旧知の人物との出会い
「ソーマ殿ではないか?」
その日、ギルドから宿に向かうソーマは街の広場で声をかけられた。声に振り返ったソーマの目に映ったのは旧知の人物であった。
「フーゴ先輩?」
「はい、フーゴです。久しぶりですね、アカデミー以来だから三年ぶりになりますか」
「そうですね」
ソーマはそう答え、メンバーには先に宿に向かうよう頼み、改めで向き合う。フーゴとはソーマが王立アカデミー中等部一年のときの、剣術部の先輩にあたる。当時、彼は高等部三年であった。平民出であるが、よく面倒を見てもらっていたのである。たしか、侯爵領の騎士団に入ることが決まっていたはずである。今年、二十二歳のはずである。
「フーゴさん、侯爵領軍に仕官したのでは? どうしてここに?」
「仕官したよ。フォイエルバッハ侯爵の騎士団にね」
「では、今回の移住民の護衛についているのですか?」
「いや・・・ 移住民の中に入っているんだ」
苦渋の表情を浮かべていう。
「まさか・・・ 一体何があったんです?」
「領地軍の再編が行われて、余剰戦力は整理されることになったんだ。その中に俺も含まれているというわけです。それよりソーマ殿、あなたは何故こんなところに? たしか、フォレスター伯爵領を継いだのではないのですか?」
平民出であるが故に、貴族子弟たるソーマにも敬語を使いながら逆に訪ねてくる。
「父が暗殺されて、身の危険を感じたので家を出たんです。今は冒険者ソーマとして生活しています」
信頼できる人物であるが故、ソーマは話す。
「フランク卿が暗殺された? 誰に?」
「シュバイク侯爵の手のものです」
「なるほど、それでうちの領主様も・・・」
「フーゴさん、パーティメンバーと約束がありますから一度宿に向かいます。七の鐘が鳴るとき、宿を訪ねてくれませんか?」
「わかりました、詳しい話はそのときにしましょう。宿はなんていうところだろうか?」
「<北の防人亭>というところです。大通りより一筋西に入ったところにありますから」
そうして、その夜、<北の防人亭>の食堂でソーマはフーゴと会っていた。彼のいうところによれば、処刑されたシュバイク侯爵を庇ったため、国王の怒りを買い、フォイエルバッハ侯爵は領地軍を縮小せざるを得なくなり、領地外からの仕官者を解雇することになったという。すでに、多くの騎士や兵が侯爵領を出ているということである。さらに、騎士や兵だけではなく、他から流れてきていた領民にもそれは及んでいるようで、今回の百人だけではなく、継続的に行われるということであった。
ソーマが驚いたのは、父フランクを殺害したゲッペルスを含め、シュバイク侯爵本人と嫡男、次男とが断首の刑に処されたということであった。父と国王の間に何があったのかわからないが、国王にとって父は伝統貴族を処するほどの関係であったという、その一点に驚きを隠せないでいたのである。フーゴに聞いても知らないという返事しか返ってこなかった。この席で、ソーマは自身の現状も語っている。
その翌日、ギルドの会議室で依頼者代表との面談の際、フーゴも同席していた。ソーマの前にいたのは、フーゴともう一人の騎士、シュルツというフーゴの上司にあたる、と二十代後半の文官という男、領民代表という四十代初めの男の四人であった。フーゴには昨夜話しており、彼から話を聞いたのであろう騎士は驚いてはいなかったが、文官と領民代表は<サムライ>のメンバーの若さとそのランクの高さに驚いていたようである。ちなみに、<サムライ>の現在のランクはBランクである。これはリーダーがAランク冒険者であることに起因する。
「では、道中の護衛の指揮権は僕にあると考えていいのですね?」
「ああ、Bランクパーティのリーダーであれば従うことになる。異論はない」
文官の男、フェルディナントがいう。
「見た目は若いのです。そんな輩に従うことを由、としない者もいるのではありませんか?」
「・・・ いるだろう」
「もう一度言わせていただきます。魔境を行くことになります。こちらの指示に従わない場合、命の保障は出来ません。山賊や盗賊と違って対話など出来ませんよ。有無を言わさず、襲ってきます」
「・・・」
「あなた方は魔物というものがどういうものか判っていないのではありませんか?」
「わかっているつもりだ」
「では、魔物が現れてもパニックにならず、こちらの指示通り動いていただけるのですね?」
「確約は出来ない」
「それでは<サムライ>として依頼は受けることは出来ません。勝手に動かれては必ず犠牲者が出るでしょう。魔境を甘く見ないことです。夜も安心は出来ません」
「ソーマ殿、魔境とはそれほどに危険なのか?
