冒険者の事情
ソーマがニュルンの街に来て一ヶ月、リント村への出張討伐もあったが、基本的には街の周囲での討伐系依頼をこなしていた。主に、オークや昆虫系の討伐であるが、場合によっては、素材売却のため、ジャンピングラビットやプレーリーラットを狩ることもあった。時には大猪やビッグベアなどと遭遇することもあり、素材売却でそれなりの収入を得ていたといえる。大抵の場合、というよりもほとんどがソロでの活動であった。
パーティを組んでいれば、<フォースター>のように護衛依頼を受けられるが、ソロではそういうことは稀である。結果的に、討伐依頼がメインになるのは仕方がないものだった。ソーマがソロで活動するのは、パーティを組むべき仲間がいない、ということもあるが、自らの戦い方を変えるつもりはないと考えるからである。<フォースター>のヘンリーには一度誘われているが、一人低ランクの人間が加わることで、パーティランクが下がることから、断ってもいる。最近、知り合った<ブライトフォー>とは組めそうな気がするが、彼らには明確なリーダーを決めておらず、少し難しいように思っていた。
同じ剣士であるヒルダとはあの後、幾度か模擬戦などしており、それなりに連携が取れそうな気はしているが、魔法使いが火系統のローズでは、森の中での活動は制限されそうであるし、討伐系の依頼を受けるには若干無理がある、そう考えている。ただし、これが護衛依頼であれば、何とかなるのではないか、そう考えてもいる。
冒険者キルドとしても、討伐系依頼を受けるのが低ランクの冒険者ばかりでは困るだろうし、護衛依頼の需要に対して供給過多といえる状態であった。まして、低ランクパーティへの護衛依頼はそれほど多くはない。ハロルドのように、護衛パーティが固定されているケースも多いと聞く。行商人にとっては道中の進行速度が問題であるから、馬車を用意できないパーティはあまり依頼がないといえた。むろん、商人の側で用意する場合もあるが、大抵は高ランクパーティに限られるのである。
ソロで活動する冒険者に対する護衛依頼はないこともないが、その場合、複数の冒険者を雇い、臨時にパーティを組むことになる。そういった場合、連携がうまくいかず、結局は護衛に失敗することも多いという。いずれにしろ、十五歳の自分が入る、ということになれば、ランクは別としても、あまり良い扱いはされないことをソーマはヘンリーから聞いているのである。いずれにせよ、ソーマはまずはランクアップを目標とするしかないのだった。
ソーマ自身もいつまでもソロで活動する予定はなく、少なくとも、それなりに相性のよい冒険者とパーティを組むことは考えていた。年齢的にも近いほうが良いということもわかっていた。そして、その候補にもっとも近いのが、<ブライトフォー>のメンバーであることも判っていた。だからこそ、その繋がりを絶つことはせず、将来に可能性を残していたのだろう。
現実問題として、十五歳で冒険者になったからといって、ランクが上がるのはどう考えても半年は必要であろう、自身のことは棚に上げてそう思うのである。その点も考えると、ニュルンでは十六~十八歳でそれなりに魔物討伐の経験があり、護衛の経験もある<ブライトフォー>は良いと考えられた。だからこそ、ソーマは次にリント村へ赴く場合の護衛に彼らと臨時にパーティを組むことを考えていたのだった。
実際のところ、王国では十二歳を越えると冒険者になるケースが多いという。それは、生活のためにという根本的な原因があるにせよ、やはり、手っ取り早く収入を得るためにそうなるのだろう。もちろん、このような場合、最初は街中での依頼から始め、成人とされる十五歳を越えてから討伐系に移行するというのが原則である。だからこそ、それまでに剣の修業も個人で行う。冒険者ギルドでも剣術や槍術など初心者に向けた教育指導も有料で行っているのである。
「調子はどうですか? ヒルダさん。刀には慣れました?」
その日、冒険者ギルドの訓練場でヒルダを迎えたソーマは尋ねた。
