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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
第三章

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皇太子の闇1

「話は終わりだ…行くぞ、ネコ」


 ザクスの言葉に慌てて葉菜は状態を起こす。

 ちなみに「ネコ」という呼称は、仮名を持たない葉菜をザクスが呼ぶ呼称の一つだ。

 他には「糞ネコ」だの「デブネコ」だの呼ばれている…よくよく考えれば酷い呼び名だ。

 主として責任もってちゃんと仮名を考えろとなじるべきか。

 最早慣れてしまって、何とも思わないあたり毒されている。


「――魔獣様」


 ザクスの背を追って、扉の外にに向かおうとした葉菜に、ネトリウスが呼びかける。


「必ず、また。近いうちに」


 思わず振り返ってしまい、葉菜は後悔した。

 朗らかに笑いながら手を振るネトリウスの眼は、笑っていなかった。

 思わず背筋に悪寒が走るような、そんな怪しげな光を宿していた。


(近いうちなんかねーよ…うん、ないと願いたい)


 葉菜は即座に視線を逸らして、扉から出て行った。

 ねっとりと纏わりつくようなネトリウスの視線を、背後に感じながら。



 王宮に来たときとは異なり、廊下でザクスは常に無言だった。

 伝わってくるピリピリとした雰囲気に、空気を読むのが苦手な葉菜も、流石に黙りこんで後を追う。



 ようやくザクスが口を開いたのは、隠し部屋の中に入ってからだった。


「――何で勝手な行動をした」


 底冷えがするような声に、びくりと体がはねる。


「俺はさんざんお前に他の奴に関わるな、そう言っていたよな?何で勝手にゴードチスに飛びかかったりした?」


「………ごめん、なさい」


「魔力を暴走させそうになったあげく、あのネトリウスに借りを作る羽目にさせるとはな!!本当、お前は使えない!!」


 吐き出された厳しい言葉に、葉菜は口許を噛んで俯く。

 つい先程までの幸福な気分が一気に萎んでいくのが分かった。


(だけど、私はザクスの為に。ザクスが、馬鹿にされていたから)


 思わず口に出かかかった言い訳を、寸でのところで葉菜は飲み込んだ。

 ザクスの為に自分は動いたのではない。

 自分の苛立ちを、ただ解放したかったからだ。

 ザクスはそんなことは一言だって頼んでいない。

 結局葉菜がしようとしたことは自己満足の行為で、ザクスの立場を一層悪くしただけだ。

 それをザクスの為だと言い張るのは、あまりに独善的で、押し付けがましい。


 ザクスは耳も尻尾もうなだらせて凹む葉菜の様子を暫く冷たい目で見つめてから、小さく嘆息した。



「……言い過ぎた。ネトリウスはともかく、ゴードチス以下の奴らにはお前の力を見せつけられたのだから、よしとすべきだったな……悪かった」


 ザクスは葉菜から視線をそらしながら小さな声で早口に謝罪の言葉を延べると、中央部にあったソファに腰をおろした。

 そのまま、頭を抱えて項垂れこむ。



「俺らしくないな…どうも俺は『枯渇人』という言葉を聞くと、平静でいられなくなる……事実なのだから、いい加減受け入れるべきだと分かっているのにな」



 弱々しく吐き出された言葉が、あまりにザクスと不似合いて、葉菜は胸の奥がざわざわして落ち着かなくなる。

 こんなザクス、初めてみた。

 どう行動すべきか、全く分からない。



「……ねぇ、ザクス」


「……なんだ。ネコ」


「『枯渇人』、何?」



 ザクスをここまで傷付けた、「枯渇人」の意味を知らなければならない。

 知らなければ、葉菜が告げる言葉も、行動も、全て見せかけの嘘っぱちになる。

 それは嫌だった。


 取り繕うことができない程傷付いてるザクスに、そんなその場しのぎの行動は、したくなかった。



「……ウイフから、聞いていないのか」


「……聞いてないと、思う。……多分」


 時々上の空で、ウイフの講義を受けていた自覚がある葉菜は、あさっての方向に視線を反らす。


「俺の詳細はともかく、『枯渇人』のことを全く説明しないはずがない。お前の為にウイフが時間を裂いてしてやっている講義だ。ちゃんと全部聞いておけ」


 呆れたように言った後、ザクスは小さく笑った。

 張り付けたような、ただ笑みの形に表情を動かしたような、不自然な笑みだった。


「『枯渇人』は、グレアマギの民として生まれながら、魔力量が少なく、ろくな魔法が使えない人間の蔑称だ」


「……え」


 ザクスは、議会という公的の場にも関わらず帯剣したままだったイブムを鞘ごと腰から抜いて、両手で握りしめた。

 その仕草は、まるでザクスがイブムにすがっているかのように、葉菜には見えた。


「俺は遺伝的に魔力量が一際多い王族の直系ながら、生命維持に必要な量を僅かに超える程度にしか魔力を持っていない、『枯渇人』だ」

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