第19話 帝都アルス南部遺跡へ
*注釈があります
「…………さん」
「……テルさん‥‥」
「……ん?……」
「ユキテルさん、おはようございます」
目が覚めると、右手に柔らかい感覚があった。
ん?柔らかくもあり、しかも、張りがあって、いい香りが……いい枕だなあ……。
「あん……ユ、ユキテルさん……」
耳元に、ルルの嬌声が聞こえる。
げ……!俺の右手が置かれていたのは、形のよいルルの胸の膨らみだった……。
枕じゃなかったのか……。
ま、まずい……。そのしっとりした肌の感触が、昨夜のことを思い出させる。
「……ユキテルさん、この温もりが、愛なのですか?」
小声で、そう、俺に耳元に囁いてくるルルは、まるで子猫が戯れてくるかのようだ。
「……愛……じゃないと思う……俺、そんなに経験ないから、わからないけど……。たぶん、ほんの一部分じゃないかな……」
「一部分……ですか……」
頷く俺を見て、一瞬、悲しそうな瞳をした。
その表情が、はかなくって切なさそうで…………。
俺は彼女にどう言ったらいいんだろう……。
愛なんて、俺にもよくわからないよ……。
でも、たぶん、行為そのものじゃない……。
「……ユキテルさん、少しずつ、本当の愛を教えてくださいね」
俺の顔を、まじまじと見て、ルルは微笑んで、そう言った。
***
「よお!おはよ!ユキテル!お前、どうだった?」
「……あ、ああ、ステラ。おはよ」
「なんだ!元気ないなあ」
何となく、ステラに顔を合わせにくいや……。
……いくら、ステラ公認とはいえ、ルルと最後まで、シテしまうなんて……。
一度、肌合わせたからか、ルルを見るたび、昨夜のことを思い出してしまう。
あんなにステラのことを考えていたのに……。
「………。い、いや。なんでもない」
「……ルルと、どうだっ……」
「ところで、ステラ!今日はいよいよ、アルス南部のダンジョンだろ?」
「…………まあね。あたいが教えた体術が役に立つ時だぜ?」
昨夜のルルとのことを遮るように、俺は無理矢理、今日の調査の話を持ち出した。
その一瞬、ステラは眉をひそめたが、それ以上、昨夜のことは聞いてこなかった。
「あら?ステラ、私の魔法術の方が、体術なんかよりも、役に立ちますよね?ユキテルさん」
そこへルルがやってきて、自分の右腕を、俺の腕に絡ませてくる。
……やめてくれ……!ルル!
なんでこんな時に絡んでくるんだ‥‥!
「おはようございます。ルルさんとステラさん!」
あ……ジェシカ……。ナイスタイミングだ。助かったよ……。
俺は、あたかも、仕事モードに戻ったかのように、絡んでたルルの腕を離した。
「ジェシカさん!おはよう。今日の準備はできてるかな?」
「はい!ユキテルさんが、お話ししていた通り、頭を守れるよう、軽めの兜を人数分、用意しておきましたよ」
「ん?ユキテル!なんで、兜なんているんだ?」
「ああ、だってこれから行く遺跡は廃墟、つまりダンジョンだろ?だからさ」
「まあ、ゾンビ共が湧いてくるけど、兜なんて役に立たんぞ?」
ステラが不満そうに腰に手を当てて、俺に突っかかってきた。
「そうですよねえ……。なぜ兜なんて必要なんでしょう?ユキテルさん」
ルルも小首を傾げながら、俺に尋ねてくる。
ちょうど、集合時間が近づいてきたので、ターニャやリディア、マリオンたち、調査隊の面々がやってきた。
「おはよう!みんな、来たね!ちょっと、みんなに注意してもらいたいことがあるから、悪いけど、こっちに集まってくれ——!」
ちゃんとみんなに安全上のことを話しておかなきゃな……。
俺はルルやステラたち、調査隊のメンバーを集めると、ジェシカから兜を一つ受け取った。
その兜を手にしながら、俺は説明をしはじめた。
「みんな!今回もありがとう!今回はみんな知ってるように帝都アルス南部にある遺跡の予備調査をする」
