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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
第三章

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皇太子の闇2

 ザクスの思いがけぬ告白に、葉菜は息を呑んだ。


「え、でもザクス。契約、魔法使った」


 葉菜と主従契約を結ぶ際、確かにザクスは魔力を行使していた。

 魔力がない人間が、果たしてそんな高度なことが出来るのか。


「……イブムの力だ」


 ザクスは視線を手の内にある魔剣に固定しながら、葉菜の疑問に答えた。


「イブムは使い分方次第では魔力による攻撃も、神力も断ち切ることが出来る。……そしてイブムは持ち主の魔力を限界まで引き出し、増幅させる力も備えている。それが、『枯渇人』の微々たる魔力であったとしても」


 そう言ってザクスは目を伏せた。


「イブムがあるから、俺は普通でいられる。イブムがない俺は、王族であっても何の力もない、底辺の人間に過ぎない」






 グレアマギ帝国第43代国王、ヒューレイ・セブヌス・グレアムの、正妃ラタの第二子として、ザクスはこの世に生を受けた。

 国王であるヒューレイは当然のことながら、王族に継ぐ魔力所有を誇る一族に系譜を連ねる、ラタの嘆きは凄まじかった。彼女は、平民にも劣る魔力の気配しか持たぬザクスを拒絶し、けして己が子どもと認めようとしなかった。


 ザクスはただの一度も母親の胸に抱かれることもないまま、王宮から隔離され、ザクス用に建てられた特別な屋敷で、同じ『枯渇人』と呼ばれる使用人に囲まれて育った。


『枯渇人』はグレアマギに住む人間にとって蔑むべき存在ではあるが、けして忌むべき対象ではない。



 ザクスは命を奪われたり、幽閉され一生陽の明かりをみることができないような、そんな悲惨な目に逢うことは無かった。

 不幸中の幸いといえよう。


 使用人たちは、王族でありながら自分達と同じ不遇な身の上であり、家族の情愛を知らずに育つザクスを憐れみ、優しく接してくれた。その中には、生まれた時から乳母としてザクスの面倒を見てくれたリテマや、一般常識から当時はけして必要になるとは思えなかった王族の作法に至るまで、あらゆる教育をザクスに施してくれたウイフもいた。



 肉親の愛情を知らずに、隔離された屋敷内でなかば軟禁されるように育った幼少期。


 だが、その頃はザクスにとって、けして不幸な期間ではなかった。寧ろ、過去の人生の中で最も幸福な期間だったのかもしれない。



 当時のザクスは、それが当たり前だったのだ。

 屋敷の外の世界も、肉親の愛情も、知らないのが当たり前だった。


 知らないものを、欲しいとなど思えるはずがない。持たないことを不幸だと思えるはずがない。

 だから、ザクスにとってはそれらの事物の欠乏は、全く重要なことではなかったのだ。


 否、正しくは知識としては知っていた。外の世界の様子も、家族というものが本来はどういうものなのかも、ウイフが詳細に至るまで教えてくれた。ウイフは例えザクスが知識を得ることで苦しみを抱くことになったとしても、ザクスが他の誰もが知る知識を知らないままでいることを是とはしなかった。

 だけど話を聞いても、ザクスはそれを羨ましいと思ったことは無かった。


 ザクスは聡明な子供だった。聡明すぎる、子供らしくない子供だった。

 ザクスは今の自分の状況下で、手に入らないものを求めることが、いかに愚かなのかを本能的に悟っていた。

 だからこそ、自分の手が届く範囲の幸福で満足していた。

 屋敷の中は隔離されているが故に、『枯渇人』である自分を蔑む視線に晒されることはない。

 ウイフはザクスが将来傷つくことがないように、繰り返し『枯渇人』に対する世間の差別を語ったが、実際に『枯渇人』以外の人間に接したことがないザクスには、それがどんなにか不幸なことなのか、全く理解できていなかった。



 だが、そんなザクスの幸せな時間は7歳の頃に終わりを迎えた。


 両親を同じくする実の兄であり、王位第一継承者である、シェルド・エルド・グレアムの死によって。

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