獣と王宮8
「――ふざけるな」
だが、ザクスから出た言葉は、葉菜の想像とは異なる、苛立ちを含んだものだった。
「こいつをやれば協力してやるだと?誰よりも俺を疎ましく思っているお前が、よくもまあそんな心にもないことをいえたものだな」
「疎ましくなど」
ネトリウスは、そんなザクスの様子に愉しげに目を細め、首を横にふる。。
「貴方の事を疎ましくなどと思ったことはありませんよ。ザクス様。私はただ、貴方がこのグレアマギの国王として『相応しくない』と思っているだけです。何せ貴方は私の求めるものとはとは正反対の人間だ。敬い讃えることなど出来るはずがないでしょう?」
「……」
「かといって、私が王になりたいわけではない」
ネトリウスは艶然と唇を緩めた。
「魔獣様を私にくれるなら、意に沿わぬ相手に仕える不幸など大したことではありません。この素晴らしい魔力を傍で常に感じること以上の望みなど、私は持ってはおりません。いくらでも貴方に頭を垂れましょう。貴方が信用できないなら、この場で忠誠を真名にかけて誓ってもいい」
この世界で、真名にかけた誓いは絶対だ。逆らおうとすれば、世界から何らかの制裁を受ける。
その為通常の臣下程度では、真名による誓約は強要されない。
それだけ真名による恭順の誓約は、重いのだ。
ネトリウスは、本気だ。
誓約も辞さないほど、本気で葉菜を、葉菜の魔力を欲しがっている。
しかしザクスはそんなネトリウスの言葉を鼻で笑って一蹴した。
「断る」
「どうしてです?これほど貴方に望ましい条件はないでしょう?」
「お前が信用できないからだ」
不満そうなネトリウスの言葉に、ザクスは僅かな逡巡もなく答えた。
「真名による制約は確かに強制力が働く。だが、お前の誓うであろう『真名』が、本当にお前の真名かはなはだ怪しいところだな。誓約時には必ず特定の現象が起こるが、お前ほど魔力に精通した男なら、いくらでもそれらしく偽装できるだろう。残念ながら俺は『枯渇人』故に、真名による恭順を示されたことなぞないから、誓約の真偽なんぞわからないしな」
嘲るように告げたザクスの言葉。だがその嘲りはネトリウスだけではなく、ザクス自身にも向けられているように葉菜は感じた。
「魔獣を従えなくなった俺に、お前が仕える意味なぞあるはずがない。よしんば誓約によりお前自身が俺に手を出さなくとも、お前を王に推したいものが俺の命を狙ってくるだろうしな。直接手を下さなければ、誓約には触れないだろう?」
「…まあ、誓約の文面にもよりますがね」
渋い顔をしながら肩を竦めたネトリウスを、ザクスはねめつけた。
「こいつは、俺のものだ。契約によって結ばれた、俺の従獣だ。お前なんぞに、簡単に渡すはずがないだろう」
(……ちょ、ちょっとザクスさん)
葉菜はかぁっと顔に熱が集まるのが分かった。
毛皮できっと傍目からは分からないだろうが、地肌は朱に染まっているのだろう。
(破壊力抜群すぎるんだが、その台詞)
思わず床に突っ伏してしまった。
ばくばくと苦しいくらい心臓が可動しているのが分かる。
単にザクスがネトリウスを信用出来なかったから。それだけだ。
より現実的でメリットが高い対価だとしたら、ザクスは簡単に葉菜を譲り渡していたかもしれない。いや、きっと売り渡していただろう。
そう手放しで喜ぶことではないと理解しているはずなのに、どうしようもなく口元が緩んでしまう。
(ザクスが、私をネトリウスに譲らなかった…!!俺のものだって、そういった…!!)
ザクスが自分を必要としてくれている。
その事実が嬉しくて、涙が滲んできそうだ。
ネトリウスのところへ行かずに済むことが、これからもザクスの傍にいれることが、嬉しくて仕方なかった。




