第12話 ダール遺跡調査前夜 〜それぞれの夜〜
何だよ、これ……?くっそ分厚い本だなあ。
ブツブツ言いながら、俺はステラが乱暴に投げ渡した、『性訓』なる本を開いた。
中身は……。
……ふむふむ。
『樹人族の場合、足全体と背中が感じやすいです。また、エルフ族の場合、耳と首筋が…… 』
そっか、なるほど。そこか。参考になるなあ。
…………ハッ!熟読してしまった。
これ、男女の行為の図解式指南書じゃないか。
どうもありがとうございました。
何なんだよ、ステラの奴!
いくら、俺が童貞でも、ルルが俺に対して、特別な感情を持っていることくらい気づいてるよ!
それに俺だって、ルルは可愛いし、優しいし、ドジなところあるけれど、それはそれで守ってあげたいし……。
正直言って、好きだよ!でもな……。ルルは大巫女という立場なんだよ。
俺をこの世界に召喚したのは、彼女だし。
何か使命があって、俺を呼んだんだろう。
その使命が終わらないうちに、ルルの想いに応えるなんてできないよ…….
俺は唇を噛んで、何気なく、その本の表扉を見た。
そこには、美しく装飾された金箔文字で、こう書いてあった。
『好意には行為を持って応えるべし』
そうしたいけど、できないから困ってるんだよ……。
***
何となく落ち着かず、俺は神殿の庭園に行ってみた。
すっかり暗くなってしまい、そこは夜行性植物たちの花や、樹々の葉が美しく輝いていた。
俺は深緑色に輝く草花の葉を見て、ルルのきれいな髪を思い出した。
はあ。どうしよ。ステラが言いたいことって、何となくわかるんだよな。
大樹の光り輝く葉を仰ぎ見ていたその時、ばったりとステラに会った。
「何してるんだ?こんなとこで」
「ユキテルこそ、何してるんだ?」
「「……さっきは……」」
少し沈黙があった後、どちらともなく声をかける。
「……ぷ。あはは」
ステラは、口に手をあてて笑った。
その表情が、ちょうど光り輝く花々に照らされて、すごく美しく思えた。
……え、か、可愛い。ステラって、こんな可愛かったっけ……。
「す、ステラ……。あのさ……」
「……。あ、あたいさ……」
何かしら言いたそうに、ステラが口ごもる。
俺は黙ってうなずいて、彼女の次のひと言をうながした。
ステラは意を決したかのように、大きく深呼吸すると、俺にゆっくり吐きだすように話しはじめた。
「あ、あたい……。ユキテルと話してると、何だか楽しくって、嬉しくなって、それでそれで……」
そこまでステラは話した後、ちょっと考えるように一呼吸おいた。
「一度しか言わねえ。あたい、ユキテルが好きだ!」
ステラは全エネルギーを一気に放出するかのように、そう告げて、脱兎のごとく、走り去っていった。
え……。俺、今、告られたのか……。
てっきり、ステラは、俺に対して怒っていたから、それを謝ってくるのかと思ってた。
…………。
どうしよう。
俺がルルに対して、いいかげんな態度をとってるから、それで親友のステラが、怒ってたって、思ってたのに……。
ステラはあの性格だ。思ってることをそのまま言う。
その点が、俺はいいなって思ってた。
それにさ、彼女といろいろやり合ってる時は楽しいんだ……。
あれ?俺はルルが好きだけど、ステラにも惹かれてるのか……。
はあ……。困ったな。どうしよう。
異世界に来て、異性関係で悩むなんて思わなかった。今まで、そんな経験ないもんな……。
***
落ち着かないや。眠れそうもないな……。
俺はそのまま庭園で、光り輝く花々に触れていた。
そうすることで花々から、何となく安らぎが貰えるように思えたから。
しばらくして、顔をあげると、少し遠くにルルがいた。
俺は胸の奥が、少しチリッとした気がした。
ルルはそんな俺に気がついたようで、ぺこりと頭を下げて、そばにやってきた。
「眠れないのですか、ユキテルさん」
優しく微笑んで、そう俺に語りかけるルル。俺、なんか胸が痛いよ……。
「うん。なんかね……」
「私もです。昨日見てきた遺跡のことが、気になってしまって……」
「……何か気になること、あるの?ルル」
「……はい。実はネルが寝る前に、すごく不安がってて……」
「ネルが?何か感じたの?」
「ネルは、何かがあるってしか言わないんですよ」
「何かって?」
「はい。邪気があるわけでもないし、いい気配がするわけでもないし、ただ不気味だって……」
「不気味かあ……。死んだ人の魂じゃなくってってことかな?」
「人の魂ならば、それがよいものであれ、悪いものであれ、気配がするはずです。私も少し変に思いました」
ルルもネルも魔力がとても高い。
俺をこっちの世界に引っ張ってこれるくらいにだ。
彼女たちが、遺跡に立って、『おかしい』、『変だ』って言うってことは、あのダールの遺跡には、何かしらあるって考えた方がいいかもれない。
まだよくわかってもないことに、不安がってもしかたないな。
そう思った俺は、できるだけ明るくルルに言った。
「ま、詳しく調べてみればわかるさ」
「……そうですね。ユキテルさん。もし何かあれば、私とネルが貴方をお守りしますね」
そう言って、決心したかのように、ルルは俺に微笑んだ。
***
俺はできるだけ仕事モードになれるよう、明日以降の段取りを頭の中で考えながら、研究所に戻った。
研究所の中では、ジェシカさんが、明日のために測量器材や発掘道具を整えていた。
「あ、ジェシカさん。ありがとう。器材をみんな揃えてくれたんだね」
「ユキテル殿、こんばんは。お邪魔して、ちょっと準備をしておりました」
「いやあ、助かるよ。こういう細かい準備って、大切だからね」
「いえいえ。滅相もございませんわ。ユキテル殿。お役に立てて幸いです」
あらら。この王女様。何で俺に敬語なのだろう。
同じ仕事している限りは、同等なんだけどなあ……。
「あのさ。前から気になってたんだけど、そのユキテル殿はやめてくれないかな」
「あら?ユキテル殿は、わが国の大切な人材ですもの。王女たる私が、そうお呼びするのは、むしろ当然かと思いますわ」
ああ。そういう目で見てたのか……。
身分や上下関係もなしで、俺はやっていきたいんだけどな。
意を決して、俺は少しキツ目に、この王女様に言い放った。
「王女様。いや、ジェシカ!仕事ではどんな奴でも同等だ!それが嫌なら、王宮に戻った方がいいんじゃないか?」
ジェシカは、少し驚いたような顔をし、泣きそうな顔になった。
やべ……。俺、言いすぎたかな。呼び捨てしちゃったし……。
「……ご、ごめんなさい。ユキテルさん。わ、私……ちょっと勘違いしてました」
俺は泣き出しそうなジェシカの頭を撫でてやると、彼女は俺に抱きついてきて、泣きはじめた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……あんなとこ戻りたくないです……」
「……謝ることないよ、ジェシカ。でも同じ仕事をするんだから、身分関係なく同等だよ」
「……はい。目が覚めたように思います。これから皆さんのように、私もユキテルさんって、お呼びしていいですか?」
「ああ、いいよ。別に呼び捨てでも、かまわんしさ。気楽にやって行こうよ。これからさ」
俺はそう言って、ジェシカの頭を撫で続けた。
この子は、幼い頃からいろいろ背伸びして、無理してきたんだろうなって、思いながら。