「はい。確か……あそこはダンジョンですよね……」
「うん。そうだよ、アエラ。廃墟というか、ダンジョンだね」
「……ソンビ、いっぱいいるところだ……拙者はゾンビ嫌いじゃ」
「ですよね……あそこはゾンビが……」
意外だな。リディアはゾンビが嫌いだったのか……。
調査隊メンバーは、ゾンビへの不安を口々に訴えた。
「まあ、ゾンビも大変だけど……。それよりも、今回の調査では、ちゃんとこの兜を被ってほしいんだ」
俺は手にしていた兜を、みんなに掲げてみせた。
「隊長!なんで兜がいるの?」
「そうだ、そうだ」
ターニャをはじめ、みんなから不服そうな声があがる。
「えっとね。ダンジョンで危険なのは、ゾンビだけじゃないんだ。一番怖いのは、ダンジョンの天井が落ちてくることだよ」
「天井?ああ、まあ、そん時はあたいの拳で、ぶっ壊せばいいだろ?」
この、腕力バカ……。
それ、できるのはステラ……お前くらいだよ……。
俺はため息をついて、続けて説明する。
「古い建物の天井や床って、いつ崩れるかわからないんだよ。もし、いいものを見つけて、それに気を取られてる時に、天井落ちたら死ぬぞ」
そう。今回のダンジョン探索では、ゾンビ対策と落盤対策が肝心だった。
「ああ、わかりました。さすがユキテルさん」
「なるほど。さすがです、隊長。私たちの身の安全も考えてくれるなんて……素敵」
なるほどと、相槌をうつルルや、変な視線を向けてくるターニャを無視して、俺は、全員に兜を手渡した。
「うむ、拙者は兜をかぶるぞ!」
「……隊長の心配は正しいです」
「私も被ります!」
それぞれのメンバーが、兜を被った。
残ったのはステラだけだ。
……一番、面倒くさがりな奴が残ったか……やれやれ……。
「ほら、ちゃんと兜を被って!」
「な!暑苦しいから、あたいはいらねえよ!」
俺の手を払いのけようとするステラに、俺は、無理矢理、兜を被らせた。
「……お前が心配なんだよ。だから被っておけよ」
本心から俺は、そうステラに言いながら、そっと兜の紐を締めてやった。
ステラは少し頬を赤く染めながら、素直に従った。
***
「それではみなさん、アルス南部のダンジョンに行きますよ」
みんな、コクリと頷く。
噂に聞くダンジョンなだけに、それぞれ緊張しているようだ。
マリオンは唇を噛み締め、ターリエンは目をつぶっていた。
そして、ルルの<移動魔法>の詠唱がはじまった。
俺は今回の遺跡の特徴や調査目的を、頭の中でくり返し、反芻する。
アルス南部遺跡は、地中に埋まっている遺跡ではなく、実は廃寺院跡だ。
時を経て、朽ちてしまっているところはあるが、建物は残っている。
今風に言えば、廃墟。ダンジョンだ。
ただ、寺院であったがため、死霊、つまり、ゾンビがたくさんいるのだ。
ゾンビがたくさんいるために、ちゃんと調査をしていなかった遺跡なのだ。
今回、この遺跡を調査するのには、理由がある。
この大陸で、最も精緻な機械である時計が、ここで最初に作られたという伝承が残ってるからだ。
もしかしたら、前回調査した、ダール地区遺跡で見つかった機械の一部もあるかもしれない……。
そう、思ったからだ。
しかし、そもそも……なぜ時計がここでは……。
<移動魔法>により、俺の意識は、そこで彼方に飛ばれて行った。
実際の発掘調査の現場では、以下の事故があります。
・落石、落盤(ダンジョンのように天井がある遺跡が、実際にあります)
・高所転落、滑落
・落雷
・マムシ、ヤマカガシ、ハチ等有毒な生物による事故
・法面崩落(死亡率が高いです)
発掘調査のアルバイトなどをされる時は、しっかり担当者の注意事項を聞いてくださいね。
安全対策はしていますが、限界があり、一人一人の安全への配慮が欠かせません。




