臨時パーティ
街に戻ったソーマは依頼達成の手続きを済ませると、十日ぶりに<金色竜翁亭>に宿を取ることになった。明日は休養に充てる予定で、冒険者ギルドでの素材売却金の受け取りと<セオドア武具工房>での<脇差>の受け取り、ナイジェルとの商会設立準備などを行う予定である。<セオドア武具工房>へはヒルダを伴なっていく予定で、ギルドで待ち合わせをしている。
その夜の食事はソーマ一人ではなく、ナイジェルと一緒であった。ナイジェルが<金色竜翁亭>にソーマを訪ね、夕食を一緒に取ることとなったのである。もちろん、話すのは商会設立についてのことで、その中でもっとも重要な商会名を決めることと、商会の場所についてのことであった。両方ともナイジェルに任せるつもりであったソーマであるが、ナイジェルはそれを良しとせず、ソーマに決めるよう求めたのだった。そうして、商会名はサザンクロス商会とすることになった。ソーマの頭の中で自然と浮かんだ名前である。そして、当のソーマですらその意味はわからなかったのだが。場所については、リント村に近いニュルンが良かろうということになった。
それ以外の件については、ソーマに当てはないので、総てナイジェルに任せることにした。人材については、ニュルンでの採用が三名、マンセロール商会から移籍が一名、総計五人で始めることとなった。トーガシ以外の商品については冒険者や行商人向けの保存食の開発で合意した。ひとつはトーガシをふんだんに使った、オーク肉やジャンピングラビットの乾燥肉、もうひとつは細かく刻んだオーク肉やジャンピングラビット肉をオークの腸に詰め、燻製にすることを決めた。未だ、腸詰肉はなく、うまく行けば、それなりの収益を見込めたからである。
この夜はソーマにとっては非常に有意義な夜であったようだ。いつにもまして、ワインの量が多かったのがその理由のようだ。ただ、ナイジェルは知る由もなかったが、ソーマは利益を上げることにそれほどこだわってはいなかったのである。香辛料を使えばもっと美味いものが食える、そう考えていただけだった。少なくとも、走馬としては塩とマスタードだけの食事など味気ないと思っているのである。
翌朝、冒険者ギルドで以前、ゴブリンの集落壊滅のときに装備を売却することになったが、その報酬を受け取ることとした。総額五万五千マリクとなった。どうやら遺族は現れなかったらしい。もちろん、ギルドとしても手数料は取っているはずで、それでもこの金額となると相当な額で売却されたといえるだろう。魔法鞄だけはソーマの手に残ることとなった。
その後、<ブライトフォー>のメンバーと共に、<セオドア武具工房>へと向かう。ちなみに、ヒルダの装備は革鎧と革のブーツといったところで、軽装甲といえた。ブライトンは鉄の大き目の盾と鉄の剣、革鎧、革のブーツという装備である。ローズは黒のローブに木の杖、革靴といったところである。セーラは神官服に革靴といったところだ。ランクからしたら仕方がないのかもしれないが、特にヒルダとブライトンはもう少し上の装備がほしいところだろう。とはいうものの、先立つものがなければ、それも難しいといえた。
店に入ると奥さんがカウンターで店番をしていた。來意を告げると、セオドアを呼びに奥に歩いていった。その間、<ブライトフォー>のメンバーは店内の装備品を見て回っている。奥から出てきたセオドアは一振りの刀を持っていた。店内の客に一瞬立ち止まるが、すぐに声をかけてきた。
「久しぶりだな。しばらく来ないのでくたばったのかと思っていたぞ」
「いえ、十日ほど遠征していたのです。昨日戻ってきたばかりです」
「そうか。まずそっちの刀を見せてみろ」
顔ををしかめつつそういう。その言葉に腰の<氷風水炎>を鞘ごと差し出す。それを受け取ったセオドアは刀身を抜き放つとじっと見つめる。五分もそうしていただろうか、満足そうな笑みを浮かべ、刀身を鞘に戻しながらいう。
「手入れはキチンとしているな。問題はないのか?」
「ええ、この十日でゴブリンや昆虫系魔物を二百以上切ってはいますが、特にありません」
「当然だ。それなりに自信が無ければ売っておらん。さて、こいつだが、再生出来ているぞ。芯にミスリル銀が使われていたようでな。回りの鋼を剥がしてミスリルから打ち直し、その上にダイアチタ鋼で挟んで打ち直した。以前よりは長く、上等に仕上がっているから、魔法剣としても使用可能だ。必要はないと思うが、予備として持っておけ」
「ありがとうございます。まあ、使うことはないと思いますが、予備があると心強いです」
「で、そいつらは? お前の知り合いか?」
店内を見て回っている<ブライトフォー>のメンバーを見ながいう。
「はい、昨日の帰路に一緒になった冒険者たちで、あの女性は昨日剣を折りましたので、ここを紹介したのです」
剣を見ているヒルダを指差していう。
そのヒルダが見ているのは標準的な鉄製の両刃の両手剣である。それをカウンターに持ってくる。ソーマからヒルダの戦い方を聞いていたセオドアはあまり良い顔をしなかった。そして、片刃のショートソードの中のひとつを手に取るといった。
「お前さんの戦い方だと両刃より片刃のほうがいいと思うぞ」