「ソーマさん、何とか使いこなせそうです。斬るという感覚はこれまで以上に強いです。というか、この<脇差>という刀の切れ味は私が知るどの剣とも違う」
「そうでしょうね。一般的な剣は鋳造ですが、刀は鍛造です。違って当然です」
一般的な剣は溶かした鉄や鋼鉄を型に流し込み、刃の部分のみ鍛造するという製造法だが、刀は溶かさず、熱を加えて叩いての繰り返しで形を整えていくのだ、そうセオドアは言っていた。
「この前、ジャンピングラビット狩りに出たとき、これまでの倍以上を狩ることが出来た。やはり、この刀の影響なのだろう。ただ、まだ時々刀を叩きつけてしまうことがある。悪い癖でしょう」
「それは早く直したほうが良いでしょう。いくらダイアチタ鋼とはいえ、痛むのが早いでしょうから。他の方は今日はどうされましたか?」
みれば、訓練場にはヒルダしかいなかったからである。
「今日は休息日にあてたようです。私は狩りに出たけれど」
「そうなんだ。僕は基本的に六日活動して一日休むというサイクルです。護衛依頼は基本的に受けることはないので」
「そうですね、ソロでは護衛依頼は難しいかもしれない」
「ええ、さて、始めましょうか。今回は木刀を用意したので、こちらの攻撃を刀の峯で受けてそれから先端を切り落とすようにしてください。木刀といっても長いですから、槍のように突くこともあります」
そういって、直径五cm、長さ三m程の棒をリュックサックから取り出す。討伐に出たとき、鍛錬に使えると思い、五本ほど用意しておいたのである。
そうして二人は訓練場での鍛錬を始めたのだった。その光景はここ何日間か普通に見られるものであったため、誰も気に留めなくなっていた。というよりも、未成年者の中には武器を剣から刀にするものがおり、彼らはソーマとヒルダの修練を注目していた。冒険者ギルドの育成部門によれば、三人に一人は刀を使用するという。そして、刀を使用する第一人者がソーマなのである。ともあれ、それから一時間ほどして、二人は訓練場を後にしていった。
明日はパーティを組んで森の中での討伐を受けることを決めていた。そのため、<ブライトフォー>の他のメンバーは休息に当てていたのだろうと考えられた。当然だが、パーティで活動するには事前に冒険者ギルドへの登録が必要であったが、それはリーダーだけでよいとのことで、ソーマはパーティネームを<サムライ>として登録していた。ギルド側としては依頼を受ける際にメンバー名を確認する。ソーマがソロで受ける場合はソーマの名前で、パーティで受ける場合は<サムライ>でと、選択できるようになっているのである。ちなみに、<ブライトフォー>としてのリーダー登録はセーラが行っている。
翌日の森の中での討伐では、ソーマの危惧したように、ローズの魔法がほとんど使えず、連携としては問題が残ることとなった。むろん、これは最初から予想されていたことで、ローズは近接戦闘用として、短槍を武器として使ったが、これは思いのほか役立った。巫女であるセーラも本来は治癒士なのだが、森の中での討伐用にダガーを武器として使用していたが、これも自身の身を守るには役立つこととなった。
さらに、その翌日も<サムライ>で森の中に入ることで、より連携を高めていくことに役立った。いくら臨時とはいえ、パーティとしての結果を残す必要があり、各人ともその役目は果たしていたといえる。前日の課題から、ブライトンは大盾ではなく、小さい盾を用いたが、それも結果として良好であった。むろん、護衛の依頼では、ブライトンの大盾は有効であろうし、討伐であっても、開けた場所限定なら、なおさらであろう。開けた場所であれば、ローズの火魔法も有効であろうし、遠距離攻撃も可能である。
結果として、<サムライ>はナイジェルの依頼という形で受けたリント村への五日間の任務を達成することが出来たのだった。この任務、ブラッドウルフやオーガに遭遇する可能性があったため、ギルドとしてはあまり乗り気ではなかったようだが、それでも依頼達成、として認知したといえる。




