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異界山月記 ‐社会不適合女が異世界トリップして獣になりました‐   作者: 空飛ぶひよこ
第三章

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獣と王宮4

  進んでいく話し合いを横目で見ながら、葉菜はザクスの後ろで腹這いになって寝そべりながら、舟を漕いでいた。

 最初は真面目に聞いていたのだが、税収がどうの、陳情がどうの、交易がどうのと、色々難しい。葉菜の脳内辞書では翻訳出来ない、知らない単語もたびたび出てくる。

 この世界には一般常識程度の知識しか持っておらず、また元の世界でも面倒がって選挙に行ってなかったくらい政治に無関心だった葉菜には、ハードルが高すぎる。葉菜は早々に議会の内容を理解しようとすることを諦めた。


(これ、寝ていーかな?いーよな?うん、いいはず)


 葉菜の寝顔は間抜けだ。

ザクスからも突っ込まれたあたりからして、獣になっても時おり白目を向いてしまうのも、口もとが弛んで涎を垂らしてしまうのも、変わっていないらしい。

 威厳ある、気高い獣のイメージとは、ほど遠い寝顔だ。

 だが、それでもうつらうつらと頭を揺らしている今の状態よりはましなのではないだろうか。

 葉菜はいびきをかかない。寝相も壊滅的になることは滅多にない。寝てしまったことで議会を邪魔することはないだろう。

 寝顔に関しては、葉菜は席についている参加者たちより低い位置にいるし、ザクスの真後ろの隠れる場所に顔がくるように隠しておけば問題ないだろう。


(よし、寝よう。おやすみなさい)


 葉菜はザクスの陰で丸くなり、夢の世界に旅立った。




「――それでは議会は以上だ」


 ザクスの言葉に葉菜は目を覚ました。

 ばっちりのタイミングである。

 位置も変わっていないし、咎めも受けて居なかったから問題はなかった筈だ。


 そう思ってふと床を見てみると、寝てる間に垂れたらしき涎がたまっていた。証拠隠滅とばかりに前足でそれをぬぐって、近くの敷物で拭う。


 大丈夫だ。これで自分の「威厳ある獣」のイメージは保守できた。


 葉菜は「威厳、威厳」と内心自分に言い聞かせながら、葉菜は緩慢に体勢を起こして延びをして、鋭い牙を見せつけるようにあくびをしてみせる。

 立ち上がっていたザクスが葉菜を見やって手を伸ばしてきたので、撫でやすいように寄って、その手が頭を撫でるのを甘受する様を見せつけた。


「そうだ。言い忘れていたが、戴冠式にはこいつも連れていく。これだけ魔力を持つ魔獣だ。国民もそんな魔獣がグレアマギの新王にしたがっていることを知れば喜ぶだろう」


 そう言い捨てて、ザクスは回りの返答を待たず歩き出した。

 葉菜も慌ててその背を追う。



「――魔獣の威を借るか。枯渇人が」


 吐き捨てるような、そんな言葉が背後から聞こえてきたのは、ザクスが扉に手をかけた時だった。


 声からして、発言者は件のゴードチス翁であることは察せられた。

 その発言はザクスを責めたてる為というよりも、どちらかといえば聞こえよがしな陰口のようなものに思えた。負け惜しみの捨て台詞に近い印象だ。

 ザクスが葉菜を従えたことは、どうやら議会の参加者たちにとってそれだけ重要で、面白くないことらしい。


「枯渇人」

 どこかで聞いたことがあるような単語だが、葉菜は意味は知らない。だが、その言葉が「穢れた盾」同様、蔑視を含んだ名称であることは何となく分かった。

 しかし、名称はたかが名称。酷い侮辱発言だろうが、聞かなかったふりをして受けながすのは簡単だ。

 葉菜から見てもかなり図太い神経を持っていそうなザクスが、そんなもので簡単に傷つくとは思えない。

 だが、葉菜の予想は裏切られた。


(え…)


 それは、一瞬。ほんの僅かな変化だった。

 ザクスは議会の参加者に背を向けていたが、たとえそうでなくてもすぐ傍にいた葉菜でなければ、それに気づかなかっただろう。

 だが、葉菜は見てしまった。

 ノブを握るザクスの手が震えたのを。

 ザクスが痛みを耐えるように唇を噛んだのを。

 その目に、憤怒と悲しみがよぎったのを。

 

 葉菜は、気付いてしまった。


 瞬きをした瞬間、ザクスは元の表情に戻っていた。

 そしてゴードチスの発言など何も聞かなかったように、部屋から出ようとした。


 気に入らなかった。


 ゴードチスの発言が、ザクスにあんな表情をさせたことも。

 ザクスが、その表情を葉菜に対しても、隠そうとしたことも。

 自分が、ザクスのそんな変化を予想できなかったことも。


 何もかもが腹立たしくて、体が勝手に動いた。

 

 議会の人々へと向き直った葉菜は、気が付くとゴードチスに飛び掛かっていた。 

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