第14話 打ち上げ
宴席では大切な話もありますよね……
帝都アルスは、もう日が傾いているのにも関わらず、多くの人々で賑わっていた。
人波をかき分け、『お腹減った』と騒ぐメンバーたちと入ったのは、お酒も出す居酒屋風大衆食堂だった。
みな、怒涛のごとく注文し、料理と飲み物がテーブルに山のように置かれる。
「じゃ、はじめましょうか?ユキテルさん、乾杯の音頭をお願いできますか?」
斜め向かい側に座っていたルルが、木製のジョッキを持って、乾杯を促した。
ちなみに今日のこの打ち上げ代は、ギャロウ陛下のポケットマネーからだ。その辺の段取りは、ルルとジェシカが仕切ってくれた。手際が良すぎる‥‥。
「では!皆さん、今日はお疲れ様でした。これからもよろしく!乾杯!」
「やっほう!乾杯!」
俺を含め、総勢10名が、一斉にジョッキを空けた。
さっそく肉に食らいつくリディア、果物を口に頬張りつつ、違う獲物を両手に持ってるターリエン、すでに8杯目を平らげているマリオン、ジョッキを何杯あけたかわからないステラ、ネルと一緒に鍋物を突いているルルやジェシカ……。
別の意味での阿鼻叫喚図だ。
「遺跡の発掘って、疲れるけど、意外と楽しいものなのですね」
黙々と串肉を食べながら、アエラが話しかけてきた。
少しふくよかな体型にも関わらず、本人の言う通り、意外と食べていない。
「楽しんで仕事してもらえて、俺も嬉しいよ」
その返事に、にっこりと微笑んだアエラは、俺のジョッキに琥珀色の飲み物を注いだ。
向こうの席に座っていたターニャも、そばに寄ってきて、飲み物を俺に注ぐ。
「あ、それは私も思った——。出てきた時が、なんか嬉しいよ」
「まあ、それは遺跡発掘の楽しみの一つかな」
「ふ——ん。で、ルルとはどこまで行ったの?」
プ——。俺は思わず、ジョッキの液体を噴いた。
「何もしてないの?離れ家に住んでるから、同じ屋根の下も同然じゃない」
「あ、あのな……。声が大きいよ……」
俺はルルの方をちらりと見た。ネルやジェシカたちと話してて、こっちには気がついてない。
「……もしかして、隊長はルルが大巫女だからって思ってない?」
…………図星だ。
まあ、巫女という立場で俺の召喚者だからってのは、一番大きい……。
「黙っちゃうってことは、そう言う事だよね。あんまり気にする事ないと思うよ。隊長のいた世界がどうだったかは知らないけど、ここでは一夫多妻が当たり前。一夫一妻とかだと、逆に、何か問題でもあるんじゃないかって思われるわ」
「え?俺を召喚された者だって知ってるのか?」
「もちろん。ここアルスじゃ、みんな知ってるわよ」
げ。そうだったのか……。
アルスで悪いことできないな。
……でも、一夫多妻ねえ……。馴染めないなあ。
「と言うわけで、私も参戦しちゃおうかな?」
潤んだ瞳で俺を見つめて、濡れた自らの唇を舌舐めずりするターニャ。
うわあ。エロい危険だ……。俺には刺激強すぎる……。
「おおい!ユキテル!楽しんでるか。ん?何だ!この姉ちゃん!」
俺に迫り来るターニャを退けて、すごい勢いで割り込んできたのはステラだ。
「ちょ、ちょっと……」
「ああん?ユキテルにちょっかい出してんじゃないよ」
ターニャは残念そうに、こちらをちらりと見ると、ルルの方へと、自分のジョッキを持っていった。
そんなターニャを睨みつけ、俺の隣に座ると、ステラは俺のジョッキに飲み物を注いだ。
「お前なあ……メンバーに喧嘩売るなよ」
「あの女、ちょっと気をつけた方がいい」
「ん?ルルの友達だから大丈夫さ」
「……女の勘ってやつかな。あの女は何かある」
「疑り深いやつだな。気のせいだろ?」
「……だと、いいんだけどな。ま、嫌な感じはするのさ」
まあ、ステラも、ルルほどじゃないけど、かなりの魔力もってるからな。こう見えても……。
「……で、今晩さ。……ユキテルのとこ、泊まっていいか?」
「は?何でだ。図書館の仕事はどうした」
「大丈夫さ。部下どもに全部丸投げしてきた。なんせ館長命令だぞ!それにルルには仕事の打ち合わせって、言ってあるから無問題だ」
もう、ルルに根回ししたのか……。
でもルルのこと、気にしてるんだな……。
「……って、お前、館長だったのか……どおりで」
