第17話 ステラとルル(2)
*少しずつ軌道修正
「おい!こら!脇が甘いぞ!」
「何やってるんですか!ユキテルさん。そこはガード魔法でしょ?」
ルルとステラの罵声が、ほとんど同時に神殿の庭園に響く。
「そんなん同時にできるか——」
習いたての魔法と武術を、同時に使えとか、無茶苦茶だろう……。
ド素人の俺に、そんな器用な真似が……。
「げ!ちょ、ちょっと……」
その瞬間、ルルの雷撃魔法が、思いっきり左腕を直撃する。し、痺れるぅ……。
左脇が甘くなったところに、すかさずステラの木刀の打ち込みが入る。
「——うげ!」
身体全体を強打されたかのような、激しい痛みに襲われた。
そして視界が、左右に揺れたかと思うと、フッと地面が見えた……。
バッシャーン——!
「わ!つ、冷てえ!」
強打され、伏せってるところに、氷のような冷水を浴びせてきた。
目をパチクリとさせて、まだ脇が痛む上半身を起こす。
そこにはバケツを持って、仁王立ちのステラと、雷撃杖をバチバチ言わせながら、冷たい視線で俺を見つめているルルがいた。
「何をいつまでも寝てるのですか?そんな暇、与えませんよ。ユキテルさん」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。ルル。休もうよ」
「何をおっしゃってるのですか?ユキテルさん。この3人で決めたことでしょうに」
「そういうことだ!ユキテル!お前も決めたんだろ?」
「ステラ……。お、俺はただ穏便に……」
「「黙ってらっしゃい!」」
鬼をとって食おうかと言わんばかりの、恐ろしい形相で怒鳴る美女2人……。
はあ……どうしてこうなった……。
こういう事態になってしまったのは、昨晩のことだ。
***
昨日、王宮からの帰り道に、ルルから、夕食後、ステラと一緒に、大神殿の礼拝堂に来るように言われた。
そう……。俺たちの関係は、とっくにルルに知られていたんだ……。
ある程度、想定してたとはいえ、心の奥底で、『知られていないはず』と思ってた。
ステラも内心は『知られていないはず』と、淡い希望を持っていたらしい。
「ステラ……。ごめん。とっくにルルに、俺たちの事、バレてたみたいだ」
「……やっぱり……」
うなだれて今にも泣き出しそうに、目を腫らしているステラ。
その表情を見て、俺は『ルルに話をするんじゃなかった』と、今更ながら深く後悔した。
「……ユキテル……。あたいはルルが何をしようが、何を言おうが離れないからな」
「……でも、俺はどうしたら……」
ステラは俺の顔を見て、唇をキュッと噛み締めた。
そして深呼吸すると、こう提案してきた。
「あたいとルルとで、ユキテルを、シェアできるようにしちゃえばいい」
「……え?シェア?」
そりゃ、一夫多妻制なのは知ってるけど、ルルが納得するんだろうか……。
「まあ、任せておけって」
もうルルに勝ったと言わんばかりに、まるで悪役のように不敵に笑うステラ。
そんな彼女と一緒に、礼拝堂へと向かった。
***
「どうぞ、ステラとユキテルさん。立ってるのも何ですから、そちらへどうぞ」
能面のような張り付いた笑顔で、俺たちを迎えるルル。
その迫力に気圧されてしまいそうになる。実際、ものすごく恐ろしいのだ。
ステラは、ルルをキッと睨みつけると、いつものようにルルに話しかけた。
「で、何の用だ?ルル」
「あら。この泥棒猫さん……。うちのユキテルさんを手篭めにして、どういう事でしょう?」
「泥棒猫?ルル、お前だって、チャンスはたくさんあったろうが?それを活かさせなかった、お前がダメなんだろうが?」
「へえ。貴女。ユキテルさんに出会って、そんなに日が経ってないじゃない?私なんて、ユキテルさんが、生まれる前から、ずっと見つめてきたんですからね。私の方が、ユキテルさんとは、お付き合いが長いんです」