見てみると、材質は鋼鉄で刀身長六十cm、幅三cm、厚さが六mm、反りが三cmほどのもので、値段は六千マリクとなっていた。ちなみに、ヒルダが持っているのは長さが同じで幅が六cm、厚さが八mm、値段は四千マリクのものだった。
「でも、予算が足りないので、今すぐ支払いのできるのはこれなのです」
「こいつはそこの小僧の持つ刀を打つ前に練習として造ったものでな、切れ味については保証しよう。しかし、刃の部分で魔物の攻撃を受け続けるなら切れ味や強度の保障はできん。それは他の両刃の剣でも同じだ」
「・・・」
それでもヒルダは黙っていた。
「それは僕が買いましょう。そして、あなたにお貸ししましょう。この刀なら僕の剣技を教えられる」
そういって銀貨六枚をカウンターに置く。鞘は茶色、柄には明るい茶色の紐が巻かれている。形は見るからに<脇差>に似ていた。
「そんな高価なものを借りれないわ」
「まあ、魔物の退治中に剣が折れたらパーティメンバーの命にも関わるでしょう。本当なら、ここは無理してでも良いものを手に入れておくべきでしょう」
「でも・・・」
「いいから。それに、定期的にリント村への護衛依頼があると思うし、装備は整えておくべきでしょう。他の人もそうだけど」
その言葉を聞いてヒルダは受け入れることを決めたようである。
そうして、<セオドア武具工房>を後にしたのである。その後、五人で冒険者ギルドの訓練場へと向かったのだった。ヒルダに刀の使い方を伝授するのと、他のメンバーとの共同戦についての訓練もあった。ソーマとしては、<ブライトフォー>にはリント村への荷馬車の護衛依頼を続けるつもりなのである。そのため、一度だけでもパーティを組む必要があると考えていた。
その後のギルド訓練場での修練では、ヒルダに意外と刀の使い手の素養があることがわかった。これまで、魔物に攻撃された場合、剣で攻撃を受け、それから攻撃に移るというスタイルは、刀の峯で攻撃を受け流し、刃の方で斬るというスタイルとほぼ同じであったからだ。しかも、手首の使い方がある程度できていたこともわかった。後は受け流しから攻撃への時間短縮、言ってみればいかに早く手首を返すかというその一点に尽きるといえた。ヒルダには街の近くでの魔物狩り、特に素材の買取が良いジャンピングラビットやプレーリーラット狩りを続けるよう頼んだ。むろん、他のメンバーも同様である。
とはいうものの、これまで使っていた両刃の剣と比べると、刀はどうしても強度は若干ながら落ちる。それは幅と厚みによるものである。ましてや、両刃の剣から片刃の刀への切り替えはそう簡単なものではないと思われた。下手をすれば、せっかく手に入れた刀を痛める、最悪折れてしまう可能性も高かった。それは、訓練場でのヒルダの剣技を見れば判ることであった。そうして、自らが持つ<脇差>の切れ味を試した後、それをヒルダに渡した。
むろん、ヒルダは断っている。しかし、ソーマは説得し、余裕が出来たら刀二振りの代金一万六千マリクを支払う、ということに落ち着いた。当初、ソーマは一万千マリクといったのだが、<脇差>がダイアチタ鋼で出来ていることを知っていたヒルダが譲らなかったのである。これがパーティメンバーの命を救うことになるのだが、二人とも知る由もなかった。
その後、ソーマはナイジェルとの打ち合わせを行い、準備金として金貨五枚を渡し、後を任せている。始動できるのは十日後となった。商業ギルドへの登録は時間がかかるという。それまでに、店舗や事務所を整え、ギルドからの視察を経て初めて商人として活動できるということらしかった。このあたりは総てナイジェルによるものとされた。
そうして、十一日後、再びリント村への商品買取に向かうことになり、護衛はソーマと<ブライトフォー>が臨時にパーティを組んで行うこととしたのである。一応、冒険者ギルドには臨時でも登録する必要があったので、パーティ名を<サムライ>として登録し、活動することになったのである。ちなみに、パーティランクはEランクであった。実績が無いので仕方がないといえた。
この護衛任務にはソーマが馬車を用意したので、道程は捗ることとなった。そして、村での滞在が三日であったが、その間にはトーガシを使った乾燥肉、同じく腸詰燻製肉などの生産も可能な限り、村で進めるよう頼んでいる。また、ソーマ自身が設置した土壁の検査も行っている。幸いにして、補修の要はなく、機能を果たしているといえた。ちなみに、村の広さであるが、東西五km、南北三kmほどになり、面積的にはニュルンの街を凌ぐものである。土壁がもう少し高く、かつ、頑丈であれば、十分街としてやっていけるはずである。
こうして、<サムライ>としての初めての依頼は成功裏に終わったのである。今回は素材回収も視野に入れていたため、オーク五匹、ジャンピングラビット三十匹、プレーリーラット二十匹などを確保していた。行きの分は商品開発に、帰りの分はギルドでの売却とした。その分、依頼達成料以外にも収入になった。なによりも、ギルドから危険度最高ランクの地域での依頼達成でそれなりの評価は得ることが出来たのだった。