「ま、そんな身分なんて、仕事にゃ、関係ないだろ。ユキテル」
「ま、そりゃそうだ」
「で。泊まっていいか?」
「……断ったら?」
「いや。ユキテルは断らない。ほんとに仕事もするし。あの返事も、もらってないから」
「……わかったよ」
俺は、ついつい、ため息をついた。
告られた返事をしなきゃならないのか、と思って……。
そんな俺の腕に、ステラが豊かな胸を押しつけてきた。
まるで心配するなって言うかのように……。
わあ……。柔らかくって、暖かくって……。理性とびそう……。
「ふふ……。じゃ、後で……」
微笑みながら名残惜しそうにステラは席を立つと、待っていたかのように、ルルが
俺のそばに座った。
「あの。ユキテルさん」
「な、何でしょう?ルル」
後ろめたさで、俺は声が裏返ってしまってた。
「変なユキテルさん。ステラが、今晩、泊めてくれないかって、お話したかと思うんですけど。それは構わないですよね?」
「あ、ああ。い、いいって、ステラにも言ったよ」
ルルは微笑みながら、そして疑いもせずに、こう言った。
「それはよかったです。私は明日の午前中に、王宮で、陛下と将軍に、お会いしなきゃならなくなったので、今晩は一緒に神殿に戻れないんですよ。今夜は、ジェシカさんの別宅にでも、ご厄介になろうかと話をしていました」
「え?ネルはどうするの?それに<移動魔法>使わないと、この時間からでは、神殿に戻れないんじゃないの……」
「もうネルは寝ちゃいました。お腹いっぱい食べてましたしね‥‥」
ルルが指差した先には、リディアの膝の上で、気持ち良さそうにネルが寝息を立てていた。
「それに<移動魔法>の件なら、ご心配なく。私がちゃんと送り届けますから」
「<移動魔法>は、術者が、そばにいなくても使えるの?」
「……普通は術者が、そばにいないと移動できません。これでも私、大巫女ですから。行き先と、相手の現在地がわかれば、移動させることができるんですよ」
そう言って、細い二の腕を出して、力こぶをフンと出して、やる気をみせるルル。
「そうか。わかった。俺は陛下やローレン将軍に会わなくてもいいの?」
「えっと、今回は資金のことなので、大丈夫ですよ。ジェシカさんも一緒ですし」
「あ、そっか。今回の謁見は、ジェシカが持ってきた話だったんだね」
「はい、ユキテルさん。ジェシカさんのご発案です」
「……そうかあ。あの子、なかなか凄いね。交渉ごとやら、道具のこととか」
「そう思います。彼女を褒めてあげてくださいね」
「うん。そうする。ありがとう、ルル」
そう、お礼を言うとルルはかすかに微笑んで、頬を染めた。
そんなルルの姿を見て、俺は、胸の奥底にある空気が、止まる気配がした。
いたたまれなくなって、俺は、ジェシカがいる席へと向かった。
ルルと、たった今、約束したばかりだもんな……。ちゃんとしないと。
「ジェシカさん、ありがとう。今回の調査が上手くいったのは、ジェシカさんのおかげだ」
俺は素直にジェシカにお礼を言って、頭を深く下げた。
器材の段取りや、必要な経費の計算、そしてこの宴席に到るまで……。
全部、細かいことはジェシカが受け持ってくれたのだ。
今まで王宮にいて、こんなことやったことなかっただろうから、大変だったろう。
でも彼女のような、縁の下の力持ちがいなきゃできない仕事だ。
パチパチ………。パチパチパチパチ。
その拍手の音は最初は小さく、そして少しずつ大きくなって、ジェシカを包んだ。
メンバー全員が、この小さな力持ちを讃えていた。
「み、みなさん……。こんな不慣れな私を……ありがとう」
ジェシカは、思いっきりその頬を涙で濡らした。
***
「では、ユキテルさん。ステラをよろしくお願いしますね」
「あたいが、ユキテルをお願いされるんだぜ?」
冗談を言いながら、ステラは、俺と一緒に、ルルが描いた魔法陣の中に入ってきた。
ルルの詠唱がはじまると、ステラがそっと俺の手を握った。
そう。これからステラと夜を過ごすのだ。俺は……。
いつもお読みくださいまして、ありがとうございます。
ブックマークもいくつか頂きまして、恐縮しております。
物語がスローテンポで申し訳ないです。
少しずつ、苦悩しながら、成長していく主人公たちを、見守ってくださると幸いです