「ちっ!ただ見てただけじゃないか。ちゃんと自分から『愛してる』って言ってないだろ?あたいは、ちゃんと告ったぞ!」
「…………。貴女なんて……貴女なんて、貴女なんて、貴女なんてぇ!」
激昂したルルは、聞こえないほど小さな声で、口の中で呪文を詠唱しはじめた。
「ふん。なんでユキテルのこととなると、こう感情を出せるんだろうなあ。ルル。」
「うるさいわよ!この泥棒猫!」
次の瞬間、ルルとステラの間に閃光が走った。
わ!やばい! 俺はとっさに、その閃光の中へ飛び込んだ。
…………。
………………。
ん?なんだ俺……。
気がつくと、ルルとステラが、俺の顔を不安そうに覗き込んでいた。
「……あんた。ユキテルを傷つけるとは、どういうことだ?あん?」
「……え、えっと、ステラ。これは不可抗力で……ちょっと間に合わ……」
「じゃ、ユキテルはあたいのもんでいいな?ルル」
「嫌です。最初から私のものです」
「……ふ、2人ともいい加減に……」
「「貴方は黙ってて!!」」
再び、取っ組み合いの喧嘩をはじめそうだったので、制止しようと……。
……はい。ごめんなさい。俺がいい加減でした……。
静かにしておりますです。
「ちっ!埒があかないな!」
「そうですね。ステラ。この神殿、壊したくないですし」
「……こうしないか?ルル」
「何ですか?今更ごめんなさいでしょうか?」
「ふん。また遺跡の予備調査を計画してるんだろ?」
「はい。ユキテルさんが、次のところは、アルス南部にある遺跡だって……」
「今度行くその遺跡って、廃墟、つまりダンジョンだよな?ルル……」
「はあ、まあそうですが……」
「あそこはゾンビもどきが、際限なく沸いてるとこだぞ。ルルや他のメンバーが、どんなに魔法使っても、湧き続けるようなところで、ユキテルが無事でいられると思うか?」
「あ……!き、厳しいですね。ユキテルさんも、魔法使えるもんだと……」
「だろう?ルル。お前はユキテルに魔法を教えろ、あたいは身体魔法というか体術を教える」
「…‥なるほど。調査しながらだと、ユキテルさんを守れませんからね……。自分で守っていただかないと……」
「で、ユキテルに上手くたくさん教えた方が、その夜、一緒に寝るのさ」
「ああ、それはいいですね。私の方が教えるのは上手いですから」
「ち、ちょっと待て!2人とも……」
何だか、勝手に魔法を教えるだの、体術教えるだのと、盛り上がってるけれどさ。
俺、一般人だぞ。考古学しか知らんし……。
「ん?何だ?ユキテル。お前、自分を守れるのか?」
「ステラ、俺、でも体術とか……武術は苦手だったし。魔法なんてわからないし……」
「何、甘えたこと言ってるんですか?ユキテルさん。魔法は誰でも使えるようになるんですよ。そもそもユキテルさんは、魔力が高いんですから、ちゃんと私が特訓してあげましょう」
「……そうだぞ。ユキテル!あたいが、くんずほぐれつ、直々に体術の奥義を教えてやる!」
「いえ。明日の夜、ユキテルさんとご一緒するのは私ですよ。私が魔法教えれば、完璧です」
「何言ってやがる。あたいの方が相性がいいんだ。体術とベッドの上なんて同じだろうが!」
「「明日からは私が!!」」
ルルとステラが、そう自分自身を指差しながら、俺に迫ってきた。
2人とも目が血走ってる……。
何だ……この迫力は……。どんな上司よりも怖い……。
「わ、わかったよ。言う通りにする。2人に魔法と体術を教わって、上手く教わった方と、一緒に寝るよ……」
「「よし!もらったあ!」」
さっきまで喧嘩してた癖に、そういう時は一緒なんだな……。
俺は思わず苦笑しながら、喜ぶ2人を見ていた。
ちなみに、魔法や体術の旨さや習得度を審判する不幸な奴は、ネルとジェシカの2人と決まってしまった……。
2人には本当に申し訳ない……。




