み合わせてみた。
ズズズ——!
後ろの方から、重く鈍い音が聞こえたかと思うと、石の扉がゆっくりと開いていく。
「おい!ユキテル!そこは……?」
「ああ、ステラ!ここにある石版が、小部屋への鍵さ。部屋が隠されてたんだ」
俺とステラ、そして他のメンバーたちは、その時、ルルがずっと円柱の中の歯車に、魅入られているかのように、瞬きもせず見つめていることに気がつかなかった。
考古学者はなぜ年代がわかるのか?
・作中にあるように、年代がわかる遺跡を基準とします。それを比較・対照することで年代を決定していきます。ただし、そのためには多くの遺跡や資料を必要とします。
・放射性物質や火山灰、花粉等を使った年代推定は補助的です。
・物の形は同じ物でも、年代を経ると変化していきます。その変化を追うことで、ある程度年代がわかります。ただし資料数が多くないと……。
・文献がある時代の遺跡は、文献も参考にしながら、年代を決めます。