」
フーゴが割り込むように話してくる。
「ええ、魔境でなくとも魔物は現れます。それはここまでの道中で経験していると思います。しかし、魔境と比べるとそれでもかなり安心できるものです」
「・・・」
「僕としては、まず騎士や兵の中から希望者を募り、魔境に出ることをお勧めします。それで、どこに村を作るか決めてから改めて領民の移動を行うほうが良いでしょう。そのときに、安全と思われる地域を確保してからということになります」
「・・・」
「いきなり百人もの人間を移動させても犠牲者が出るだけですよ」
「しかし、安全な地域を確保するといっても無理では?」
「僕の知っている魔境の村では、集落の周囲を木柵で囲み、その中に家を立てていましたが、それでも毎年何人かは亡くなっていると聞いています」
「そんな・・・」
絶句する男たちを見て、内心、なんて考えが甘いのだろう、そう思ったのはソーマだけではないだろう。他のメンバーも立会人として同席していたギルド職員も思っていたはずである。それは表情にも表れていた。
王国建国時には国中のいたるところで魔物は見られたし、襲われて亡くなる人も多くいたといわれているが、百年が過ぎる頃には南部では見ることが出来なくなっていたといわれる。そして、二百年が過ぎる頃には魔境に接している地域以外では魔物は見ることがなくなっていたようである。ソーマにしても、フォレスター伯爵領地の北にある砦のせいで、魔物は見たことがない。そういう状況なのである。内陸部の人間に魔境の恐ろしさを知れ、という方が無理なのだろう。
フーゴたちがここまで移動していた時機も寒いさなかであり、それほど高位ランクの魔物は見ていないはずであった。おそらく、ゴブリンか大蟻程度だと思われた。そんな彼らに、口頭でどのような魔物がいるか説明したところで、理解することは不可能であったかもしれない。おそらく、ゴブリンとオークの違いすら理解できないであろう。
結局、徒歩で移住予定地を探し、そこに簡単ではあるが、木柵を設置し、しかる後に領民を移動させることとなった。<サムライ>メンバーとしては、なるべく早いほうがいいのである。遅れれば遅れるほど暖かくなり、魔物が増えるからであった。そして、フーゴを含めて騎士から二名、兵から三名、文官が同行し、二日後に出発することとなった。このときの護衛は徒歩で行うことになったのは、本番では徒歩による移動であるからだった。
この先遣隊ともいえる派遣にも当初、彼らは反対していた。そんな必要があるのか、表情にはそう表れていたからだ。そうして、冒険者ギルド職員が通常、一パーティで護衛できる人数がその程度であると言われ、しぶしぶと同意したものであった。ここまでしても、彼らの頭の中には魔境や魔物に対する意識を変えることが出来なかったのである。
ソーマを含めて<サムライ>のメンバーは今回の依頼を受けることに不安を感じてはいたが、最終的に受けることを決定していた。その不安のひとつが魔物や魔境について何も知らない人間を護衛できるのかということであった。ブライトンとローズはあまり積極的ではなかったが、それでも依頼を受けることに同意していた。ソーマは北部の塩湖探索という目的に近づくという理由で受けることを決定していた。
つまり、北方の塩湖の調査に赴く場合、その途中に開拓村があれば、たとえ、木柵だけで覆われた場所であっても、二十四時間体制で警備が成されるなら、野営するよりも安全だと考えられたからであった。パーティが警備に関わらないで済むのは、それだけでその後の行動が楽になると考えたのだろう。むろん、開拓村とはいえ、木柵で囲まれ、家屋の建築までは夜営に近い状態としても、警備が行われるだけでも、十分に安全が確保できるということになるだろう。




